闇千夜の系譜・櫻花の理(ことわり)〜鬼は永久(とわ)に最愛の女を探し彷徨う〜

和刀 蓮葵

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磨けば光る原石

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温かい食事と楽しいお喋りで、腹も心も見たされた朔耶は再び大通りを歩いていた。
征一郎との距離を空けようと後ろに下がったが、「逢引ですよね?」と言われ、問答無用で腰に手を回していく。そうなると二人並んで歩かなくてはいけなくなり、朔耶は申し訳ない気持ちと、恥ずかしい気持ちを交互に味わいながら歩く。

まともに顔も上げられず、歩行の邪魔にならぬ様に、少しだけ顔を下げて歩く。
俯く横顔が儚く、どこかに消えてしまいそうな感じがするのに、どことなく色香漂う姿に征一郎は、腰に回す手の力を強めないように極力努める。
気を抜くと、力を込めてしまいそうだと、嘆いてしまう。

暫く大通りを無言で歩くと、一軒の大きな店にたどり着く。
二階建で立派な瓦が光に反射してまぶしく、杉の一枚板に「松總呉服」と彫られ黒塗りされている。
「火澄様・・・・・・ここなのですか・・・・・」
私でも知っている。品揃えもさることながら、品質の良さ、仕立ても丁寧で有名だ。帝都一と言っても間違いない。
義姉妹達もここで仕立てた着物を着て、見せびらかしに来ては「あんたにはボロがお似合いよね~」と笑ってくる。

「はい、昔から我が家はここで誂えてもらってます。最近はドレスなど洋物を取り扱いを始めたのか・・・・・「是非、一度」と言われてましてね・・・・・・」
あまりにも場違い過ぎて、朔耶の足が一気に重くなる。多少の億劫な気持ちはあったが、ここにきて一気に来たのだ。
けど、征一郎は気にすることなく、朔耶と一緒に店の中に入っていく。

すると、案内をしていた丁稚の少年が火澄を見てすぐに声を掛けてくる。
「火澄様!いらっしゃいませ!お待ちしておりました!」
大きな声で話すから、周りにいた客も、店の人も一斉にこちらを見る。
そのせいで朔耶は益々、恥ずかしくなり俯いてしまった。
「これは、これは火澄様!お待ちしておりました。ささっ、お上がりください・・・・・ご案内致します」
丁稚の声を聞いて、番頭の人間が直ぐ様に来ると、火澄達に奥の座敷に案内する為上がる様に促す。
一見もだが、大体の客は奥に通されることなく、開かれたこの場所で、反物を広げやりとりをする。奥に招かれるなど滅多にない。

多くの客の視線にさらされながら、朔耶は征一郎に促されるまま草履を脱ぎ歩く。
視線と、今まで体験したことのない出来事に、体は縮こまり、出来ることなら消えたいとも思い始めた。前を行く番頭を見ることも憚れて、俯き自分の足を見て歩く。征一郎の腰に回された手が有り難くも思い始めた。この手がなければ歩く事も出来ないからだ。

どこを通ったか分からぬまま案内され、御所車の描かれた襖で立ち止まる。
「こちらでお待ち下さい」
襖を開き、中に案内される。ふかふかの座り心地の良さそうな座布団が二枚並んでいる。
そして、奥は間仕切りするように襖がピッタリと閉じられている。
「主人を呼んでまいります」
征一郎に促されるまま中に入り、座るのには勿体ない座布団に座る。征一郎も座るのを確認した番頭は、頭を下げると襖を閉めて廊下を歩いていった。
このような場違いな場所に相応しくない着物で、申し訳ない気持ち以外生まれてこない。
出来ることなら、早々に立ち去りたい。ドレスは火澄様が選んだものを着ればいいだけの話、私の気持ちなど蔑ろにしてもいいのに。

