闇千夜の系譜・櫻花の理(ことわり)〜鬼は永久(とわ)に最愛の女を探し彷徨う〜

和刀 蓮葵

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花と口付けの意味は・・・・

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「・・・・・・・失礼いたしました」

鴇色の着物を着た東雲が三人の前に新しいお茶を置き、元々あった冷めきった煎茶碗は片付けていった。
東雲が部屋を退出したが、重苦しい空気だけが漂い、誰一人として言葉を発しない。
だが、埒が明かないと最初に打破したのが、客人に等しい征一郎だった。
「さて・・・・・・私から説明した方がいいでしょうか?響士郎殿?」
ソファに体を預け、長い脚を組む姿は様になっている。身長と体格の良さ、背広という姿も相まって、征一郎の姿に一瞬だけ朔耶は見惚れてしまう。けど、すぐに気恥ずかしくなり顔を背けてしまう。
一瞬だけの出来事と言え、それを見逃さなかったのは響士郎だった。
「朔耶?殿御をまじまじと見るのは淑女としていただけないよ?」
「っ・・・・・・すみません」
指摘されたことが恥ずかしくて、俯いてしまう。

視線の先には、何故か渡された桐の箱に収められた装身具を見てしまう。
二つの花のうち、一つは鉄泉蓮てっせんれんだと分かった。もう一つは分からないが。銀と陶器を組み合わせ、貴重な真珠を使うなど贅沢品だ。
それを渡されて、どう、対応したらいいのか・・・・・正直、分からない。あとで返せばいいのか?

朔耶が響士郎に指摘され俯いている姿に征一郎は心の喜びを実感していた。
僅かでも気に掛けているならこれ程、喜ばしい事はない。切っ掛けは何にせよだ。
僅かだが上機嫌になった征一郎だが、この上機嫌を悟られないようにしないといけない相手が目の前にいるので、冷静に、尚且つ朔耶の行動に興味などない風を装い征一郎は話していく。
「私のところに「ある」仕事の依頼が来たのですが、よくよく、調べると我々が対処出来ない領分が出てきました。それが「呪術」です。そこで呪術に秀でている壬生雀院家の協力を得られればと思い、我々と協力して頂ければと願った次第です」

朔耶の見惚れていた足組を元に戻し、背筋を伸ばして、朔耶と響士郎に向かって淀みなく話す。
「「ある」仕事依頼とあるが、内容は話してもらえないのかな?」
響士郎は興味深げに話してくる。本来なら「当主」である朔耶が話を進めるのに、ここでは発言権など一切ない。
仕方ないことだが、これが壬生雀院家の現状だ。
「すみません。守秘義務でこればかりは・・・・・お許しください」
申し訳なさそうに声を下げ、軽く頭を下げる征一郎、を冷ややかな目で見る響士郎と、戸惑う視線を向ける朔耶の対極的な視線に征一郎は内心苦笑いをする。

「すみません、守秘義務がありますよね・・・・・つい、うっかりしてました。話を戻しましょう。その、調べている時に出てきた「呪術」的なものですが、もしかして「悪魔召喚」と関係ありますかな?」
響士郎の言葉を聞いて朔耶は顔を響士郎に向ける。
「悪魔召喚」と言う単語に興味を抱く。「召喚」なのだからきっと、何か人ならざるものを召喚するのだろう。そして「悪魔」・・・・・西洋の文献を呼んで出てきた単語だ。
人間に災いをもたらしたり、悪に誘い込んだりする存在だ。
━━━━━━━━そんな存在を召喚するのか?

「はい。「月下の花」と言われるパーティーはご存知ですか?」
「えぇ、知ってます。なんでも西洋で流行っている「仮面舞踊会」を手本にしているとか?」
「はい。大塚卿相は仮面舞踊会を主催し、客人を招待して行ってます。そして、その舞踊会の中でも更に限られた人間だけが、「悪魔召喚の儀」に参加してます。そこで使用される薬や、違法賭博、こちらはまだ、不確かですが、人身売買も行われているとか?兎に角、叩けば埃しかない人間なのが、大塚卿相です」

