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甘美なひと時
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逢引編?終了です~
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「このままじっとしていてくださいね」
朔耶は腕を広げた状態で動きを止められた。
その間に三人の女性達はドレスの余りを摘み、尺差しで寸法を調べ記録帳に書いていく。
「四・・・・五分かしら?」
「あとは、お嬢様の寸法も記録しておかないといけないわ・・・・・・」
「もうすぐ終わるからお着替えを準備しておかないと・・・・・・」
三人の女性はテキパキと自分達の仕事を進めていく。朔耶はその様子に気圧されながらも、黙って従う他なかった。
未だに、自分が着ているドレスが合っているのか分からない。店の人間は「合っている」と言っていたが、店の人なら「合わない」とは絶対言わないだろう。もし、似合わなくても別のものを見繕うはずだ。
火澄様は喜んでいたと思う。似合っているともおっしゃった。社交的な火澄様が言うなら間違いないと思う。
けど、やはり不安は拭えない。結局は私は私の合うものをあまり理解してない。己を主張するのは自滅行為だと思っているから、素直に何かを言う事も、自分の事を考える事も躊躇してしまう癖が出来ている。
考え事をしていた朔耶は今、ドレスを脱がされている事は理解していた。そして、再び己の肌を晒す事に緊張してしまったが、そんな事はなかった。
脱がされたと思ったら、すぐに襦袢が肩を覆う。
連携のとれたやり取りには有難さもある。
だが、すぐに異変に気づく。襦袢の肌触りが違うのだ。木綿のザラザラとしたものでなく、絹のサラサラとした肌触りに慌てて襦袢を見てしまう。
「・・・・・・・え?違う!これは私の着物ではないです!!」
麻の葉模様の鹿の子絞が豪華な薄桃色の襦袢は、朔耶がここに来たときには着用してないものだ。襟元は糸菊の刺繍も華やかで、これだけでも手が込んでいる。
「はい、こちらはお嬢様の物ですよ。火澄様がご用意されました。お着替えする時にはこちらを着用させて欲しいと・・・・・・」
若緑色の目にも鮮やかな着物は、雪輪やくす玉が白く染め抜かれており上品なものだ。
「私には勿体ないです。どうか最初に着ていたものでいいので・・・・・・・」
私が袖を通していいものではない。こんな素敵な物は他の人が着るべきだ。
朔耶は驚き、頭を左右に振り拒絶する。
だが、女性達もここで引き下がれない。店の店主からも依頼主である征一郎からも「絶対に着せること」と、言われている。
相手の身分も家柄も何一つ聞いていないが、そんな事、いちいち気にしていたらこっちの食い扶持が減らされるので、相手を持ち上げつつも、失礼のないようにしつつも、こっちはこっちの仕事をする!そんか気概を見せつつ、着物を持った女性は笑顔でずずぃっ!!と、朔耶に迫る。
「いけません!!お嬢様!火澄様が、男性が用意したものを拒否するのは相手の面子を潰すことになります。男はそれは、それは高いプライドを持っているもの。そのプライドをへし折ることをしてはいけません。淑女なら尚更・・・・・・いいですか?お嬢様はおとなしくこちらを着て、火澄様の前でニッコリ微笑んで「似合いますか?」と言えばいいのです。大丈夫ですよ!お嬢様にはよくお似合いの一品ですから」
烈火の如くではないが、言葉の一つ一つに何故か重みがあるのは気の所為だろうか?
殿方の用意したものを拒否する事は、そんなにも失礼な事なのか?知らなかった・・・・・・・
年かさの女性が真剣な顔で言うのだから説得力がある。そして、二人の女性も「うん、うん」と頷いている。
贈り物を貰うことがない私は、よくわからなかったが、拒否するのは駄目なのね。だけど・・・・
「でも、こんな高価なものを・・・・・・本当に私が着てもいいのでしょうか?」
贈り物が高価過ぎる。ドレスの件もあるから、おいそれと頂くのも気が引ける。
「火澄様が用意したのですから大丈夫です。さぁ、お待たせするのはよくないので早く着替えますよ!!」
威圧的な笑顔で迫り、無言の圧で朔耶を見る三人の女性に逆らう事は不可能。朔耶は眉を引き攣らせながら黙って従う他ない。それは、己の経験上、東雲で十分味わった。
複雑な気分を抱きつつも、黙って着付けされていった。
「お待たせしました。お着替え終わりました」
襖の奥から声が聞こえる。征一郎は店主との会話を打ち切り襖を見る。静かに開くとそこには征一郎が贈った着物を着た朔耶が、俯いて恥ずかしそうにしながら立っていた。
若緑色の着物に鉛丹色の帯、着物と同色の帯締め、帯揚げ姿は年相応の令嬢に見える。
「あぁ、とてもお似合いですよ。気に入っていただけましたか?朔耶様?」
征一郎が笑い、朔耶に問いかける。朔耶は一体、どんな顔をしたらいいのか分からなくなり、下を見つめるしかない。
けど、店員の話を思い出し、取り敢えずの意思表示で頭を縦に振る。
朔耶の必死な対応に征一郎は嬉しくなり、朔耶の側まで来ると頭を撫でる。
「?!ひ、ずみ殿!!」
「何を慌てているのですか?癖が出てますよ?」
突然の頭の重みに朔耶は顔を上げてしまう。
優しく微笑む征一郎と目が合う。優しい顔なのに、瞳だけが取って付けたように異質に感じる。笑顔に合ってないと言えば正しいのか?形は笑っているのに、瞳の奥に、暗い深淵をドロリと溶かしたようなドロドロの感情が揺蕩う。
この、ドロドロの何かの正体は分からないが響士郎義兄様も時々似たような瞳をする時がある。
一気に背中をゾワゾワとするものが駆け上がり、温かい部屋なのに鳥肌が立つ。
「っ・・・・・・」
その瞳に囚われたら終わりだと体の奥が警告する。慌てて朔耶は目を逸らした。
征一郎は朔耶の一瞬の、不可思議な間を訝しんだ。怯えにも似た何かが引っかかるが、あれこれ詮索しても答えはないだろう。
着物が慣れてないものだから、恥ずかしさで気後れしてしまったと解釈してしまったほうが、今はいいだろう。
征一郎はそれで己を納得させた。
「さっ、今日、一番の大仕事は終わりましたので帰りましょう。店主、今日はありがとう御座ざいました。おかげで素敵な物を贈ることが出来ましたよ。あとは直しをお願いします。終わりましたら私の方に連絡下さい」
「はい。気に入って頂き良かったです。直しはお任せください。お嬢様の体に合うように直しますね」
私の隣に並び、自然と腰に手を回してくる。不思議だが、恥ずかしさは勿論あるけど、嫌な気持ちがあまり無い。着物が地味なものでなく、火澄様の隣を歩いても違和感のないものだからか?