朔耶は征一郎を見るこさえも出来なくて、下を俯き、白い絹の手袋に包まれた自分の手を握り込んでいた。
時間にしては多分だけど短かったと思う。程なくして、「失礼致します」と声がすると、年の頃は五十路いそじぐらいの優しそうな男性が襖を開けてくる。
紺色の紬の対を着て落ち着いた雰囲気だ。中に入ると征一郎の前に来て、軽く挨拶する。
「お待ちしておりました、火澄様・・・・・今回は、こちらのお嬢様のドレスとその他をご希望でしたよね。選りすぐりの品を多数用意しております。お気に入りの一着を見つけてください」
最後は朔耶の方を見て微笑む。流石、大店の店主だけあって物腰丁寧なのに、なぜか逆らえない威圧さえもあり、朔耶は「はい・・・・・」と今にも消えそうな声で返事するしかなかった。

「暫くぶりですね・・・・以前、お会いしたのは母の着物選びにつき合わされた時以来かな?今日は、こちらのお嬢さんのドレスを選びたくてね。お話していたような物はありましたか?」
「そうですね・・・・・・御母上の時以来ですね・・・・・・ドレスですが、お任せください。話しいただいた通り明るく、華やかで可愛らしい物を多数用意しました」
店主は立ち上がると襖を其々左右に開いていく。
「わ・・・・・・綺麗・・・・・・」
自然と言葉が出ていた。瞳を大きく広げ、息を飲む。

襖の奥には多数のドレスが衣桁に掛けられていた。
朔耶の持っている地味なドレスなどここには一つもない。
若草色、赤丹色あかにいろ海棠色かいどういろ金糸雀色かなりやいろ杜若色かきつばたいろなど明るく、色とりどりのドレスは見ているだけで気分が高揚してくる。
彩り豊かで華々しいドレスには金糸、銀糸や様々な色の絹糸を使い刺繍を施し、緻密で繊細なレース、華やかさを演出するフリルやタッセルといった装飾の一つ一つが素晴らしい。
「火澄様・・・・・・・やはり、わたくしには分不相応です。こんな素晴らしい衣装は私には似合いません・・・・・・・」

心奪われるとはまさにこの事、朔耶は掛けられていた衣装をじっくりと見ていたが、急に我に返った。
一つ一つが素晴らしく、丁寧に作られたものは圧巻だ。けど、こんな素晴らしい衣装を自分が着るのは違う。
何処かの素晴らしく、品のある令嬢達が着るものであって、私のような何の取り柄もなく、貧相な人間が着るものではない。

我に返り、朔耶は征一郎に静かに訴えた。準備してくれた店の人にも、ここまで案内してくれた征一郎にも悪いとは勿論、思っている。
思っているから、こんな所で否定的に拒絶するものではないとも思う。誘われる前よりも早々に、今持っているドレスに多少の手を加えて、参加しますと言ってればよかった。
表情が曇り、居た堪れないと顔にする朔耶を見て、征一郎も少しだけ表情が曇る。

女性なら、これだけの品揃えを見て心憂き立つと思っていたが、一筋縄ではいかない。
傷付けられた感情は思っていたほど根深いと、征一郎は改めて考えさせられた。
だが、こちらも引けない。答えは単純だ。華やかなドレスを着た朔耶を見てみたいからだ。
地味な色合いしか見たことのない朔耶の年相応の色味のモノを着ている姿を見てみたい。
出来ればそこで、恥ずかしそうにしながらも着用した姿を見せてくれたら尚良し。さらに感想を求められれば、これ幸いと褒めて褒めまくっていく・・・・・・・

━━━━━それが叶わなくとも、せめて、似合う一着は見つけてないといけない。
相手には朔耶だとバレないように事を進めないといけない。
「朔耶様?これは必要な事です。大丈夫ですよ。もしかして、ドレスの寸法を気にしてますか?大丈夫です。こちらの仕立て人の腕は確かです。体にちゃんと合ったように直しますからね?さぁ、近づいて一点、一点見てください。店主・・・・女性の方に接客してもらうように手配して下さい。あぁ、朔耶様。我々は別の事で話をしますので、襖は閉めておきますから心置きなくお選びください」