征一郎は響士郎の質問に答えながら、手元にある封筒の中から書類を出し、テーブルに広げる。
そこには細かい文字の活版印刷と、覚え書きの二種類の文字が描かれいる。
「細かい内容はこちらに記載してます。後ほど確認して頂ければと思います。私の仕事の依頼は、私と一緒にパーティーに参加し、大塚卿相と接触。上手くことが運べばそのまま「悪魔召喚の儀」まで参加したいところです。私は呪術的なことは皆無ですが、朔耶様が参加して頂ければ鬼に金棒・・・・・・安心できるというわけです。依頼、受けて頂けますか?」
「・・・・・・・・」

話の内容も、相手の求めるものも分かる。
自分の理解出来ない領分は必ずある。その領分を分かっているのに相手に託し、自分は本来の仕事をする。理にかなっている。
━━━━━━━私が当主として力や威厳があれば、あの時、助けてもらった恩を返すために、良い返事をしていただろう。けど・・・・・・

「響士郎義兄様・・・・・・」
書類に向けていた視線を、大島の対の着物を着て、ソファに深く腰掛けこの部屋の主は私だと、この話の全ての決定権は私にあるのだと威圧する様に座る響士郎に向ける。
「・・・・・・・私の仕事の依頼は、火澄殿と同じ大塚卿相と月下の花の関係。そして、そこで行われている邪法とも言うべき召喚の儀を調べる事。もし、間違って本物を召喚してしまったなら直ちに調伏する事です。外からいくら結界を強めても、中から壊されては何のための結界か分かりませんからね。我々がどれだけあやかし連中を祓っても、何も知らない、または訝しみ怪しむ奴は、払って捨てるほどいる。そんな馬鹿な奴らのために結界を弱めることは、壬生雀院家として見過ごせませんからね」

手を前で組み、淀みなく言い切る。当主とは、壬生雀院家の当主はこうあるべき、と見本を示すような姿で話す響士郎に朔耶は、何か遠い存在を見るような目になる。
あぁ、なぜ、私はこの場にいるのだろう?私がいても邪魔なだけではないのだろうか?結局、火澄様の話を聞いても、その場で返事は出来ない。私、個人が仕事の依頼を受けても必ず長老連中や響士郎義兄様に確認しなければいけない。
私が出来ることは何も無い。ただ、言われたことを淡々とこなして行くだけ。意思も何もそこにはない。

朔耶は視線を響士郎から、膝の上にある装身具、書類そして、征一郎に向けていく。
どれも今回の仕事の依頼に関係ある物や人なのに、異質な物が混じり込む。それが自分だと嫌でも分かる。
征一郎に視線を向ける。しっかりとした、たたずまいで、こちらも次期当主と言われるだけあって、堂々としている。
そうなると、益々、自分が惨めに思い始める。そう、不安な気持ちになりかけた頃、征一郎が朔耶の視線に気づいたのか、響士郎に向けていた視線を朔耶に向け、そして、厳しい視線から一変、優しい穏やかな笑いを向ける。

「朔耶様は今回の依頼、受けていただけると信じてますよ」
「・・・・・・私は・・・・・」「朔耶?」
「っ!」
響士郎の酷く冷たい言葉に、朔耶は息を飲み、体を一瞬で強張らせる。全身の筋肉が萎縮した様に感じる。
・・・・・・いけない。私には言葉を発する決定権はない。全ては響士郎義兄様が決める事だ。響士郎義兄様の気分を害する事はしてはいけない。
言葉も行動も何もかも、私は出しゃばってはいかない。

響士郎の言葉に顔色を変え、自分を見つめていた視線をサッと、膝の装身具に戻し、全身の筋肉が萎縮した様子は、蛇に睨まれた蛙のようにも見れる。朔耶の一瞬で変わった様子に、二人の関係は只の義兄妹ではない事はすぐに分かる。
当主と言われるのに、実際は決定権も何もない。
自分で返事することも出来ず、何か言葉を発したなら、こうして威圧的態度を朔耶にぶつける。
そして、朔耶は長年の染み付いた慣習で縮こまり、今にも消えそうな雰囲気を漂わせる。

見ていて歯痒い。今すぐにでも響士郎の凍てついた、まるでゴミでも見るような視線から、朔耶を抱きしめ守りたい。そんな視線を向けるなんて・・・・許さない。
響士郎に向けて憤りを持ち、睨みそうになったが、自分の感情を出してはいけないと、一瞬で冷静さを取り戻す。自分の感情を悟らせてはいけない。相手は得体のしれない壬生雀院家の人間。それも、頂点に座る相手だ。