征一郎と朔耶の前には店主が頭を下げている。征一郎は店主の話を聞いて「では、宜しくお願いします」と話している。
ここでの用事は終わったと思った。
一番の目的は、パーティーのドレスを買うことが目的だ。その目的が達成されたのだ。なら、今日はこれで帰るだろう。
けど、何故だが後ろ髪を引かれる気がする。この楽しい時間が、まだ続けばいいのにと寂しい気持ちも心の何処かにある。今まで体験した事のない気持ちの高鳴りをまだ、味わいたいと心なしか思ってしまう。
けど、そんな浅ましい気持ちはすぐに捨てる。これ以上望むことは罰当たりだと、分不相応だと己に言い聞かせる。
店主が先頭に立ち、征一郎達を案内する。女性達は征一郎達が出ていくのを頭を下げて見送った。
朔耶は色々としてくれた女性達に、感謝の気持ちを込めて女性達に頭を下げる。それを見た征一郎も朔耶に習い頭を下げた。
そのまま廊下を出て歩こうとした時に、バタバタと走る音が聞こえてくる。
それを聞いた店主は柔和な表情が一変し、鬼のような形相に変わる。
「て、てんしゅ~~!!」
「こら!!お客様の前で何をしでかす!廊下は走るな!!」
「ずみません!!けど、番頭さんが急ぎだと言ってきて!!」
丁稚の少年が顔を赤くして店主の元に走ってくる。鬼の形相の店主に萎縮しながらも、耳元で何かを話す。
鬼から一変、今度は険しい表情に代わり、征一郎と朔耶を交互に見る。
征一郎も異変を察知し丁稚の口の形に注視する。
・・・じゃ、く、いん、た、かこ、さまが・・・・・てん、しゅ・・だせ・・・・
丁稚の口を読み征一郎は事態を把握する。どうやら招かざる客が現れて、表で五月蝿く騒いでいるのだろう。それもただの客ならまだいいが、壬生雀院の人間だ。少々、厄介な事になりそうだ。
「店主?」
「あぁ・・・・・すみません。どうやらお客様が少々・・・・・」
朔耶を見て少々歯切れの悪い店主は、バツが悪そうにしている。
朔耶は店主の様子に何故か不安になり、体に変な力が入り固まってしまう。
微かにだけど、聞いたことのある声が聞こえて来る事と関係があるのだろうか?
すると、店主は征一郎の隣に来ると、耳元で朔耶に極力聞こえないように耳打ちする。
「壬生雀院孝子様が表で五月蝿く騒いでおります。「私は壬生雀院朔耶様の使いで着た、豪華で華やかな着物を早く出せ」と・・・・・表から帰られのは厄介なのでは?」
「・・・・・・・取り敢えず様子見をしましょうか?考え過ぎかも知れませんし」
征一郎は朔耶を見て微笑む。けど、朔耶は二人のやり取りに不安になる。
胸騒ぎがするのだ。微かに聞こえる甲高く、人を見下すような声色は幾度となく聞いたことのある声に酷似している。
再び歩き出す。変わったのは丁稚の少年も加わった事だけ。そして、廊下を歩くと暖簾が見えてくる。入り口を広くとり、人の出入りがしやすい入り口は向こうからの光が見えてくる。
「暖簾に隠れながらご覧ください」
店主に言われ朔耶と征一郎は、向こう側、店の表を見る。
「っ・・・・・・・・・た、かこさ、ま・・・・・」
朔耶が一瞬で顔面蒼白になり、暖簾を掴む手も体も震え出す。
あばた顔の女は赤く目にも毒な着物着て、女の店員に対し馬鹿にしたような態度で接する。
後ろに控えた、付き人らしき年かさの女と、若い女二人も同じ様な態度で接する。
「だ~か~らぁ~さくやさまに言われて着物を誂えにきたのよ!あの方に逆らうと怖いんだからね!あっ、ちょっと!その着物もう一度見せなさいよ!ねぇ、いつになったら店主は来るの?いつまでも待たせないでよね!」
大きな声で「朔耶様」とわざと強調し話す。
私は「朔耶様」の命令で着物を誂えに来た。早く、店主を出せ!早く着物を出せ!
全ては「朔耶様」の命令だ!全ては「朔耶様」!「朔耶様」だ!
そう語りかけ、尋ねられてもないのに自分から「朔耶様」と話す。
征一郎は朔耶が悪者になっていく瞬間を目の当たりにした。朔耶よりも全てに劣る人間が、朔耶に対して根も葉もない事を、朔耶の人柄を言い下げる。
そして、当の朔耶は血の気のない真っ白な顔をし、震え、過呼吸に等しい程に呼吸が乱れている。
朔耶の様子を一瞬で理解し、動きの固まった朔耶を急いで暖簾のない所まで引き戻す。
「・・・・・・店主。どうやら鉢合わせするには少々、厄介なようで・・・・・申し訳ないが裏口から出ていっても構わないかな?」
朔耶を軽く抱き締めて背中を優しく叩く。子を寝かしつける母のような優しい手つきに、朔耶は少しづつ呼吸を戻していく。
「はい。そちらで構いまそん。私共の拙い接客でご迷惑をおかけしました事をお詫びいたします」
店主は頭を下げる。それを見ていた征一郎は「とんでもない」と軽く言う。朔耶を慰めるように叩く手は止めず。
「おい、火澄様達の履き物を、相手に悟られないように持ってきなさい。お前は裏口に案内するように。火澄様、私は厄介な客の相手をしますのでこちらで失礼いたします。・・・・・お嬢様も今日はありがとうございます。また、いらっしゃって下さい。お待ちしておりますよ」
柔和で物腰柔らかな店主の顔で朔耶に話しかけ、最後は二人に深く腰を折り挨拶する。
顔を上げた瞬間、大店の主らしい厳しい顔になり、丁稚の少年の頭をガシガシと撫でたあと、暖簾をくぐり朔耶達の前から消える。「お待たせしました」とよく通る、相手の機嫌を損ねないような声が聴こえてきた。それと同時に相手を罵倒する声も・・・・・・・
「さぁ、朔耶様?裏口から店を出ますよ。君、宜しく頼むね」
「はい!!履き物をお持ちしますのでお待ち下さい!!」
征一郎の優しい声に丁稚の少年は、急いで表の下駄箱に行く。相手にバレないように二人分の履き物を手に取ると、急いで征一郎達のもとに戻る。
「こちらです」
履き物を持ったまま少年は廊下を歩き二人を案内する。
やがて整理整頓されているが、物が多く、積み重ねられた場所が出てくる。
少年は裏口の玄関に履き物を置くと、木で出来た扉を開く。
少しは収まったと言え、未だに顔色の悪い朔耶を促し草履を履いてもらう。横では征一郎は革靴を履く。靴べらがなかったので多少手間取ったが履き終わると玄関を出て、手入れはされているが人を迎える場所にはほど遠い裏庭を突き進み、外壁の扉まで行く。
