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祝宴、王の腕の中で 前編
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グレイヴ王国の正妃居室。
夜明け前の空気はまだ冷たく、カーテンの隙間から差し込む黎明の光が、薄青く床を染めていた。
天蓋の下、絹に包まれた寝台の中で、ミレイユは静かに目を覚ました。
隣には、裸のまま眠るレオンハルト王の姿がある。
彼の胸元に額を寄せ、聞こえる鼓動に耳を傾ける。
力強く、規則的で、けれど不思議と穏やかなその音が、ミレイユの中に安堵を与えていた。
あの夜、彼にすべてを捧げて以来、ミレイユの身体は明らかに変わっていた。
魔力が巡り、熱が通い、まるで長い眠りから目覚めた花のように、感覚が生まれ変わったのだ。
それだけではない。
彼の腕に抱かれ、何度も名前を囁かれながら貫かれるたびに――
自分は、ここに生きているのだと、心の底から確信できた。
レオンの右手がゆっくりと動き、彼女の腰にまわる。
「……起きていたのか?」
「ええ。……でも、もう少し、こうしていたいです」
小さく笑うと、レオンは指先で彼女の背中を撫でる。
「このまま、朝を閉じ込めてしまえたらいいのにな」
「それは、ちょっと困ります。……今日は、外交使節の来訪があるでしょう?」
その言葉に、レオンの動きが止まる。
そして、軽くため息を吐いた。
「……そうだったな。忘れていた方が、幸せだったかもな」
ミレイユは、うっすらと笑みを浮かべる。
来訪するのは、彼女のかつての婚約者――王太子ロア。
魔力がない女としての価値がないと嘲り、婚約を破棄した男。
彼の国は今、外交的に苦境に立たされていた。
グレイヴ王国との和睦を保つことは最優先課題であり、そのために友好の使者として、王太子自らが訪れることになったのだ。
「皮肉ですね。私を捨てたあの人と……まさか、こんな形で再会するなんて」
「お前は俺の隣にいる。それが、なによりの証だ」
レオンが体を起こし、彼女の肩を抱き寄せる。
その瞳は、真剣だった。
「……あいつに何か言われても、絶対に頭を下げるな。いいな」
「ええ。下げません。……私は、もう誰かのためにだけに生きるのをやめたんです。
これからは、私自身の意思で選んで、生きていく」
そう語るミレイユの瞳には、もうあの頃の影はなかった。
愛されることで覚醒した、芯の強さと気高さがそこにあった。
◇ ◇ ◇
王城の謁見の間。
天井から吊るされたクリスタルの灯火が、昼の陽を反射して広間を照らしていた。
玉座の一歩手前、左側には、金糸のドレスに身を包んだミレイユが立つ。
精霊細工の髪飾りが揺れ、静かな微笑を浮かべる彼女の姿は、まるで人ではなく女神のようだった。
その光景を目にした瞬間、王太子ロアの瞳が揺れた。
彼は一瞬、誰かを見間違えたのではないかと目を擦りたくなった。
あの冴えなかった、魔力もなく大人しく控えめだった公爵令嬢――ミレイユとは思えなかったのだ。
その横顔には迷いがなく、纏う空気には王妃としての威厳があった。
それだけではない。彼女の内側から放たれる魔力の気配が、かすかに空間を満たしていた。
──まさか、本当に覚醒していたのか?