「響士郎殿?響士郎殿の依頼と、私の依頼が同じなら、今回の依頼は了承頂けると思いますが、どうですかな?」
舐められては困る・・・・・・これでも、火澄家の次期当主。着物では出来ない足を組み、ソファに背中を預け、手を組み、態度で示す。
不敵な笑みを向け、響士郎を威嚇する。
すると、朔耶は顔を上げる。征一郎の言葉が依頼を強制する様な雰囲気を漂わせたからだ。
それと同時に、朔耶をゴミのような目で見ていた響士郎の目が一瞬で変わる。パーティー会場でも見せたような優しい雰囲気にだ。

コイツ・・・・・相手が見てない時に視線を変えるのか?
響士郎の態度に違和感と憤りを覚えたが、ここで話すことでも指摘することでもない。腹に一旦、収めて征一郎は話を進める。
その様子を朔耶は他人事のように、見ているしかなかった。

結局、私は話を聞くだけで何も出来ないのだな・・・・・・
そして、響士郎義兄様の依頼と火澄様の依頼は同じ相手、同じ目的。なら、この話は決まっているようなもの。なら、細かい話は二人でして、決定事項だけ伝えて貰っても構わない。
所詮、私は話に加われない。
朔耶は、征一郎と響士郎が話をしているのを遠目に眺める。
二人が身ぶり手ぶりで話し、時には考え込んでいる。話も大詰めなのだろう。少々、白熱している様にも見える。
そして、話し込み、双方納得したのだろう。二人して朔耶の方を見る。四の黒い眼が朔耶を射貫く。一方は冷ややかな笑みを向け。一方は柔和な笑みを向け。
相反する二つの笑みを、朔耶で相殺するような視線を向ける。そして、初めに口を開いたのは響士郎だった。
「朔耶?待たせたね。話が纏まったから聞きなさい」
「はい」
私には「はい」のみしか与えられてない。余計な言葉は皆無だ。
「仕事の依頼は先程、私が伝えた通りだ。そして、火澄殿と二人でパーティーに潜入し、火澄殿の仕事を手伝いつつ、悪魔召喚の儀に潜入し、やめさせなさい。もし、万が一召喚してしまっていたら、即刻、調伏するように。悪魔と言えど相手は神のような立場。かなり厄介な相手だが、壬生雀院家のなら大丈夫だろう?」
「はい・・・・・分かりました」
言ってることは滅茶苦茶だ。自分だけでも大変なのに、相手の手伝いをし、限られた者しか参加できない悪魔召喚の儀に潜入、召喚をやめさせなければいけない。もし、召喚されていたら調伏をする。悪魔と言えど「神」を司る。

朔耶は無意識に自分の二の腕を掴んでいた。なにかに縋りたくて、頼りたくて。けど、結局、頼るべき人も物もない。自分しか頼るものはなく、こうして自分で自分を頼るように二の腕を掴む。
「結構・・・・・・まぁ、内容は難しいが、折角の仮面舞踊会だ。楽しんでおいで?」
そこで、初めて響士郎は優しい笑みを朔耶に向ける。
その笑みが、朔耶の存在を許している様にも見える見えて、朔耶は安堵してしまう。
やっと、響士郎義兄様の笑みが見れた事に安心してしまうと、ふと、気になる事が浮かび上がる。

「あの・・・・・よろしいでしょうか?」
「なんだね?」
「「仮面舞踊会」の「仮面」は自分達で用意するのでしょうか?」
仮面舞踊会なのだから、仮面を着けて参加するのだろう。会場が用意するのか、それとも、自分達で用意するのか気になる。
「はい。自分達で用意しますよ?それがどうしましたか?」
征一郎がニッコリと笑いながら説明してくる。それを聞いて朔耶は困った表情をしてしまう。
「そうなんですね・・・・・どこで「お多福おたふく」の面を調達しましょう・・・・・・」
「お多福?」「おたふくとは?」
「?仮面を皆さん着けられて参加するんですよね?仮面と言えば「お多福」と「火男ひょっとこ」ですよね?」
「「・・・・・・・・・」」