最初に少年が出て、次に征一郎が出る。そこで、一旦、朔耶に待ってもらい辺りを確認する。異変も何もないことを確認すると、朔耶に出るように促す。
「ありがとう少年。これは店主には内緒だよ。君のおかげで助かったよ。これで美味しいものでも食べておいで」
懐の財布から紙片を一枚抜き取り、丁稚の少年に渡す。少年も「え!駄目です!」と最初は拒否していたが、征一郎は着物の合わせに無理矢理入れ込む。少年も「ありがとうございます!」と本心は欲しくて仕方がないが、建前上拒否していたのがすぐに分かる表情と態度になる。
朔耶は「あっ・・・・」と、自分も何かしらしないといけないと思い、慌てて財布を出そうとしたが、征一郎に止められてしまう。
そのまま再び、腰に手を回されてしまい歩き出す。
「店主に宜しくね~」
少年の横を通り過ぎる時に征一郎は明るく言う。朔耶も慌て「ありがとうございます」とだけ言った。本来なら色々と言いたいことはあるのに、上手く言葉が見つからないし、出てこない。
けど、一番の原因は他にあることも十分理解している。
恐怖で固まり、震えや動悸が止まらない。そのせいか舌が固ったように動かない。
腰に回った手は優しく、そっと寄り添う。歩くように促すのに力加減は繊細で痛くない。
歩幅も朔耶に合わせてゆっくりと進んでくれる。
裏の道を進み、ある程度、呉服屋から離れたことが分かるとまた、表の大通りに出る。
離れたことが理解できると、朔耶の震えもなくなっていった。
「色々とあったせいか、喉が渇いてしまいました・・・・・朔耶様もそうですよね?」
笑い、自分の状況を説明する。朔耶にも意見を求められたが、征一郎の言う通り喉が渇いているのは本当だ。
「・・・・・・・・・はい」
朔耶のおずおずとした躊躇いのある返事に、征一郎は益々笑顔になってきまう。
「なら、甘味を食べましょう。私のお薦めを紹介しますよ」
何を食べようかぁ~・・・・・そんな呑気な事を言いながら、征一郎は目的の場所に向かう為、大通りを闊歩する。
朔耶は戸惑いながらも、征一郎のなぜか嬉しそうな横顔に、少しだけ目を奪われる。けど、すぐに目を逸らしてしまう。
呉服屋とは違う動悸が再び心臓を支配する。摩訶不思議な動悸に朔耶は戸惑いながら、征一郎の案内に身を任せた。
一軒のカフェーに案内され、二人は椅子に座っていた。メニュー表には見慣れない言葉が並び、朔耶は文字を追うが意味が分からずとうとう、征一郎に助けを求めた。
「あの・・・・・・・火澄様・・・・・」
「決まりました?それとも悩んでますか?大丈夫ですよ。私は二人分は余裕で食べられますから、好きなものを注文して下さい」
先程、昼餉を食べたのにまだ余裕があるのかしら?やはり、男性だから早くお腹が空くのかしら?煌も常にお腹空いてるけど・・・・あれは関係ないか。
朔耶は征一郎のきっと安心させる為の言葉なのだろうが、真剣に考えてしまって少しだけ思考停止してしまう。けど、すぐに場所と相手を思い出す。
「すみません・・・・・甘味の名前が聞いたことのない物ばかりで・・・・・・想像が出来なくて、どんな物かも分からないのです。もし、宜しければ火澄様のお薦めをお願いしてもいいですか?」
メニュー表は開いたまま、征一郎を見ると、最初は目を広げ驚くが、すぐに笑う。目を細める時に、泣きぼくろも一緒に動くのに目が離せない。
「はい、お薦めですね・・・・・・お任せください」
給仕人を呼び、メニュー表を指目指して注文する。
「コレとコレ・・・・・・こちらはまだありますか?そうですか。なら、こちらも・・・・・」
三つ程、注文しメニュー表を閉じる。給仕人はメモをして奥に注文を言いに行く。その姿を目を追っていた朔耶に征一郎は声をかける。
「楽しみですね~甘い物とかはお好きですか?」
「好きです・・・・・・けど、あまり食べられなかったから・・・・・・でも、いつかはぜんざいを鍋いっぱい食べたいと夢見てます」
夢のまた夢だが、心の中では土鍋いっぱいのぜんざいを食べてみたいと思ったている。
その、子どものような考えに征一郎は、益々、顔の筋肉が緩むのを自覚した。
「いつか、叶えましょうね。そして、ここの甘味も気に入ってもらえると嬉しいですね・・・・・あぁ、けどここの甘味を鍋いっぱいだと、お腹を痛めるかもしれませるね」
「何を注文されたのですか?」
「来てからのお楽しみです」
征一郎の意地悪な笑顔に朔耶はタジタジになる。
征一郎との会話も行動も、朔耶がこれまで体験したことのないものばかりで、あしらい方が全く分からないのが本音だった。
だからといって嫌だとか、早く帰りたいとかは全く思わない。出来るのならもっと一緒にいたいとさえ思う。
朔耶の知らない事、知らない世界を教えてくれて正直、童心に戻っているのを自覚している。ワクワクやドキドキが常にある。
けど、時々、子供心のようなモノとは違うドキドキがあるが、これは一体何なのか・・・・コレだけは正直、訳が分からない。知らない感情で自分では処理出来ない。けど、人に聞くのも何だか恥ずかしくて、自分の中に大きなしこりとして残る。
静かな時間が過ぎていく。人の会話と煙草の煙、テーブルとテーブルをすり抜けていく給仕人の足音、新聞をめくる音・・・・・この世界も初めての世界でドキドキする。
目の前には私を見て微笑む火澄様がいて・・・・
あぁ、この時間もずっと続けばいいのに・・・・
朔耶は物珍しそうに辺りをゆっくりと見回し、目に止まったモノをじっと見ては次を見るを繰り返す。そして、正面にいる征一郎に視線を戻す。
征一郎と視線が合うと、恥ずかしそうに顔を赤らめて下をすぐに向いてしまう。
会話のないまま時間だけが過ぎる。すると、一つの足音と食器のカチャカチャと鳴る音が近づく。
「お待たせしました」
テーブルにはカップがそれぞれ置かれ、朔耶のところには球体で蒲公英色の可愛らしいものと、白く滑らかなものを纏わりつかせ、上にはちょこんと真っ赤な苺が乗っているものが置かれる。
「どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」
給仕人は全てを置くと、軽く頭を下げて朔耶達から離れていく。
「さっ、こちらの丸いものが「あいすくりん」で苺の乗ったものが「ショートケーキ」です。飲み物は紅茶ですよ」
「あいすくりん」に「ショートケーキ」・・・・・・文字を見た時には想像出来なかったが、現物はとても愛らしくて食べるのが勿体ない。
「食べてもいいのでしょうか?」
こんな、素敵な物を本当に私が食べても問題ないのだろうか?火澄様こそが食べるべきものなのに・・・・・・
「私は何度か食べた事をありますから・・・・是非、朔耶様に食べて欲しかったのですよ」
笑い、「どうぞ」と手を向ける。躊躇いながらも朔耶は目の前置かれたフォークを取り、苺が乗ったショートケーキの端を一口すくう。
「?!!柔らかいのですね・・・・・・いただきます・・・・・・・!!!甘い!ふわふわしてます!!」
白いのは牛乳?このふわふわしているものは卵の味がする。なにより、甘くて、凄く幸せな味がする。
一口、口にいれれば今まで体験した事のない味に、目を見張り動きが止まる。
朔耶の様子に征一郎は微笑むしかなかった。体験した事のない事に戸惑い、実際、体験しそれが予想を超えるほどの出来事で、感動や驚いている朔耶は本当に愛らしい。
感動を悟られないように振る舞っている姿には、多少の違和感はあるが、朔耶の人となりを理解しつつある今なら、その悟られないように振る舞う事に少なからず共感する。
周りに馬鹿にされないように、笑いものにされないように、自分を少しでも強く見せるための手段として、自分の感情を悟らせないように振る舞う。それが朔耶には著しく現れる。
「美味しいですか?」
「びっくりしました。こんな素敵な物があるのですね」
「良かった・・・・・・そちらの「あいすくりん」も是非・・・・・」
青い染付の陶器に入ったものは、蒲公英色をしており、先程より周りが少し溶けている。朔耶は器に添えられたスプーンを手に取ると、スプーンが冷たくなっていて驚く。手袋越しでも冷たいのだから、素手ならもっと冷たいかもしれない。
スプーンを入れると、シャリ・・・・・と涼やかな音が微かに聞こえる。一口すくい、口に入れる。
「!!冷たい!」
スプーンを手に取った時に「もしや」と思ったが、やはり冷たい。口いっぱいに冷たさが広がる。けど、口残るのは卵や牛乳、砂糖の甘みだ。
「火澄様、とても冷たいです。不思議な食べ物ですね」
かき氷とは違う不思議な食感にも驚くし、何より甘い。ぜんざいや大福とも違う甘さに混乱してしまう。
「気に入りましたか?さっ、「あいすくりん」は溶けてしまうので早く食べましょう」
全部、食べてしまって良いのだろうか?でも、火澄様も食べたいはず・・・・・そうだ!
「火澄様も一口・・・・・」
朔耶はあいすくりんを一口すくい、征一郎に差し出す。
「!!・・・・・いいのですか?朔耶様が全部食べてもいいのですよ?」
「こんな素敵な物を独り占めするのはよくないです。火澄様も是非・・・・・」
よくよく考えたら、自分が使っていた、ましてや口につけたもので、相手に食べて欲しいと差し出すのは失礼だったかもしれない。それも、殿方に・・・・・・・
冷静になってよくよく考えたら、とんでもなく恥ずかしいし、相手にも失礼だと思った朔耶は顔が真っ赤になってしまう。
「っ!失礼しま!!あっ・・・・・・・」
差し伸べた手を引っ込めようとしたら、その手を動かさないように、逃げないように掴まれてしまう。そして、スプーンの先に征一郎の顔が近づき、躊躇いのない様子で口を開くと、あいすくりんは征一郎の口に消えていった。
「ん・・・・・やはり、あいすくりんは冷たくて美味しいですね。朔耶様?どうしました?」
「す、みません・・・・・私の使ったスプーンで・・・・・その、あの・・・・」
「あぁ、気にしなくていいですよ。それより早く食べないと溶けてしまう」
笑って朔耶の行動を咎めることもなく、美味しい物を食べる様に勧める征一郎に恐縮しながらも、朔耶は再びあいすくりんをすくい食べる。
「美味しい・・・・・」
幸せを噛み締めるように朔耶は、目の前の甘味を食べていった。
時には征一郎の飲んでいる物に、興味深げに覗き込む。
征一郎は「珈琲」だと説明し、一口飲むように勧める。躊躇いながらも一口飲むと口いっぱいに苦味が広がり驚いてしまう。
薬なのかと尋ねる朔耶に征一郎は笑いながら「西洋ではお茶代わりに飲む物」と伝えると朔耶は、薬をお茶代わりに飲むのは分からないと言いながら、ショートケーキの甘さで珈琲の苦味を中和する。
その様子を微笑ましく見る征一郎に、朔耶は益々顔を赤くしてしまう。
けど、ここでも最後まで食べきれなかった朔耶は、征一郎に残りを食べさせた事を後悔してしまう。そんな様子の朔耶に征一郎は笑い、気にすることはないと伝えた。
出された甘味が無くなる頃には、朔耶の呉服屋で見せた恐怖に満ちた顔はすっかりなくなり、代わりに子供のように目を輝かせてドキドキしている朔耶がそこにいる。
店を出て、腰に手を回し歩くときには、多少のぎこちなさはあるが、それでも普通に歩いてくれるまでになっていた。
征一郎は自分の目線よりも下にいる、朔耶の頭上を見下ろし微笑む。
朔耶には見えてなかったから分からないが、朔耶を見下ろす視線は、蛇のように絡むようにねっとりとした視線で、欲情が見え隠れすることを。
そして、もう一つの視線がある事も・・・・・
「・・・・・・なんなの?」
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甘いものは世界を救う(笑)です。甘いもの食べたら笑顔になりますもんね~
征一郎は変な笑顔でしたけど(笑)
そして、明るい着物姿の朔耶様は楽しそうで何よりです。楽しいひと時が続けばいいのですが・・・・
そして、悪役令嬢?孝子様。ただの悪役令嬢か、ザマァなのか!そうなると話が違う事に・・・・・
最後の台詞は何なのか?そして、いつになったらパーティーいくねん!!多分、もうすぐ行くはず?
