闇千夜の系譜・櫻花の理(ことわり)〜鬼は永久(とわ)に最愛の女を探し彷徨う〜

和刀 蓮葵

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波は踊る

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そろそろ、出てくる?

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英吉利結びイギリスむすびに、小花を形作った銀の簪を差し、ハイネックのバッスル・スタイルのドレスは薄藍色の生地に、瑠璃紺色の大花が刺繍されている。
背後は白いボーが、波しぶきの様にも見える。同色の白いタッセルが更に波の演出に拍車をかける。絹の靴も同じ薄藍色でまとめてある。
そして、普段からしている白い手袋ではなく、ドレスを引き立たせる生成色を差し色とした手袋をしている。

若いお嬢さんだから、若々しい桃色や橙色、若草色や赤色を着て欲しいのが東雲達の本音だが、それは叶わない。それでも洋装の華やかさのおかげか、幾分かは華やかに見られる。

化粧も施し、普段はしない紅を唇に引くと、それだけでも違う。元々、整った顔立ちは芸者であった母譲りのせいだろう。目を引く容姿で、噂などなければすぐにでも声が掛かり、ダンスをひっきりなしに申し込まれるかもしれない。

今回のパーティーに相応しい装いの朔耶は、ダンスホールの壁に立ち周りの様子を見ていた。
羽佐間気船の社長とは既に挨拶を交わした。慣れているが、不躾な視線を向けられ、話すのも億劫だと言葉の端々に出ているが、腐っても社長。多少の横柄を感じながらも挨拶を交わした。

それから、主要な人間と挨拶や言葉を交わしていく。どの人間も同じ様な態度ばかりだ。
そして、その、奥方も同じ。ニッコリと笑いながらも目は笑わず。冷めた視線で上から下を舐めるように見る。少しでも粗を探して、明日の話の笑い話にしたいのだろう。
それは、一緒に参加した令嬢達も同じ。子息は別の視線を向けてきたが、あまり関わりたくないので適当にあしらう。

それらの辟易とする挨拶を終わらして、ようやく壁の花になれた。早々に立ち去りたいのが本音だが、せめて、ダンスがある程度盛り上がってからではいないと、長老連中や時子様に示しがつかない。
耳を傾けると楽器を使い演奏が始まる。バヨリンヴァイオリンやピアノの弦楽器、フルートの木管楽器など、様々な楽器が音を出す。リズムを刻み、音の一つ一つが重なり、感情豊かな深い音楽が会場の隅々に響く。
やがて、燕尾服を着た男性と、色とりどりのドレスを着た女性達が手を取り合い、向かい合い、踊っていく。クルクルと動く度に裾がヒラヒラと揺れ動き、満開の花々が舞っている様にも見える。

夜会やダンスパーティーに出席するのは嫌いだが、人がダンスをしているのを見るのは嫌いではない。特に、ドレスを着てのダンスは見応えがある。花が咲いてるようにも見えるからだ。けど、ダンスをする気にはならない。
壁の花になるのは慣れているし、あの輪の中に入りダンスをする気は毛頭ない。それどころか、誘われないのでダンスも出来ない。

朔耶は何も考えず、耳で音楽を楽しみ、目で花の様に見えるダンスを楽しんでいた。
人脈作りの為に呼ばれたのではなければ、一体、何に呼ばれたのか不思議だがよくよく、考えると所詮は誰かを蔑みたいから呼ばれたのかもしれない。そして、蔑む相手は私がうってつけだったと言うわけか。

暇な奴らだ・・・・・・他にすることがないのか?