「ぶっふっっ!!」
最初に変な笑いをしたのは征一郎だった。つられて響士郎も明後日の方向を見て静かに肩を揺らす。
「くっ・・・・・・「仮面」で「火男」・・・・・見てみたい」
ドレスや燕尾服を着た紳士淑女が、綺羅びやかなシャンデリアの下、音楽に合わせて踊る。皆々して「お多福」や「火男」の仮面を身に着けて・・・・・
想像しただけで、腹がよじ切れる程の笑いが込み上げる。
「い、一度でいいから見てみたい・・・・・」
朔耶に聞こえぬ程の小声で呟やいてしまう征一郎だった。

朔耶からしたら腑に落ちない状況だ。なぜ、火澄様は腹を抱えているのか?響士郎義兄様は私を見ずに肩を揺らして笑っているのか?
大真面目に確認しただけなのに、返ってきた返答に戸惑う。
「あの・・・・・・・」
「すまなかった朔耶・・・・・頼む!今は何も言わないでくれ・・・・・」
「仮面・・・・かめ、ぶふっ!・・・・・ごほんっ!!失礼!仮面は私で準備しましょう。それでいいですかな?響士郎殿?」
笑った後、変にわざとらしい咳を払いをし、征一郎は響士郎に確認する。
「えぇ、それで頼みます。朔耶に任せると、とんでもない事になりそうなので助かりますよ火澄殿」
くっくく・・・・と、笑いながら征一郎に返事をする響士郎をみて朔耶は益々、混乱してしまう。
「えっと・・・・・・お願いします?」
なぜ、最後が疑問符になるのか、自分でも分からないが、迷いの見られる言葉を征一郎に向ける。
少しだけ涙目の征一郎は、朔耶の言葉に軽く頷く。
「はい、お似合いの物を用意しますね」
「すみません・・・・・朔耶は少々、学が足りなくて・・・・・けど、お多福・・・・くぅ!」

思い出し笑いで、再び笑いを堪える響士郎に、朔耶はどうしたらいいのか分からなくなり、再び、小さくなってしまう。
大真面目に聞いた事はどうやら「学が足りない」の部類に入るようだ。
自分の知識不足に遣る瀬無い。これでは響士郎義兄様の足を引っ張る恥ずかしい存在になってしまう。それだけは避けたい・・・・・・

「はぁ~~~お腹が痛い・・・・・・私の仕事の依頼は終わりましたのでこれで失礼します。こう見えて意外と私は忙しいんですよ」
響士郎は持ってきていた鞄から封筒を出すとテーブルに置いて、征一郎の方を見ながら話す。そして、「自分はとても忙しい」と言葉を言いながら朔耶の方を見る。

━━━━━━「当主」なのに、「当主」らしい仕事はしないで、その色々をこちらがしなくてはいけない。何のための「当主」なんだ?なんで、「当主」にお前がいる・・・・・・・
そう、聞こえてこそうだ。いや、きっとそう思っている。
響士郎の言った言葉に気まずくなり、朔耶は再び俯いてしまう。この場から逃げることは叶わない。なら、自分が出来るのは下を俯くぐらいだ。
恥ずかしいし、情けない。けど、だからといって反論する事はしてはいけない。
それが長年にわたり染み付いた、偏った考えだったとしてもだ。

「そうなんですね・・・・・・私はもう少し話を詰めたいので、もう少しだけいさせてもらいます。本日はお話出来て良かった。今後ともお付き合い出来る間柄に発展出来ればと思っておりますよ?」
人から好かれる好青年といった柔和な顔つきで、征一郎は立ち上がり響士郎に握手を求める。
響士郎も征一郎の動きにつられて立ち上がり、握手をする。
「こちらこそ、火澄殿。無事に依頼が達成出来ることを願います。朔耶?けして火澄殿の邪魔だけはしないように。あと、仕事の失敗は許されないよ?勿論、分かっているよね?」
にこやかに征一郎と話していたのに、突然、顔も声も冷たい態度になり朔耶に詰め寄る勢いで、上から畳み掛けるように話す。

