【R18】婚約破棄された令嬢は、隣国の王に奪われて夜ごと甘く抱かれています

いろは杏⛄️

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無能と蔑まれた公爵令嬢、敵国へ売られる 前編

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 白銀の光が差し込む王城の大広間。
 その日、王都ヴァルステッドでは珍しく、春風が冷たく吹いていた。

 広間の奥にある壇上では、華やかなドレスに身を包んだ貴族令嬢たちが、ため息交じりに談笑している。だが、その中心にいたのは一人の少女――エルヴィーナ公爵家の長女、ミレイユだった。

 深紅のドレスに身を包み、背筋を伸ばしたその姿は、誰の目にも淑女そのものに映っていた。けれど、彼女の心は静かに、そして確かに軋んでいた。

 

「ミレイユ・エルヴィーナ。前へ」

 

 その声が響いた瞬間、広間の空気が変わった。
 重々しい沈黙の中、王太子ロア・フォン・カーディナルが、金の衣装をまとって立っていた。

 ミレイユは息を殺す。
 そして一歩、また一歩と歩み出た。

 膝をつき、床に手をつけて礼をとる。けれど、顔は伏せたまま。
 王太子の前で、その顔を上げることができなかった。

 ただ、いやな予感がしていた。
 数日前から、王太子の態度は冷たくなっていたからだ。面会を求めても断られ、文にも返事はなかった。

 

「ミレイユ・エルヴィーナ。貴女との婚約を、ここに破棄する」

 

 静かな声だった。
 けれど、その一言が広間の空気を凍らせた。

 数秒の沈黙のあと、周囲から一斉にざわめきが起こった。
 貴族たちの驚きの声、ささやき、そして……嘲笑。

 

「理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 

 ミレイユの声は、細く、けれど震えていなかった。

 

「貴女は、魔力が極端に低い。王妃たる者には、相応の能力が求められる。
 貴女はその器ではなかった。……以上だ」

 

 感情のこもっていない声に、ミレイユの胸が詰まる。
 彼女は、確かに魔力が弱かった。
 いや、と周囲から言われ続けていた。

 貴族にとって魔力とは、家の格を示す力であり、自身の価値そのものでもある。
 ましてや王家に嫁ぐとなれば、なおさら。

 

 ――ああ、やっぱり、そうだったのね。

 

 覚悟していたはずなのに、言葉が刃のように胸を刺す。
 悔しくて、悲しくて、それでも泣くことは許されなかった。

 

「承知いたしました。……ご厚意に感謝いたします、殿下」

 

 ゆっくりと立ち上がり、ミレイユは一礼した。
 そして背を向けて歩き出す――その背後から、冷たい声が飛ぶ。

 

「君には、女としての価値もないのだからな」

 

 ……音もなく、心が砕けた。

 

   ◇ ◇ ◇

 

「まったく……お前のせいで、我が家は笑い者だ」

 

 父であるエルヴィーナ公爵の書斎。
 背の高い本棚と堅牢な木製机の間に、ミレイユは小さく座っていた。

「申し訳ありません……」

「謝罪などいらん。責任を取れ。今すぐではないが……追って、グレイヴ王国への使節団に同行せよ」

 

 言われた瞬間、ミレイユは顔を上げた。
 グレイヴ――かつて戦争した隣国。今は休戦中とはいえ、まだ不穏な空気が残っている。

 

「なぜ……私が?」

を演出するために、こちらから礼を尽くさねばならぬ。失態を犯した娘に、せめての役割を与えてやるだけだ」

 

 つまり、左遷だ。
 家から遠ざけ、都合よく処理する――体のいい

 けれどミレイユは、何も言わなかった。
 いや、何も言えなかった。

 悔しさはある。無念もある。
 けれど、この家の娘である限り、それが運命だ。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 旅支度を整えた夜、寝室で一人になると、ようやく涙がこぼれた。

「……くっ……」

 泣いてはいけない。そんなことは分かっている。
 でも、もう誰も見ていない部屋でさえ、涙を流すことがのようで怖かった。

 

 ふと、ドアがノックされる。
 入ってきたのは、長年仕えてくれた侍女――リゼだった。

「お嬢様……」

 

 リゼの目には戸惑いが浮かんでいた。
 けれど、ミレイユは知っていた。彼女は今日限りで解雇されるのだ。

「……いままで、ありがとう。あなたがいてくれて、本当に心強かった」

 

 ミレイユがそう言うと、リゼは小さく頭を下げ、そして――それ以上、何も言わずに立ち去った。

 振り返ることもなく。まるで、見送る価値すらないと言うように。

 

 孤独だった。
 家族にも、侍女にも、婚約者にも――自分は、必要とされていなかったのだ。

 

 けれど。

 

「……私は、生きてやる。誰が何を言おうと、捨てられても、見下されても。
 私は……私の価値を、私自身が証明してみせる」

 

 ベッドに座ったまま、ミレイユは初めて、そんな言葉を心に刻んだ。
 捨てられた公爵令嬢が向かうのは、かつてと呼ばれた地。
 そこに、どんな運命が待っているのかは、誰も知らない。

 けれど確かに、その運命の歯車は――この夜、静かに動き出していた。
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