朔耶に反論を与えぬよう、征一郎は有無を言わさず話す。店主も征一郎に求められ、急いで女性の定員や針子を呼びつける。
程なくして三人の女性達がやってくると、征一郎は朔耶の前にいき手を差し伸べる。
「さっ、ゆっくりと見てください。気に入ったものがきっと見つかりますから」
征一郎の対応に困惑し、縮こまり、亀のように体を竦める朔耶に、征一郎は朔耶の隣に体を寄せると手袋をした手を掴み、腰に手を回し無理矢理立ち上がらせる。
「火澄様・・・・・・・」
眉が下がり、焦りと困惑が見える瞳は少しだけ潤んでいる。それ程、朔耶は焦っているのか?本当に自分がここにいることも、衣装も分不相応と思っている。
一体、彼女をここまで卑屈にさせたのは誰なのか?
・・・・・・答えは分かっているが・・・・・・・

征一郎は笑顔で朔耶を立たせ、衣装の並んだ部屋まで連れて行く。
「あとは、女性陣でお楽しみください。大丈夫ですよ。朔耶様の魅力を十二分に魅せてくれるドレスを選んでもらいますから。すみませんがあとはお願いしますね」
部屋の真ん中まで連れて行かれる。三人の女性達はその後を付いてくる。
征一郎の言葉に朔耶はどう、対応すればいいのか分からなくなってきていた。
否定しても受け取ってもらえず、拒否しても別の言葉で反論されてしまう。
人への対応がさほど、得意ではない朔耶は、言いくるめられ、掌で転がされている感覚になる。
馬耳東風、糠に釘等々そんな言葉が合いそうなほど、聞く耳を持ってくれない。

「火澄様・・・・・・」
母親を探す子供の様に、問題が分からず先生に助けを求めるようにな目を、朔耶は征一郎に向けた。
征一郎はその視線を、しっかりと真正面から受け入れる。朔耶の思う事も不安も全てを知った上で征一郎は何も言わず、ただ、静かな凪いだ湖畔の様な優しい目で微笑み、朔耶の頭をそっと撫でて背を向ける。
三人の女性達に軽く頭を下げると、征一郎は歩き出しそのまま襖を閉めた。

部屋の中は豪奢で素晴らしい衣装と、四人の女性だけ。そのうちの一人は自分はここにいてはいけない。相応しくないと困惑し、固く縮こまった様子。
年かさの年齢の女性がゆっくりと近づき、優しく微笑みかける。
「さっ、お嬢様。お嬢様はどんな衣装が気になりますか?お好きな色で考えてもいいんですよ」
「私は・・・・・・好きな色・・・・・・」

好きな色と言われて考えてしまう。本当は明るい色は好きだ。見ているだけで気分も明るくなる。
けど、そんな明るい色を着ると嫌味を言われ、酷い時は無理矢理、脱がされて目の前で切り裂かれた。風呂の火の中に放り込まれ燃やされた。
そして、どこで見つけてきたのかボロボロのモノを投げつけられて「そっちがお似合いよ~」と笑っていた。
持っていたものは壊されては、代わりに酷いものを与えられる。無いよりはマシだと己に言い聞かせ、与えられたモノを使い続けた。
今でもその癖があり、新しい物を手に入れることはできるのに、地味な物を選んでしまう。
もし、それが見つかった時再び、羽交い締めにされて、身動き出来ない状態で目の前で切り裂かるかもしれないと、不安な方にしか考えることが出来なくなってしまった。

「・・・・・・・分からないです」
いつしか好きな色は、身に付けてはいけない禁色的な扱いになってしまった。
ここにあるドレスはどれも禁色な物ばかり。私が身につけられる色は何一つない。
「・・・・・・そうなんですね~なら、お顔立ちが整っていらっしゃるから、こちらの色味とかお似合いですよ」
相手も接客を生業としている者。向こうからの意思がないのなら、見た目で勧める。

示されたのは白と桜色のドレスだ。白地に桜の花が刺繍され、詰め襟の多いドレスには珍しく襟元が空いている。袖やスカートには桜色の布の縦ひだやレースがあしらわれ、全体的に若々しく朔耶ぐらいの年齢の女性にピッタリのドレスだ。
「これですか・・・・・・・」
笑顔でそのドレスを衣桁から外し朔耶に見せる女性と、戸惑い困惑した朔耶との二極化に分かれてしまう。