ここまで読んで下さってありがとうございます
評価・ブックマーク登録等して頂ければ幸いです。
評価がモチベーションアップです。宜しければ応援お願いします。応援で狂喜乱舞しております。
応援してくださる皆様方、本当にありがとうございます
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「このままじっとしていてくださいね」
朔耶は腕を広げた状態で動きを止められた。
その間に三人の女性達はドレスの余りを摘み、尺差しで寸法を調べ記録帳に書いていく。
「四・・・・五分かしら?」
「あとは、お嬢様の寸法も記録しておかないといけないわ・・・・・・」
「もうすぐ終わるからお着替えを準備しておかないと・・・・・・」
三人の女性はテキパキと自分達の仕事を進めていく。朔耶はその様子に気圧されながらも、黙って従う他なかった。
未だに、自分が着ているドレスが合っているのか分からない。店の人間は「合っている」と言っていたが、店の人なら「合わない」とは絶対言わないだろう。もし、似合わなくても別のものを見繕うはずだ。
火澄様は喜んでいたと思う。似合っているともおっしゃった。社交的な火澄様が言うなら間違いないと思う。
けど、やはり不安は拭えない。結局は私は私の合うものをあまり理解してない。己を主張するのは自滅行為だと思っているから、素直に何かを言う事も、自分の事を考える事も躊躇してしまう癖が出来ている。
考え事をしていた朔耶は今、ドレスを脱がされている事は理解していた。そして、再び己の肌を晒す事に緊張してしまったが、そんな事はなかった。
脱がされたと思ったら、すぐに襦袢が肩を覆う。
連携のとれたやり取りには有難さもある。
だが、すぐに異変に気づく。襦袢の肌触りが違うのだ。木綿のザラザラとしたものでなく、絹のサラサラとした肌触りに慌てて襦袢を見てしまう。
「・・・・・・・え?違う!これは私の着物ではないです!!」
麻の葉模様の鹿の子絞が豪華な薄桃色の襦袢は、朔耶がここに来たときには着用してないものだ。襟元は糸菊の刺繍も華やかで、これだけでも手が込んでいる。
「はい、こちらはお嬢様の物ですよ。火澄様がご用意されました。お着替えする時にはこちらを着用させて欲しいと・・・・・・」
若緑色の目にも鮮やかな着物は、雪輪やくす玉が白く染め抜かれており上品なものだ。
「私には勿体ないです。どうか最初に着ていたものでいいので・・・・・・・」
私が袖を通していいものではない。こんな素敵な物は他の人が着るべきだ。
朔耶は驚き、頭を左右に振り拒絶する。
だが、女性達もここで引き下がれない。店の店主からも依頼主である征一郎からも「絶対に着せること」と、言われている。
相手の身分も家柄も何一つ聞いていないが、そんな事、いちいち気にしていたらこっちの食い扶持が減らされるので、相手を持ち上げつつも、失礼のないようにしつつも、こっちはこっちの仕事をする!そんか気概を見せつつ、着物を持った女性は笑顔でずずぃっ!!と、朔耶に迫る。
「いけません!!お嬢様!火澄様が、男性が用意したものを拒否するのは相手の面子を潰すことになります。男はそれは、それは高いプライドを持っているもの。そのプライドをへし折ることをしてはいけません。淑女なら尚更・・・・・・いいですか?お嬢様はおとなしくこちらを着て、火澄様の前でニッコリ微笑んで「似合いますか?」と言えばいいのです。大丈夫ですよ!お嬢様にはよくお似合いの一品ですから」
烈火の如くではないが、言葉の一つ一つに何故か重みがあるのは気の所為だろうか?
殿方の用意したものを拒否する事は、そんなにも失礼な事なのか?知らなかった・・・・・・・
年かさの女性が真剣な顔で言うのだから説得力がある。そして、二人の女性も「うん、うん」と頷いている。
贈り物を貰うことがない私は、よくわからなかったが、拒否するのは駄目なのね。だけど・・・・
「でも、こんな高価なものを・・・・・・本当に私が着てもいいのでしょうか?」
贈り物が高価過ぎる。ドレスの件もあるから、おいそれと頂くのも気が引ける。
「火澄様が用意したのですから大丈夫です。さぁ、お待たせするのはよくないので早く着替えますよ!!」
威圧的な笑顔で迫り、無言の圧で朔耶を見る三人の女性に逆らう事は不可能。朔耶は眉を引き攣らせながら黙って従う他ない。それは、己の経験上、東雲で十分味わった。
複雑な気分を抱きつつも、黙って着付けされていった。
「お待たせしました。お着替え終わりました」
襖の奥から声が聞こえる。征一郎は店主との会話を打ち切り襖を見る。静かに開くとそこには征一郎が贈った着物を着た朔耶が、俯いて恥ずかしそうにしながら立っていた。
若緑色の着物に鉛丹色の帯、着物と同色の帯締め、帯揚げ姿は年相応の令嬢に見える。
「あぁ、とてもお似合いですよ。気に入っていただけましたか?朔耶様?」
征一郎が笑い、朔耶に問いかける。朔耶は一体、どんな顔をしたらいいのか分からなくなり、下を見つめるしかない。
けど、店員の話を思い出し、取り敢えずの意思表示で頭を縦に振る。
朔耶の必死な対応に征一郎は嬉しくなり、朔耶の側まで来ると頭を撫でる。
「?!ひ、ずみ殿!!」
「何を慌てているのですか?癖が出てますよ?」
突然の頭の重みに朔耶は顔を上げてしまう。
優しく微笑む征一郎と目が合う。優しい顔なのに、瞳だけが取って付けたように異質に感じる。笑顔に合ってないと言えば正しいのか?形は笑っているのに、瞳の奥に、暗い深淵をドロリと溶かしたようなドロドロの感情が揺蕩う。
この、ドロドロの何かの正体は分からないが響士郎義兄様も時々似たような瞳をする時がある。
一気に背中をゾワゾワとするものが駆け上がり、温かい部屋なのに鳥肌が立つ。
「っ・・・・・・」
その瞳に囚われたら終わりだと体の奥が警告する。慌てて朔耶は目を逸らした。
征一郎は朔耶の一瞬の、不可思議な間を訝しんだ。怯えにも似た何かが引っかかるが、あれこれ詮索しても答えはないだろう。
着物が慣れてないものだから、恥ずかしさで気後れしてしまったと解釈してしまったほうが、今はいいだろう。
征一郎はそれで己を納得させた。
「さっ、今日、一番の大仕事は終わりましたので帰りましょう。店主、今日はありがとう御座ざいました。おかげで素敵な物を贈ることが出来ましたよ。あとは直しをお願いします。終わりましたら私の方に連絡下さい」
「はい。気に入って頂き良かったです。直しはお任せください。お嬢様の体に合うように直しますね」
私の隣に並び、自然と腰に手を回してくる。不思議だが、恥ずかしさは勿論あるけど、嫌な気持ちがあまり無い。着物が地味なものでなく、火澄様の隣を歩いても違和感のないものだからか?