響士郎義兄様の冷たい視線に背筋が伸びたと思ったら、無意識に立ち上がり、直立不動で立っていた。
「はい。邪魔も致しませんし、失敗も致しません」
「いいえ」も「出来ません」も言ってはいけない。どんなに難しくても、無理難題でも「はい」で答えなくてはいけない。
それが、「当主」だから。「当主」はそんな存在だと響士郎義兄様から教わった。
私に唯一、様々なことを教えてくれた響士郎義兄様の言葉は、たとえ何であっても守らなくては。
「はははっ・・・・・いい返事だ。吉報を楽しみにしているよ。では、私はここで失礼致します」
最後は朔耶を見ず、征一郎にだけ余裕のある笑顔を見せて部屋を出ていく。

襖越しに東雲と響士郎の声が聞こえてくる。その声は征一郎にも朔耶にもかけない、侮蔑的であり邪見にするよう言葉の雰囲気が、端々に聞こえてくる。
まるで、人様に式神風情が話しかけるな・・・・・とも感じ取れる。
「・・・・・・・・・・」
朔耶は立ったまま、視線を絨毯に落としてしまった。分かってはいる。
式神は使役者の手足となり動く。命令は絶対で、そこに相手を思う気持ちも、疑問もない。「無」だ。
けど、私の身近にいる式神は違う。相手を思い、尽くし、時には諭す。親と子の関係や兄妹、友達といった関係を築いている。ただ単純に私の手足として動いて欲しくない。
そんな風に接している私の式神達は、人間に近い感情や考えを持ち合わせている。
それが、気持ち悪いと思う人間はいる。その代表が響士郎義兄様だ。

「朔耶様・・・・・・・・仕事の話をしませんか?」
朔耶の様子に疑問を持ったが、絶対に「これだ」と言う、決定打が見つからず、それ以上にありすぎて一つに絞れない。なら、当たり障りのない言葉で場の雰囲気を変えるし来ない。
征一郎はその当たり障りのない会話に「仕事」を選んだ。
「はい・・・・・・」
朔耶が遠慮がちにソファに座る。その手には、征一郎が押し付けるような形で持たせた装身具があった。

テーブルに置くことをせず、ずっと大事に持っていたことに対して、愛おしさが生まれる。それだけで征一郎は、響士郎の嫌味な態度が流されていく気持ちになる。
そう思うだけで、自然と足は朔耶の方に向かい歩み出す。
再び、隣に座り朔耶を驚かせてしまうが、そんなの気にしない。

朔耶も驚いた。向かい合わせで話すとばかり思っていたら、突然歩き出し、隣に座るのだ。そして、装身具を持っていない絹の手袋をした手を、恭しく両手で包み込むように手を添えて持ち上げる。自分の近くに持ってくると、手の甲に口付けをしたのだ。
「!!ひ、澄殿!」
裏返った声が情けない。異性と触れ合うことも、ましてこんな挨拶をされる事もない。免疫がないのだ。だからだろう。朔耶の顔は耳まで、瞬時に真っ赤に染め上げられた。
「手の甲の口付けの意味は「敬愛・尊敬」です。貴女を私は尊敬します。貴女は揺るぎない壬生雀院家の当主ですよ・・・・・・当日は宜しくお願いします」
口付けの場所で意味がある事に驚いた。火澄様は本当に博識な方だ。変な考えがあって、このような行動をしたわけではな・・・・・・

そう、思うと朔耶はなんとなくだが腑に落ちて、さっきまでの焦りが落ち着いてくる。そうなると耳まで真っ赤に染め上げていたものを落ち着いて元の肌色を取り戻す。
「あぁ、あと、仮面を用意するついでにドレスも用意しましょう」
「そ、こまでは!!ドレスは持っております!」
「西洋では、男性がパートナーにドレスを贈るのは一般的ですよ?朔耶様は私のパートナー・・・・・なら、贈らないのは失礼ですよね?」

間違ったことは何一つない。そんな言葉の強みがが、端々に感じられる。堂々とした答えに朔耶は他事ろぐ。
「けど、それでは火澄様のご負担が・・・・・」
「大丈夫ですよ。そんなに考えないで下さい。それにその装身具・・・・・ブローチを当日はちゃんとして下さいね。「月下の花」の女性は「花」を形どった装身具を身に着けなければいけないんですよ。そうだ、そのブローチに合うドレスを誂えましょう。我が家が贔屓にしている呉服屋がありますからそこに行きましょう」

