幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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時間外勤務が日常 5

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 実際に桐生さんが作った資料を確認するため、私たちは庶務課まで移動した。
 何故かくっついてくるクロネコの存在にもすっかり慣れてしまった。

「凄いわねえ……これだけしっかりした資料があれば、統括も事務局長も真っ青になるわ」

 桐生さんが作った資料は分かりやすく、見やすい。
 そして重要なことが一発で目に入るようにレイアウトされている――つまり、いかに危険かということが即座に理解できるという、一目で危機感を覚えるものだった。
 予測される数字も、参考になる事故や出来事、資料などが別に添えられている。
 事務員として、資料のお手本にしたいレベルの仕上がりだ。

「桐生さん、これって俺が治療を受けてる間に作ってたわけ?」

 凄い……と呟きながら見入っている絹井先生には聞こえないように耳打ちする。
 桐生さんも診察を受けていたはずだよな。
 一体どこにそんな時間があったんだよ。

「はい。今日やらなければならないことを終わらせてからですので、少々雑になってしまっている箇所もあります」

 うっそだあ。
 どの辺がどう雑なんだって?
 私には全くわからないが、桐生さんの中では、まだ不足していることがあるのだろう。
 完璧主義だからなあ、桐生さん。
 一通り目を通した絹井先生は、眉を寄せている。

「絹井先生、何かおかしいところがありましたか?」

 桐生さんの言葉に、絹井先生は首を振った。

「一刻も早く、迅速に対応しなければならないことがよく分かる……いい資料ね」

 うんうん、だよな。

「これ、このまま使ってもらえますか?」

 思わず横から口をはさんでしまった。絹井先生が頷いてくれる。

「良かった! 実は、今日の昼にひび割れを見つけて、俺が先生のところで見てもらってる、限られた時間で作ってたんですよ、桐生さん」
「そうよね。その短い時間でよくこれだけ調べられたと思う。今夜中に連絡が取れるところには連絡しておくから、あなた達はゆっくり休んでちょうだい。怪我人なんだからね」「よっしゃ。実は、今日の昼にひび割れを見つけて、俺が先生のところで診てもらってる、限られた時間で作ってたんですよ、桐生さんすごくないですか?」
「そうね。その短い時間でよくこれだけ調べられたと思う。今夜中に連絡が取れるところには連絡しておくから、あなた達はゆっくり休んでちょうだい。怪我人なんだからね」
「はい、ありがとうございます」

 桐生さんが頷く。
 やはり、できる男は違うなあ……しみじみ思っていると、資料を置いた絹井先生が「なつかしいわ」と、唐突につぶやいた。
 顔を上げると、こちらを見て微笑んでいる。

「あなたたちとこうしていると……どうしてかな。結城さんといるときのような気持になる」
「結城、事務局長……ですか?」

 言葉にしたのは、桐生さんだ。
 なるほど。
 桐生さんは優秀だから、結城事務局長を連想するのもよくわかる――が、次に絹井先生が言ったのは、全く逆の言葉だった。

「友利君、とてもよく似てる。結城さんに」
「…………は?」

 いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいよ、先生。
 どこをどうやったら、間違いなく事務員スキル底辺の私が、伝説級の事務員の結城事務局長と似ているというんですか。
 しかも今の流れ、資料すげえって、桐生さん褒めるところだろ。

「ちょっとすみません、絹井先生。あの。結城事務局長に似てるって言うのは優秀な天パの方ですよね。馬鹿そうな顔の俺じゃなくて。先生、こっちの優秀な人は、桐生千颯って言います」

 これは、あれだ。名前を間違えたのだ。
 はい、優秀な方、桐生さんはあっちですよ。
 私はダメな方です。

「絹井先生もそう思われるのですね」

 って、何を言っているんだ。
 唖然としている私の横で、桐生さんが頷いている。

「肖像画からは、厳しそうな印象を受ける結城事務局長ですが、本を読んでいると人付き合いの良い人物という印象を受けました」

 どっからどうやってそういう結論に達したんだ、桐生さん。
 唖然としている私の顔がおかしいのか、絹井先生は面白そうに笑っている。

「そう、よくわかったわねえ、桐生君。結城さんはね、人の心をつかむのがとても上手だった。だから優秀なドクターが集まったし、大きな混乱もなく、医療センターは開院することができたのね」
「やはり、そうですか」
「でもその一方で、とにかく曲がったことが嫌い、嘘が嫌いっていう人でね。まるで時計のように時間には正確だし、おかしいことを言う人には立場が上だろうが何だろうがちゃんと立ち向かう人だった」
「それはむしろ、桐生さんなんじゃ……」
「そうね」

 絹井先生は亀裂を確認するために持ってきていた脚立に腰を下ろして頷いた。
 その足元に座っていたクロネコが、絹井先生の膝に乗る。
 だが、絹井先生にはクロネコが見えないはずだ。

「真逆のあなたたち二人を合わせたら……結城さんみたいになるんでしょうね」

 クロネコは絹井先生の顔に自分の鼻先を近づけるようにしたが、気付かれる様子はない。しばらく絹井先生の顔を見ていたクロネコは、その膝から飛び降りて私の足元まで歩いてきた。長いし歩がゆらゆらと揺れている。
 もしも、絹井先生もクロネコを見ることができていたなら、何か違っていたのだろうか。

「結城さんはとても仕事のできる人だったけれど、誰にでも気さくで優しくて、えらい立場の方なのに少しも偉ぶらなくて……」
「むしろ、絹井先生がそうじゃないですか」
「そう見えるなら嬉しいわ。ただ、結城さんをまねているだけだから」

 絹井先生の言葉から、一度だけ見かけた結城事務局長の幽霊の姿を思い出す。

「結城さんが今ここにいたら、きっと、今のあなたたちと同じようなことをしてくれたんじゃないかなって思うわ」

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