征一郎と朔耶の前には店主が頭を下げている。征一郎は店主の話を聞いて「では、宜しくお願いします」と話している。
ここでの用事は終わったと思った。
一番の目的は、パーティーのドレスを買うことが目的だ。その目的が達成されたのだ。なら、今日はこれで帰るだろう。
けど、何故だが後ろ髪を引かれる気がする。この楽しい時間が、まだ続けばいいのにと寂しい気持ちも心の何処かにある。今まで体験した事のない気持ちの高鳴りをまだ、味わいたいと心なしか思ってしまう。
けど、そんな浅ましい気持ちはすぐに捨てる。これ以上望むことは罰当たりだと、分不相応だと己に言い聞かせる。
店主が先頭に立ち、征一郎達を案内する。女性達は征一郎達が出ていくのを頭を下げて見送った。
朔耶は色々としてくれた女性達に、感謝の気持ちを込めて女性達に頭を下げる。それを見た征一郎も朔耶に習い頭を下げた。
そのまま廊下を出て歩こうとした時に、バタバタと走る音が聞こえてくる。
それを聞いた店主は柔和な表情が一変し、鬼のような形相に変わる。
「て、てんしゅ~~!!」
「こら!!お客様の前で何をしでかす!廊下は走るな!!」
「ずみません!!けど、番頭さんが急ぎだと言ってきて!!」
丁稚の少年が顔を赤くして店主の元に走ってくる。鬼の形相の店主に萎縮しながらも、耳元で何かを話す。
鬼から一変、今度は険しい表情に代わり、征一郎と朔耶を交互に見る。
征一郎も異変を察知し丁稚の口の形に注視する。
・・・じゃ、く、いん、た、かこ、さまが・・・・・てん、しゅ・・だせ・・・・
丁稚の口を読み征一郎は事態を把握する。どうやら招かざる客が現れて、表で五月蝿く騒いでいるのだろう。それもただの客ならまだいいが、壬生雀院の人間だ。少々、厄介な事になりそうだ。
「店主?」
「あぁ・・・・・すみません。どうやらお客様が少々・・・・・」
朔耶を見て少々歯切れの悪い店主は、バツが悪そうにしている。
朔耶は店主の様子に何故か不安になり、体に変な力が入り固まってしまう。
微かにだけど、聞いたことのある声が聞こえて来る事と関係があるのだろうか?
すると、店主は征一郎の隣に来ると、耳元で朔耶に極力聞こえないように耳打ちする。
「壬生雀院孝子様が表で五月蝿く騒いでおります。「私は壬生雀院朔耶様の使いで着た、豪華で華やかな着物を早く出せ」と・・・・・表から帰られのは厄介なのでは?」
「・・・・・・・取り敢えず様子見をしましょうか?考え過ぎかも知れませんし」
征一郎は朔耶を見て微笑む。けど、朔耶は二人のやり取りに不安になる。
胸騒ぎがするのだ。微かに聞こえる甲高く、人を見下すような声色は幾度となく聞いたことのある声に酷似している。
再び歩き出す。変わったのは丁稚の少年も加わった事だけ。そして、廊下を歩くと暖簾が見えてくる。入り口を広くとり、人の出入りがしやすい入り口は向こうからの光が見えてくる。
「暖簾に隠れながらご覧ください」
店主に言われ朔耶と征一郎は、向こう側、店の表を見る。
「っ・・・・・・・・・た、かこさ、ま・・・・・」
朔耶が一瞬で顔面蒼白になり、暖簾を掴む手も体も震え出す。
あばた顔の女は赤く目にも毒な着物着て、女の店員に対し馬鹿にしたような態度で接する。
後ろに控えた、付き人らしき年かさの女と、若い女二人も同じ様な態度で接する。
「だ~か~らぁ~さくやさまに言われて着物を誂えにきたのよ!あの方に逆らうと怖いんだからね!あっ、ちょっと!その着物もう一度見せなさいよ!ねぇ、いつになったら店主は来るの?いつまでも待たせないでよね!」
大きな声で「朔耶様」とわざと強調し話す。
私は「朔耶様」の命令で着物を誂えに来た。早く、店主を出せ!早く着物を出せ!
全ては「朔耶様」の命令だ!全ては「朔耶様」!「朔耶様」だ!
そう語りかけ、尋ねられてもないのに自分から「朔耶様」と話す。
征一郎は朔耶が悪者になっていく瞬間を目の当たりにした。朔耶よりも全てに劣る人間が、朔耶に対して根も葉もない事を、朔耶の人柄を言い下げる。
そして、当の朔耶は血の気のない真っ白な顔をし、震え、過呼吸に等しい程に呼吸が乱れている。
朔耶の様子を一瞬で理解し、動きの固まった朔耶を急いで暖簾のない所まで引き戻す。
「・・・・・・店主。どうやら鉢合わせするには少々、厄介なようで・・・・・申し訳ないが裏口から出ていっても構わないかな?」
朔耶を軽く抱き締めて背中を優しく叩く。子を寝かしつける母のような優しい手つきに、朔耶は少しづつ呼吸を戻していく。
「はい。そちらで構いまそん。私共の拙い接客でご迷惑をおかけしました事をお詫びいたします」
店主は頭を下げる。それを見ていた征一郎は「とんでもない」と軽く言う。朔耶を慰めるように叩く手は止めず。
「おい、火澄様達の履き物を、相手に悟られないように持ってきなさい。お前は裏口に案内するように。火澄様、私は厄介な客の相手をしますのでこちらで失礼いたします。・・・・・お嬢様も今日はありがとうございます。また、いらっしゃって下さい。お待ちしておりますよ」
柔和で物腰柔らかな店主の顔で朔耶に話しかけ、最後は二人に深く腰を折り挨拶する。
顔を上げた瞬間、大店の主らしい厳しい顔になり、丁稚の少年の頭をガシガシと撫でたあと、暖簾をくぐり朔耶達の前から消える。「お待たせしました」とよく通る、相手の機嫌を損ねないような声が聴こえてきた。それと同時に相手を罵倒する声も・・・・・・・
「さぁ、朔耶様?裏口から店を出ますよ。君、宜しく頼むね」
「はい!!履き物をお持ちしますのでお待ち下さい!!」
征一郎の優しい声に丁稚の少年は、急いで表の下駄箱に行く。相手にバレないように二人分の履き物を手に取ると、急いで征一郎達のもとに戻る。
「こちらです」
履き物を持ったまま少年は廊下を歩き二人を案内する。
やがて整理整頓されているが、物が多く、積み重ねられた場所が出てくる。
少年は裏口の玄関に履き物を置くと、木で出来た扉を開く。
少しは収まったと言え、未だに顔色の悪い朔耶を促し草履を履いてもらう。横では征一郎は革靴を履く。靴べらがなかったので多少手間取ったが履き終わると玄関を出て、手入れはされているが人を迎える場所にはほど遠い裏庭を突き進み、外壁の扉まで行く。