素敵なドレスだし、桜色が可愛く見えてしまう。持っているドレスは暗めの色が多く、目の前にある様な色合いの物は一つもない。それは着物も同じだけど・・・・・・・
一瞬、無意識に手が伸びてしまう。けど、触れるギリギリで正気になり、手を急いで引っ込める。
「こちら、気になりますよね~さぁ、着替えましょう。とってもお似合いだと思いますよ」
ドレスを持っている店の女性が明るく話すと、残りの二人が「失礼致します」と言って近づき、朔耶の帯締めに手をかける。

「ま、待って下さい!!一人で着替えられるから!」
着物なら一人で出来るが、ドレスは誰かの手が必要だ。けど、私は東雲以外から着替えを手伝って欲しくない。
慌てて拒絶したが、私の意見はほぼ取り入れられない。火澄様が客で、気を使うのも火澄様だ。私はおまけで付いてきただけで、特に気に掛ける必要もない存在だ。
帯締め、帯揚げの結び目を解き、帯を解かれると、腰紐もあっという間に解かれる。着物を後ろから引き抜かれ襦袢も取られてしまう。
そして、そこで動きが止まった。

理由は分かる。私の体全体にある傷跡が原因だろう。前も背中も肉の引きつった跡や、火傷の跡が沢山ある。それを見たら誰だって言葉と動きを止めてしまう。
「昔、事故に遭いまして・・・・・その跡なんです・・・・・・」
言い訳にもならない言い訳をしてしまう。すると、すぐに動いたのがドレスを持った女性だ。
「失礼致しました。コルセットを準備しますね。腰巻きはそのままで大丈夫です。早く準備して!」「はい!」
言われて、一番若い女性が部屋の隅にあった籠を持ってくる。
素早くコルセットを締められると、後ろの膨らみを出す布を取り付けられ、二部に分かれたドレスをそれぞれ着せられる。

その間、終始無言で目を合わせてくれない。合っても気まずそうな顔をされる。
分かっているが、予想通りの反応をされて朔耶は何も言えないし、自分から言おうとも思わない。
━━━━━━━━あぁ、やっぱりか・・・・・

紐を締められる度に小刻みに揺れる自分が、情けない気もするし、世間一般の答えを見たような気もする。私の体には白い目なのか、哀れみの目なのかその両方か、まともな目を向けられることはない。
もし、結婚したとしても相手は嫌がるし、白い結婚になるのかもしれない。そもそも、結婚も出来ないと思うが・・・・・・
そう言えば、火澄様は私の体を少しだけだが、見たような気がする。とても嫌な思いをされたのかもしれない・・・・・・
・・・・・・私は何を考えているの・・・・・・・

朔耶の自嘲気味の考え事をしている間に、着々と着替えは進み完成した。
「終わりましたよ・・・・・姿見でご覧ください」
縮緬の布が掛けられた姿見を持ってくると、目の前で布を取る。すると、ドレスを着た自分が目の前に現れる。
「人に合わせやすいように多少大きめに出来てますが、ご安心下さい。ちゃんとお嬢様の体に合うように直しますからね・・・・・」
鏡越しに店員に言われる。痩せ過ぎな体のせいでドレスはブカブカで、服に着られるとはまさにこの事だろうと思ってしまう。

けど、白と桜色のドレスは、朔耶の為に誂えたのかと思う程、朔耶にとても合っていた。
優しい眉下がりに、涼やかな目元、通った鼻筋に、ふっくらとした唇、色白の肌と、花顔柳腰かがんりゅうようと呼ばれていた母親譲りの容姿は、ドレス姿にも十二分に発揮していた。
「お似合いですよ~」
二人の店員からも言われ、鏡をまじまじと見てしまう。
何年ぶりだろうか、こんなに愛らしい色を着るのは。ドレスの意匠も可愛らしい、こんなにレースをふんだんに使った物など初めてだ。