表向きは、天皇や身分の高い人達の指南役として通っているが、裏では呪術を使い妖を調伏し、天皇や皇族・華族連中を呪いから守っていく。裏の世界に重点を置いて生きているが・・・・・
嘲笑い、蔑み、惨めだと声高らかに笑う。そのくせ、自分や周りに何か異常な事があると縋り付く。

人間の裏表ある二面性に辟易する・・・・・

朔耶はため息をする。自分の中にある、もやもやとした黒い感情を吐き出すようなため息をする。
その時、会場がざわつく。特に、令嬢達のひときわ高い声が強い。
そんな、会場に仕立てた一人の人間が朔耶に近づく。
「今日も壁の花になるつもりなのか?」
「・・・・・・・・響士郎きょうしろう義兄様」
ウィングカラーの襟、白ピケの蝶ネクタイ、黒い燕尾服と、この、洋館に相応しい格好なのだが、義兄様が着ると余計に目立つ。いい意味で目立つのだ。

わたくしめが出席したところで、此方には特に理になることは御座いません。なら、邪魔にならぬ様に壁の花になる事が得策かと・・・・・」
膝を曲げカーテシーをして挨拶する。西洋式の挨拶を始め、様々な作法や所作は母親は勿論、東雲や八重、伊勢に散々叩き込まれた。
色々な人間と対等に渡り歩くには、自分の格を上げなければならない。
その為には所作や作法を完璧にしていった。付け入る隙など与えぬために。そのおかげか、散々な噂はあれど、挨拶等をした時に一瞬だけ変な間が出来る。その間は一体何なのか・・・・・考えなくても分かる。

「なら、理になることをするのは自分ではなく、私の役目なのかな?」
「ご想像にお任せ致します」
相手を正面から見る。切れ長の一重の目や薄い唇といった整った顔立ち。背丈は六尺約180センチと高い。見た目で何も知らぬ令嬢や夫人は完全に目を奪われる。
そして、話をすればテンポよく話、話題も豊富で紳士達の話題の中心になる。
そんな、全てを兼ねそろえた人物が目の前いる。尊敬するし、信用するが、一緒にはいたくない。すぐに、比べられ、笑いの対象にされる。そして、口々に言う。

「何故、壬生雀院の当主は響士郎ではないのか?」

何百、何万回と聞かされた言葉だ。そんなの私だって言いたいし、聞きたい。もし、今すぐにでも当主が変えられるのならすぐにでも変えたい。
「分かった、分かった・・・・・ところで朔耶はダンスはしたのかな?」
他の人なら、意地の悪い顔で聞きそうな内容も、響士郎義兄様は真面目な顔で聞いてくる。
「ご存知でしょう?わたくしと踊りたがる人は一人もおりませんよ・・・・それに、そろそろ、帰ろうと思っておりました。」
目を伏せてしまう。誰も踊りたがる人がいないのは本当だし、私自身も踊るつもりは微塵もない。
恥ずかしいと思う事はないのに、響士郎義兄様の前だと気恥ずかしさが生まれ、顔を見ることが上手く出来ない。

「そうか・・・・・・そろそろ曲も終わりだね。なら、朔耶?私と一曲、踊ってくれないかい?」
「冗談を・・・・・・響士郎義兄様と踊りたいと思う方は沢山おります。現に、後ろから沢山の御令嬢方が・・・・・・・」
たまに、冗談をいって笑わしてくれるが、こんな冗談は少々、肝が冷える。
響士郎義兄様と踊りたい、お近づきになりたいと、虎視眈々と狙う眼差しや、素敵な方と素敵なひと時を・・・・・と熱のある熱い眼差しも見受けられる。
社交界でも、まして社会的にも上の立場で信頼されている響士郎義兄様と、社会や社交界からの笑い者、爪弾き者の自分では・・・・・・

朔耶が躊躇い、何故か一歩、後ろに後退してしまう。けど、壁とドレスに阻まれて逃げられない。
そんな、朔耶を高身長の響士郎は見下ろし、軽く笑うと、絹の手袋で覆われた朔耶の手を掴み、自分の側まで引き寄せる。
「っ・・・・・・・」
あまりの突然の事に言葉が出ない朔耶は、されるがままになる。大きな瞳を丸くさせ、頭上にある響士郎の顔を見上げてしまう。
「大丈夫だよ。朔耶と踊ったら他の人とも踊るからさ。せっかくのダンスパーティーだし、朔耶も踊ろう?」
「けど・・・・・・・・」