最初に少年が出て、次に征一郎が出る。そこで、一旦、朔耶に待ってもらい辺りを確認する。異変も何もないことを確認すると、朔耶に出るように促す。
「ありがとう少年。これは店主には内緒だよ。君のおかげで助かったよ。これで美味しいものでも食べておいで」
懐の財布から紙片を一枚抜き取り、丁稚の少年に渡す。少年も「え!駄目です!」と最初は拒否していたが、征一郎は着物の合わせに無理矢理入れ込む。少年も「ありがとうございます!」と本心は欲しくて仕方がないが、建前上拒否していたのがすぐに分かる表情と態度になる。
朔耶は「あっ・・・・」と、自分も何かしらしないといけないと思い、慌てて財布を出そうとしたが、征一郎に止められてしまう。
そのまま再び、腰に手を回されてしまい歩き出す。
「店主に宜しくね~」
少年の横を通り過ぎる時に征一郎は明るく言う。朔耶も慌て「ありがとうございます」とだけ言った。本来なら色々と言いたいことはあるのに、上手く言葉が見つからないし、出てこない。
けど、一番の原因は他にあることも十分理解している。
恐怖で固まり、震えや動悸が止まらない。そのせいか舌が固ったように動かない。
腰に回った手は優しく、そっと寄り添う。歩くように促すのに力加減は繊細で痛くない。
歩幅も朔耶に合わせてゆっくりと進んでくれる。
裏の道を進み、ある程度、呉服屋から離れたことが分かるとまた、表の大通りに出る。
離れたことが理解できると、朔耶の震えもなくなっていった。
「色々とあったせいか、喉が渇いてしまいました・・・・・朔耶様もそうですよね?」
笑い、自分の状況を説明する。朔耶にも意見を求められたが、征一郎の言う通り喉が渇いているのは本当だ。
「・・・・・・・・・はい」
朔耶のおずおずとした躊躇いのある返事に、征一郎は益々笑顔になってきまう。
「なら、甘味を食べましょう。私のお薦めを紹介しますよ」
何を食べようかぁ~・・・・・そんな呑気な事を言いながら、征一郎は目的の場所に向かう為、大通りを闊歩する。
朔耶は戸惑いながらも、征一郎のなぜか嬉しそうな横顔に、少しだけ目を奪われる。けど、すぐに目を逸らしてしまう。
呉服屋とは違う動悸が再び心臓を支配する。摩訶不思議な動悸に朔耶は戸惑いながら、征一郎の案内に身を任せた。
一軒のカフェーに案内され、二人は椅子に座っていた。メニュー表には見慣れない言葉が並び、朔耶は文字を追うが意味が分からずとうとう、征一郎に助けを求めた。
「あの・・・・・・・火澄様・・・・・」
「決まりました?それとも悩んでますか?大丈夫ですよ。私は二人分は余裕で食べられますから、好きなものを注文して下さい」
先程、昼餉を食べたのにまだ余裕があるのかしら?やはり、男性だから早くお腹が空くのかしら?煌も常にお腹空いてるけど・・・・あれは関係ないか。
朔耶は征一郎のきっと安心させる為の言葉なのだろうが、真剣に考えてしまって少しだけ思考停止してしまう。けど、すぐに場所と相手を思い出す。
「すみません・・・・・甘味の名前が聞いたことのない物ばかりで・・・・・・想像が出来なくて、どんな物かも分からないのです。もし、宜しければ火澄様のお薦めをお願いしてもいいですか?」
メニュー表は開いたまま、征一郎を見ると、最初は目を広げ驚くが、すぐに笑う。目を細める時に、泣きぼくろも一緒に動くのに目が離せない。
「はい、お薦めですね・・・・・・お任せください」
給仕人を呼び、メニュー表を指目指して注文する。
「コレとコレ・・・・・・こちらはまだありますか?そうですか。なら、こちらも・・・・・」
三つ程、注文しメニュー表を閉じる。給仕人はメモをして奥に注文を言いに行く。その姿を目を追っていた朔耶に征一郎は声をかける。
「楽しみですね~甘い物とかはお好きですか?」
「好きです・・・・・・けど、あまり食べられなかったから・・・・・・でも、いつかはぜんざいを鍋いっぱい食べたいと夢見てます」
夢のまた夢だが、心の中では土鍋いっぱいのぜんざいを食べてみたいと思ったている。
その、子どものような考えに征一郎は、益々、顔の筋肉が緩むのを自覚した。
「いつか、叶えましょうね。そして、ここの甘味も気に入ってもらえると嬉しいですね・・・・・あぁ、けどここの甘味を鍋いっぱいだと、お腹を痛めるかもしれませるね」
「何を注文されたのですか?」
「来てからのお楽しみです」
征一郎の意地悪な笑顔に朔耶はタジタジになる。
征一郎との会話も行動も、朔耶がこれまで体験したことのないものばかりで、あしらい方が全く分からないのが本音だった。
だからといって嫌だとか、早く帰りたいとかは全く思わない。出来るのならもっと一緒にいたいとさえ思う。
朔耶の知らない事、知らない世界を教えてくれて正直、童心に戻っているのを自覚している。ワクワクやドキドキが常にある。
けど、時々、子供心のようなモノとは違うドキドキがあるが、これは一体何なのか・・・・コレだけは正直、訳が分からない。知らない感情で自分では処理出来ない。けど、人に聞くのも何だか恥ずかしくて、自分の中に大きなしこりとして残る。
静かな時間が過ぎていく。人の会話と煙草の煙、テーブルとテーブルをすり抜けていく給仕人の足音、新聞をめくる音・・・・・この世界も初めての世界でドキドキする。
目の前には私を見て微笑む火澄様がいて・・・・
あぁ、この時間もずっと続けばいいのに・・・・
朔耶は物珍しそうに辺りをゆっくりと見回し、目に止まったモノをじっと見ては次を見るを繰り返す。そして、正面にいる征一郎に視線を戻す。
征一郎と視線が合うと、恥ずかしそうに顔を赤らめて下をすぐに向いてしまう。
会話のないまま時間だけが過ぎる。すると、一つの足音と食器のカチャカチャと鳴る音が近づく。
「お待たせしました」
テーブルにはカップがそれぞれ置かれ、朔耶のところには球体で蒲公英色の可愛らしいものと、白く滑らかなものを纏わりつかせ、上にはちょこんと真っ赤な苺が乗っているものが置かれる。
「どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」