まくし立てるように一気に話して、朔耶に反論の余地を与えない。笑顔で圧を与える征一郎に、朔耶は顔面蒼白になってしまった。
装身具は分かった。ちゃんと身に着けよう。けど、ドレスは違う。絶対に違う。そんな厚かましい事をしてはいけない、させてはいけない。
「火澄殿っ!!」
「朔耶様は焦ってしまうと「火澄様」ではなく「火澄殿」になるんですね?分かりやすくていいですね~・・・・・・これはね、必要経費です。分かりますか?相手に、大塚卿相に朔耶様の正体を知られてはいけない。その為には普段は着ないドレスを身に纏いパーティーに潜入しないといけない。「呪術を駆使する壬生雀院家の朔耶」ではなく、「大塚卿相と仲良くなりたい人間とパーティーに着た連れの女性」を演じなくてはいけない」

火澄様の言うことは最もだ。壬生雀院家の人間だとはバレてはいけない。そうなれば「悪魔召喚の儀」には参加するどころか、「月下の花」にも行けない。
「けど・・・・・・・」「はい、この話題は終わりますよ」
パン!と子気味のいい音をさせて、手を叩く征一郎は笑顔で朔耶の話を切り上げた。

「パーティーは不慣れですよね?」
「・・・・・はい・・・・・」
「持っているドレスは何度か袖を通してますよね?」
「はい」
「なら、相手にバレない為にもドレスは新調した方がいいですよね?」
「・・・・・・はい」
「はい、決まりました。ドレスは新調しましょう。さて、明後日は何かご予定がありますか?」
理詰めで話されてしまう。そして、全くもってその通りなので全ての返事は「はい」しかない。悔しいかな「はい」以外の言葉が見つからない。

朔耶は違う意味で段々と小さくなっていたが、突然の予定確認で俯いていた顔を上げてしまう。
「はい?・・・・・・・ないです」
「では、巳の刻9~11時の間にお迎えに上がりますね」
「火澄殿!!」
「また、焦ってますね。本当に、朔耶様は分かりやすい。先程、了承しましたよね?異論はないはずですよ?」
「・・・・・・・ないです」
調子が狂う。長老連中ならここまで切羽詰まることもなく、淡々と対応出来るのに。火澄様は何故だか分からないけど、上手く対応が出来ない。立ち回れない。

「素敵なドレスを仕立てましょうね。楽しみだなぁ~・・・・・・では、私の仕事の話も終わりましたので私もそろそろ失礼致しますね」
笑顔で朔耶に退出する事を伝え、立ち上がる。それにつられて朔耶も立ち上がってしまう。
「あっ・・・・・・」
すると、突然、手首を掴まれて朔耶は征一郎に引き寄せられ、着物越しに朔耶の腕に征一郎は唇を押し当てた。
「私の思いを理解してくださればいいのですが・・・・・あぁ、そうだった。ブローチの花は鉄泉蓮とジャスミン・・・・茉莉花と言う花です。私が贈るブローチを当日は身に着けて下さいよ?」
あまりの事に驚き目を丸くしている朔耶の耳元でブローチの花を伝え「クスッ」と笑うと、征一郎は「では、明後日」と言って部屋を出ていく。

朔耶は自分の身に起こったことの処理が追いつかず、ただ、呆然と立ち尽くしていた。征一郎に引き寄せられた体勢のまま、氷漬けにされてしまったかのように微動だにしなかった。
いつまで経っても部屋から出てこない主人を、不審に思った東雲がそっと、部屋に入り「朔耶様っ!!」と詰め寄るまで動かなかった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

征一郎の渡したブローチの花は「鉄泉蓮」と「ジャスミン」。花言葉ですが、鉄泉蓮は「縛り付ける」でジャスミンは「あなたは私のもの」です。そして、腕の口付けの意味は「恋慕」です。

それらの意味を知らない朔耶様は、何が何だか訳ワカメ状態です。
え?なに?なんなの?え━━━━━━っ!!が頭の中をグルグル駆け回ってます。
そして、上記の意味で縛り付ける征一郎。ねちっこく周りから意味を持たせて徐々に囲い込み作戦です。

そして、謎の兄者・響士郎。貶めたいのか何なのか・・・・・・兄妹ごっこしたいのか、何なのか・・・・・私も訳ワカメです(笑)

さて、朔耶様はドレスを新調する予定ですが一体どんなドレスを新調するのか楽しみですね~~

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