後ろも気になり後ろを向いて鏡を見る。桜色のボーに、縦ひだや上と同じ白地に桜の刺繍、レースと後ろ姿も見惚れてしまう程だ。
ずっと明るい色のものを「いいな」と思ってはいた。けど、自分には似合わない、分不相応と思い目を逸らしていた。今も自分には似合っているのか正直分からない。けど、心が浮き立っているのは本当の事だ。
「さっ、火澄様にも見ていただきましょう」
笑顔で言われ、背中に手を添えられて襖の奥にいる征一郎に見せる為動く。
その時、先程の焦りとは又違う焦りが生まれる。

どうしよう・・・・・火澄様はどんな顔をされるのかしら?合わないと切り捨てられるのだろうか?そもそも、こんな素晴らし衣装を着ている時点で可笑しいのに・・・・・・
襖の前に立ち、今更ながら後悔してしまう。出来ることなら脱いでしまいたい。
「あの・・・・・・」「火澄様、お着替えが終わりましたのでご確認くださいませ・・・・」
朔耶の言葉を遮って、店員の女性が言葉を掛けると襖が開く。

胡座で座り、店主と話していた征一郎は掛け声で話を中断し、襖を見る。
両方の襖が開き現れるのが、白と桜色のドレスが愛らしい朔耶だった。
表情は戸惑っていたので、いまだに受けつけられない事を物語っているが、ドレス姿は十分に似合っている。
朔耶の元々、整った顔は暗い地味な色合いも良さを出していた。けど、若く年頃の娘が着るには地味すぎる。征一郎は明るい色の朔耶も見たいと思い、あらかじめ店に要望を出していた。要望通りの物を準備してくれた事に感謝しかない。

儚い雰囲気の朔耶に桜色とは・・・・・・分かっているな・・・・・・・
「お似合いですよ朔耶様・・・・・少々、大きめなのですね?」
立ち上がり、朔耶の前に来て笑顔で褒めてくる征一郎に、益々恥ずかしくなり下に俯いてしまう。
あまり、ジロジロ見ないで欲しいと、恥ずかしいと、心で思ってしまう。
「多少、大きめに作っているんです。お嬢様は華奢なので余計に余りが出たみたいですね・・・・・・でも、ご安心下さい。しっかりと寸法の合ったものに詰め直しますので」
後ろにいた店主が、征一郎の問いに答える。それを聞いていた女性達も、うんうんと頷いている。
「なら、安心だ・・・・・朔耶様は気に入りましたか?」
「え・・・・あの・・・・・わたくしには勿体ないと思うのですが・・・・こんな、素敵なもの・・・・」
躊躇う朔耶の言葉に征一郎は、笑顔を崩さず朔耶に再び問いかける。
「必要な事なので気になさらず。朔耶様はただ、好きか嫌いかでお答えください。このドレスは好きですか?嫌いですか?」

答えは簡単だ。好きか嫌いかなら、答えは「好き」しかない。でも、言ってもいいのだろうか?
「・・・・・・」
「大丈夫です。ここで聞いているのは私だけですよ?」
私のこれから伝える事に対して後押しするように、落ち着いた声色で、こそっと耳元で囁かれる。
心の準備なんて出来てない状態だから、余りにも驚きすぎてビクッと体が動いてしまう。
「ぁ・・・・・・そ、の・・・・・す、きです・・・・・・」

まるで殿方に告白するようにも捉えられそうな場面に見えてきて、混乱と恥ずかしさといたたれなさと・・・・・様々な感情が一気に押し寄せてくる。
朔耶の勇気のある告白に、征一郎は満足げな表情になる。
「そうですか・・・・・よかった」
征一郎にだけ聞こえる声は少しだけ震えていた。
勇気を出して言ったのだ。ここにいる人間は朔耶に害を与える存在は一人としていない。
けど、今までいた環境が環境なだけに、躊躇いが生まれるのは仕方ない。
「気に入っていただきよかった・・・・・なら、こちらで準備しますね」
征一郎は笑い朔耶を見る。朔耶も征一郎の弾んで、楽しそうな声色に顔を上げてしまう。

