【R18】婚約破棄された令嬢は、隣国の王に奪われて夜ごと甘く抱かれています

いろは杏⛄️

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無能と蔑まれた公爵令嬢、敵国へ売られる 後編

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 馬車の揺れが、ほんの少しだけ心を落ち着けてくれた。
 揺られるたび、王都での出来事――王太子ロアの冷たい眼差しや、公爵家での侮蔑の言葉が、少しずつ遠ざかっていくような気がした。

 とはいえ、前を向けるほど、気持ちに余裕があるわけでもない。
 ミレイユ・エルヴィーナは今、ただ名誉挽回という名のもと、外交使節団の一員として馬車に乗せられていた。

 向かう先は、グレイヴ王国。
 十年前まで戦争を繰り広げ、休戦協定を交わしたばかりの国。
 そこには、暴君と噂される若き国王がいるという――

 

 王都を離れ、三日。
 ようやくたどり着いたグレイヴの都は、思っていたよりも美しかった。

 街路樹は整えられ、石畳は磨かれていて、そこを歩く人々の表情も穏やかだった。
 けれど――それでも、空気が違う。
 言葉にできないけれど、何かが根本から異なる、そんな緊張が皮膚の下でざわめいていた。

 

 そして、王宮。

 正面から見上げたその姿は、まるで古の獣の骨格のようだった。
 黒曜石のような漆黒の石材で築かれた城壁。
 正門の上には、両翼を広げた獅子の紋章――まさに王の牙と呼ぶにふさわしい威容。

 

「グレイヴ王、レオンハルト=ヴェステンベルク陛下、御前にて謁見を許可なされる」

 

 従者の声に、ミレイユは一礼し、前へ出る。
 王宮の玉座の間は、陽光の代わりに赤銅色の炎が灯る幻想的な空間だった。
 そして――その中央、玉座に座していたのが、彼だった。

 

 レオンハルト。
 まだ若いと聞いていたが、その佇まいは異様なほどの存在感を放っていた。

 銀の髪はざっくりと後ろへ流され、額には戦場で負ったのか、小さな傷跡が残る。
 薄金の眼は、鋭い獣のようで、真っ直ぐにミレイユを射抜いた。

 その目を見た瞬間、ミレイユは呼吸を忘れた。
 威圧でも恐怖でもない。ただ、ただ――「見透かされている」ような、奇妙な感覚。

 

「……貴女が、エルヴィーナ公爵令嬢か」

「は、はい。ミレイユ・エルヴィーナと申します。和平と友好の使節として……本日は、よろしくお願――」

 

「……美しいな」

 

 唐突に、彼がそう言った。
 しかも、その声音はあまりに自然で、熱を帯びていて――

「なっ……?」

「その目が、いい。誇りを捨てていない」

 

 ざわり、と周囲の空気が揺れた。
 使節団の面々が、何か言いかけてミレイユの背中に視線を集める。

 ミレイユは、ただ目を見開いたまま、立ち尽くしていた。
 王に向かって顔を背けなかった自分を、彼は誇り高いと評したのか?

 

 ロアに「女としての価値もない」と言われ、
 父に「失態の後始末をしろ」と言われた自分が――

 誇り高い?

 

「……からかっておられるのですか」

 やっとの思いでそう口にした。
 王を前にして無礼だとは分かっている。けれど、何かを貫かずにはいられなかった。

 

「いいや」

 

 レオンは微かに笑った。
 笑ってさえ、彼の目は獣のようだった。底の見えない、獰猛な美しさ。

「――お前、俺のものになれ」

 

 その言葉が意味することを理解するのに、数秒を要した。

「……っ、陛下!? 今、なんと……!」

「通訳が必要か?」

「っ……い、いえ、ですが私は使節として……!」

 

 使節。礼節。外交儀礼。身分。魔力。
 そういった理性の言葉を口にするたびに、王の視線はどこまでも真っ直ぐに返ってくる。

「使節としてではなく、お前自身として、お前はどう思う?」

「……私は、何も……」

 

 何も、持っていない。
 魔力も、地位も、名誉も。
 何一つ、誰かに必要とされるほどの価値なんて。

 

 でも――

 

 美しいな
 誇りを捨てていない

 

 その言葉が、どこかで凍りかけていた心を、溶かしかけていた。
 それがどれほど危険なことなのか、わかっているのに。

 

「俺は、偽らない。気に入ったものは手に入れる」

 レオンの言葉は、まるで宣告のように響いた。

 

 そのとき。
 彼が一歩、玉座から降りた。

 そして、ためらいもなくミレイユの前まで歩み寄り、そっと手を伸ばした。

「少し、触れてもいいか?」

 

 その手は大きく、温かく、けれどどこか獣のような鋭さを纏っていた。

 拒絶の言葉を言えないまま、ミレイユはただ、頷いてしまった。

 

 そして――彼が、彼女の指先にふれた瞬間。

 

 ふっ、と。
 ほのかに、金の光が揺らめいた。

 

「っ……!?」

 周囲がざわつく。ミレイユ自身が、もっとも驚いた。

 微弱だが、確かに魔力の波動が走った。
 それはかつて、どんな魔導士にも指摘されなかったもの。

 ただ、彼に触れられたその瞬間にだけ、確かに存在を示した魔力。

 

「やはり、共鳴型か」

「……きょうめい……?」

「誰かと深く関わることで、魔力を引き出す体質だ。珍しく、希少な資質だぞ」

 

 ミレイユはただ呆然と彼を見つめていた。
 十数年、生まれてからずっと、誰からも「ない」と言われてきたものを。

 この人だけが、「ある」と言った。

 

「俺に拾わせろ。そうすれば、お前の価値は、全ての者の目に映る」

 

 獣のような金の目が、まっすぐに、彼女だけを見ていた。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 夜、王宮の一室で一人になったミレイユは、今なお手の先が熱を帯びていることに気づいていた。

 あの人の手が、触れた場所。
 触れられただけで、なにかが目覚めるような、そんな感覚。

 そして――無能と言われ続けてきた少女の中で、
 確かに、何かが変わり始めていた。

 

 これは、王太子に捨てられた一人の令嬢が。
 暴君と恐れられる異国の王に見初められ、
 誰よりも濃く、甘く、そして淫らに愛される物語の、始まりだった。
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