踊れるのは嬉しい。けど、私が相手では笑い者にされてしまう。それだけは嫌だ・・・・・
葛藤しながらも、力強い押しに負けてダンスホールまで二人で並び歩いてしまう。
踊る位置に立つと、向かい合い、手を組み、響士郎義兄様の手は私の肩甲骨に添えられ、私の手は響士郎義兄様の肩に置き音楽に合わせて踊る。

踊るのは嫌いじゃない。小さい頃は母親の三味線に合わせて踊った。動きも仕草も何も考えず好き勝手踊った。
大きくなって少しでも渡り歩いていけるように、ワルツといった社交界ダンスも習った。
専らもっぱら相手は東雲や歌弥、伊勢だったけど。煌は「出来るかっ!!」と最初の方で逃げ出した。

クルクルと裾を翻し踊ると、薄藍色のドレス生地と白いタッセルやボーが波飛沫の様にも見える。まるで波が踊っていると錯覚してしまう。
会場は賑やかだけど、異質な二人のダンスが気になるのか、多くの視線が二人を注目する。
動きに合わせて、老若男女の目線は動く。
やがて、音楽が終わり、二人は挨拶をしてダンスの終わりを締めくくる。

拍手もあったが、どちらかと言えばどよめきの方が多い。周りの様子を見て朔耶は、申し訳ない気持ちの方が強くなった。
例えるなら光と影、裏表、太極の陰陽の関係だ。表に立ち光る義兄様と、裏で陰口を言われ蔑まれる私。
一緒に立つべきでもなければ、こうして注目を浴びてもいけない。

朔耶は挨拶した状態から体勢を維持したまま、少しづつ後退し、何事も無かったかのように響士郎に背中を向けると歩き出す。
此方を見る冷たい視線も、何かを孕んだ視線も受け入れながらも流していく。
顔色一つ変えず、目は笑わず、能面の様な表情で壁に向かい歩く。
会場をこのまま出ていくのがいいのかと思ったが、すぐに出ていくのも何か付け入られそうで、止めた。人と関わるのが慣れてないせいもあるのか、上手く立ち回れなさそうで仕方ないから止めた。

響士郎義兄様の周りには人が群がり、次々にダンスを申し込まれる。それを嫌な顔せず対処していくのだから流石と思える。私には到底出来ない芸当だ。
そんな私は再び壁の花になる。チラチラと此方を伺う顔をする人はいれど、誰も来ない。
当たり前と言えば当たり前だが、私の評価は本当に地に落ちた評価しかないのだな・・・・・・

「お飲み物をどうぞ?」
給仕人がお盆に乗せられた飲み物を一つ、手渡しで渡してくる。受け取らない選択肢はなかった。動いて喉も渇いていたし、何でもいいから気をまぎわらしたかった。
洋杯には冷えた飲み物が入っているのか冷たい。
よくよくみると、透明な液体から気泡が出ている。
これは話に聞いていた「ソーダ水」だと思い、恐る恐る一口、口に含む。
「?!!」
口の中でパチパチと弾けて驚いてしまう。歌弥が興奮気味に言っていた事はこの事なのかと思う。
『口の中でパチパチと弾けるんです!!』
正直、意味が分からなかったが、こうして体験するとよく分かる。
甘いのに、少しだけ苦味のあるソーダ水をゆっくりと飲み込んでいく。
喉を通り過ぎる時も、パチパチと弾けるのが不思議でたまらない。

初体験に朔耶は戸惑いながらも、周りに分からないように対処する。ここで誰かに感づかれたら、すぐに何かを言われ貶められるのが当たり前だったせいだ。
けど、朔耶はそのせいで気づかなかった。必死になって口の中のことに気を取られ、対処している時に、給仕人の僅かに歪んだ口の端に。

その、歪んだ口の端に気づいたのは、少し遠くで朔耶の様子を物珍しそうに見ていた、一人だけだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

何やら、不穏な終わりをしました。この給仕人は何者よ!ですね。
さて、何故、口の端を歪めたのか?そして、義兄様こと、「響士郎」は何者だ!色々と話が進むのか?
それとも、亀の歩みで進むのか?お楽しみ(笑)

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