給仕人は全てを置くと、軽く頭を下げて朔耶達から離れていく。
「さっ、こちらの丸いものが「あいすくりん」で苺の乗ったものが「ショートケーキ」です。飲み物は紅茶ですよ」
「あいすくりん」に「ショートケーキ」・・・・・・文字を見た時には想像出来なかったが、現物はとても愛らしくて食べるのが勿体ない。
「食べてもいいのでしょうか?」
こんな、素敵な物を本当に私が食べても問題ないのだろうか?火澄様こそが食べるべきものなのに・・・・・・
「私は何度か食べた事をありますから・・・・是非、朔耶様に食べて欲しかったのですよ」
笑い、「どうぞ」と手を向ける。躊躇いながらも朔耶は目の前置かれたフォークを取り、苺が乗ったショートケーキの端を一口すくう。
「?!!柔らかいのですね・・・・・・いただきます・・・・・・・!!!甘い!ふわふわしてます!!」
白いのは牛乳?このふわふわしているものは卵の味がする。なにより、甘くて、凄く幸せな味がする。
一口、口にいれれば今まで体験した事のない味に、目を見張り動きが止まる。
朔耶の様子に征一郎は微笑むしかなかった。体験した事のない事に戸惑い、実際、体験しそれが予想を超えるほどの出来事で、感動や驚いている朔耶は本当に愛らしい。
感動を悟られないように振る舞っている姿には、多少の違和感はあるが、朔耶の人となりを理解しつつある今なら、その悟られないように振る舞う事に少なからず共感する。
周りに馬鹿にされないように、笑いものにされないように、自分を少しでも強く見せるための手段として、自分の感情を悟らせないように振る舞う。それが朔耶には著しく現れる。
「美味しいですか?」
「びっくりしました。こんな素敵な物があるのですね」
「良かった・・・・・・そちらの「あいすくりん」も是非・・・・・」
青い染付の陶器に入ったものは、蒲公英色をしており、先程より周りが少し溶けている。朔耶は器に添えられたスプーンを手に取ると、スプーンが冷たくなっていて驚く。手袋越しでも冷たいのだから、素手ならもっと冷たいかもしれない。
スプーンを入れると、シャリ・・・・・と涼やかな音が微かに聞こえる。一口すくい、口に入れる。
「!!冷たい!」
スプーンを手に取った時に「もしや」と思ったが、やはり冷たい。口いっぱいに冷たさが広がる。けど、口残るのは卵や牛乳、砂糖の甘みだ。
「火澄様、とても冷たいです。不思議な食べ物ですね」
かき氷とは違う不思議な食感にも驚くし、何より甘い。ぜんざいや大福とも違う甘さに混乱してしまう。
「気に入りましたか?さっ、「あいすくりん」は溶けてしまうので早く食べましょう」
全部、食べてしまって良いのだろうか?でも、火澄様も食べたいはず・・・・・そうだ!
「火澄様も一口・・・・・」
朔耶はあいすくりんを一口すくい、征一郎に差し出す。
「!!・・・・・いいのですか?朔耶様が全部食べてもいいのですよ?」
「こんな素敵な物を独り占めするのはよくないです。火澄様も是非・・・・・」
よくよく考えたら、自分が使っていた、ましてや口につけたもので、相手に食べて欲しいと差し出すのは失礼だったかもしれない。それも、殿方に・・・・・・・
冷静になってよくよく考えたら、とんでもなく恥ずかしいし、相手にも失礼だと思った朔耶は顔が真っ赤になってしまう。
「っ!失礼しま!!あっ・・・・・・・」
差し伸べた手を引っ込めようとしたら、その手を動かさないように、逃げないように掴まれてしまう。そして、スプーンの先に征一郎の顔が近づき、躊躇いのない様子で口を開くと、あいすくりんは征一郎の口に消えていった。
「ん・・・・・やはり、あいすくりんは冷たくて美味しいですね。朔耶様?どうしました?」
「す、みません・・・・・私の使ったスプーンで・・・・・その、あの・・・・」
「あぁ、気にしなくていいですよ。それより早く食べないと溶けてしまう」
笑って朔耶の行動を咎めることもなく、美味しい物を食べる様に勧める征一郎に恐縮しながらも、朔耶は再びあいすくりんをすくい食べる。
「美味しい・・・・・」
幸せを噛み締めるように朔耶は、目の前の甘味を食べていった。
時には征一郎の飲んでいる物に、興味深げに覗き込む。
征一郎は「珈琲」だと説明し、一口飲むように勧める。躊躇いながらも一口飲むと口いっぱいに苦味が広がり驚いてしまう。
薬なのかと尋ねる朔耶に征一郎は笑いながら「西洋ではお茶代わりに飲む物」と伝えると朔耶は、薬をお茶代わりに飲むのは分からないと言いながら、ショートケーキの甘さで珈琲の苦味を中和する。
その様子を微笑ましく見る征一郎に、朔耶は益々顔を赤くしてしまう。
けど、ここでも最後まで食べきれなかった朔耶は、征一郎に残りを食べさせた事を後悔してしまう。そんな様子の朔耶に征一郎は笑い、気にすることはないと伝えた。
出された甘味が無くなる頃には、朔耶の呉服屋で見せた恐怖に満ちた顔はすっかりなくなり、代わりに子供のように目を輝かせてドキドキしている朔耶がそこにいる。
店を出て、腰に手を回し歩くときには、多少のぎこちなさはあるが、それでも普通に歩いてくれるまでになっていた。
征一郎は自分の目線よりも下にいる、朔耶の頭上を見下ろし微笑む。
朔耶には見えてなかったから分からないが、朔耶を見下ろす視線は、蛇のように絡むようにねっとりとした視線で、欲情が見え隠れすることを。
そして、もう一つの視線がある事も・・・・・
「・・・・・・なんなの?」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
甘いものは世界を救う(笑)です。甘いもの食べたら笑顔になりますもんね~
征一郎は変な笑顔でしたけど(笑)
そして、明るい着物姿の朔耶様は楽しそうで何よりです。楽しいひと時が続けばいいのですが・・・・
そして、悪役令嬢?孝子様。ただの悪役令嬢か、ザマァなのか!そうなると話が違う事に・・・・・
最後の台詞は何なのか?そして、いつになったらパーティーいくねん!!多分、もうすぐ行くはず?
ここまで読んで下さってありがとうございます
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