「え!でも・・・・・・・」
物凄く値段が高いとすぐに分かる。肌触りもさることながら、レースが・・・・・こんなにふんだんに使われているのだから、値段がびっくりするぐらいの事は簡単に想像出来る。
朔耶は一気に顔面蒼白になり、慌ててしまう。
そんな二人ににこやかに近づく店主に、気づいたのは征一郎だった。
「流石の品揃え・・・・・・素敵な物が見つかりよかったです。あとは直しをお願いします」
「火澄様に喜んでいただき良かったです。お嬢様もお似合いですよ。あとは直しをして体に合うようにしますのでもう一度、襖の奥に行かれてください。君たち採寸は任せましたよ」
店主が笑顔で褒める。そして、再びドレスが置かれていた部屋に行くように案内される。

「はい。そうそう、こちらのドレスには揃いの髪飾りと首飾りがあるんですよ~」
「ほう、それは楽しみだ・・・・・・朔耶様も楽しみですよね?」
「あの、その・・・・・・」
しどろもどろに話すが、ちゃんとした言葉は出てこない。そして、朔耶の話を切り上げるように、女性達が朔耶を奥の部屋に行くように促していく。促すと言うより、実力行使と言ってもいいかもしれない。肩や背中に手を添えて、くるっと体を回転させると、そのまま連れて行く。

朔耶達が部屋に入った途端、ピシャッと襖は閉められる。
笑顔だった二人は急に真顔になり、先程まで座っていた座布団に征一郎は座った。その横に間隔を空けて店主が座る。
「・・・・・・・火澄様。客人にあれこれ詮索するのは失礼だと承知してますが・・・・・もしや、お嬢様は「壬生雀院家」の方ですか?」
「ほう、何故、そう思われるのかな?」
朔耶には見せない冷たい視線を店主に向ける。

「「朔耶様」と言われてました。私の記憶する限りその名前は、壬生雀院家の当主の名前だと記憶してます」
冷たい視線に驚くこともなく、平然と受け止めて店主は持論を話す。
「ええ、お察しの通りあの方は壬生雀院家の当主の朔耶様です。愛らしい方でしょう?」
「噂とは異なる方ですね・・・・・高いものを平気で強請り、飽きたらすぐに捨てる。気分屋、傲慢、飽き性・・・・・聞くのは悪い話ばかり」
「けど、実際は違う。自分に対して自信がなく、に対して引け目を感じている。与えられることを良しとしなく、そして、慣れていない。強請る事なんて全く考えたこともない・・・・・・」

ため息が出そうだ。当主と言われても実権はほぼない。むしろ奪われてる。逆らったら魑魅魍魎にも等しく、卑しい家の連中が潰しにやって来る。
生きる為に細々と過ごすのは、生きるうえで培ったものだろう。
「あの方は原石です。磨けば磨くほど光り輝く。そうして、その宝石に合うようにカットし、装身具を作る。私は今、頑張って研磨をしている最中なんですよ・・・・・あの方が光り輝くようにね」

口の端が自然と持ち上がる。楽しみで仕方ない。与えられることを知らない、奪われる事が当たり前だった朔耶に、与え、与え続ける。真綿で包むように優しく、そっと抱きしめて、私の側にいないと息の仕方もわからぬように植え付ける。
私しか見ないように、私の側にしかいれないように・・・・・・

手始めのドレスと、もう一つのは大丈夫だ。さて、今度は何を与えるか・・・・

征一郎の瞳には欲情の色が見え隠れしていた。それに気付いた店主だったが、何も言わず、聞かずでその場をやり過ごす。
ここは黙っていることが正解だと、長年の感が警告する。そうして、この店を大きくしてきたのだから、間違いではないと。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

朔耶様に合う素敵なドレスが見つかり良かったね~征一郎!
そして、ある意味最強店員の御三方。スルースキルを培い、気難しい?客の要望を受けて、似合うものを一目で見極める・・・・素晴らしい接客です。

征一郎も後半なんか心の声をぼやいてますが、ヤベー人間です。病んでます。けど、いいんですよ。朔耶様にはこれぐらい重い相手じゃないと務まらない。
二人のデートはまだまだ続きます。さて、このデートでどれだけ距離が縮まったのか楽しみですね~

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