数日前、密偵から知らされた内容が脳裏をよぎる。
『ミレイユ・エルヴィーナ殿下は、陛下と共鳴することで魔力が発現。今では王妃候補として絶大な影響力を持っておられます』
信じがたい情報だった。
だが、今目の前に立つ彼女を見れば、信じざるを得なかった。
「……久しいな、ミレイユ」
かつての栄光を懐かしむように声をかけたロア。
だがミレイユは、静かに一礼するだけだった。
「ロア殿下のご壮健、何よりにございます」
その言葉に、ロアはわずかに顔をしかめた。
――完全に、一線を引かれている。
すぐにレオンハルトが玉座へと現れ、視線が移る。
だがロアは、なおもミレイユに目を奪われていた。
あの夜、冷笑と共に見下した令嬢。
「女としての価値もない」と断じた存在が――今、他国の王の隣で、これほどまでに輝いている。
心の奥に、悔しさと苛立ちがじわりと滲む。
取り返せないものに手を伸ばしたくなる、醜い欲の影。
――まさか、こんなことになるなら、捨てるんじゃなかった。
だが、もう遅い。
すべてを知った上で、今の彼女は、自らの意思であの男の隣にいる。
◇ ◇ ◇
謁見の場が終わった後、王城主催による歓迎の祝宴が開かれた。
広間には各国の使節団や貴族たちが集まり、杯を交わしながら音楽と料理を楽しんでいる。
だが、その中心にいるのは、やはりレオンとミレイユだった。
彼女が微笑むたび、振る舞うたびに、視線が集まり、評価が高まる。
その姿は、誰が見ても王妃であった。
王太子ロアは、グラスを持ったまま、黙ってそれを見つめていた。
祝福の言葉を口にしながら、胸の内では焦りと後悔が渦巻いていた。
夜明け前の空気はまだ冷たく、カーテンの隙間から差し込む黎明の光が、薄青く床を染めていた。
天蓋の下、絹に包まれた寝台の中で、ミレイユは静かに目を覚ました。
隣には、裸のまま眠るレオンハルト王の姿がある。
彼の胸元に額を寄せ、聞こえる鼓動に耳を傾ける。
力強く、規則的で、けれど不思議と穏やかなその音が、ミレイユの中に安堵を与えていた。
あの夜、彼にすべてを捧げて以来、ミレイユの身体は明らかに変わっていた。
魔力が巡り、熱が通い、まるで長い眠りから目覚めた花のように、感覚が生まれ変わったのだ。
それだけではない。
彼の腕に抱かれ、何度も名前を囁かれながら貫かれるたびに――
自分は、ここに生きているのだと、心の底から確信できた。
レオンの右手がゆっくりと動き、彼女の腰にまわる。
「……起きていたのか?」
「ええ。……でも、もう少し、こうしていたいです」
小さく笑うと、レオンは指先で彼女の背中を撫でる。
「このまま、朝を閉じ込めてしまえたらいいのにな」
「それは、ちょっと困ります。……今日は、外交使節の来訪があるでしょう?」
その言葉に、レオンの動きが止まる。
そして、軽くため息を吐いた。
「……そうだったな。忘れていた方が、幸せだったかもな」
ミレイユは、うっすらと笑みを浮かべる。
来訪するのは、彼女のかつての婚約者――王太子ロア。
魔力がない女としての価値がないと嘲り、婚約を破棄した男。
彼の国は今、外交的に苦境に立たされていた。
グレイヴ王国との和睦を保つことは最優先課題であり、そのために友好の使者として、王太子自らが訪れることになったのだ。
「皮肉ですね。私を捨てたあの人と……まさか、こんな形で再会するなんて」
「お前は俺の隣にいる。それが、なによりの証だ」
レオンが体を起こし、彼女の肩を抱き寄せる。
その瞳は、真剣だった。
「……あいつに何か言われても、絶対に頭を下げるな。いいな」
「ええ。下げません。……私は、もう誰かのためにだけに生きるのをやめたんです。
これからは、私自身の意思で選んで、生きていく」
そう語るミレイユの瞳には、もうあの頃の影はなかった。
愛されることで覚醒した、芯の強さと気高さがそこにあった。
◇ ◇ ◇
王城の謁見の間。
天井から吊るされたクリスタルの灯火が、昼の陽を反射して広間を照らしていた。
玉座の一歩手前、左側には、金糸のドレスに身を包んだミレイユが立つ。
精霊細工の髪飾りが揺れ、静かな微笑を浮かべる彼女の姿は、まるで人ではなく女神のようだった。
その光景を目にした瞬間、王太子ロアの瞳が揺れた。
彼は一瞬、誰かを見間違えたのではないかと目を擦りたくなった。
あの冴えなかった、魔力もなく大人しく控えめだった公爵令嬢――ミレイユとは思えなかったのだ。
その横顔には迷いがなく、纏う空気には王妃としての威厳があった。
それだけではない。彼女の内側から放たれる魔力の気配が、かすかに空間を満たしていた。
──まさか、本当に覚醒していたのか?
数日前、密偵から知らされた内容が脳裏をよぎる。
『ミレイユ・エルヴィーナ殿下は、陛下と共鳴することで魔力が発現。今では王妃候補として絶大な影響力を持っておられます』
信じがたい情報だった。
だが、今目の前に立つ彼女を見れば、信じざるを得なかった。
「……久しいな、ミレイユ」
かつての栄光を懐かしむように声をかけたロア。
だがミレイユは、静かに一礼するだけだった。
「ロア殿下のご壮健、何よりにございます」
その言葉に、ロアはわずかに顔をしかめた。
――完全に、一線を引かれている。
すぐにレオンハルトが玉座へと現れ、視線が移る。
だがロアは、なおもミレイユに目を奪われていた。
あの夜、冷笑と共に見下した令嬢。
「女としての価値もない」と断じた存在が――今、他国の王の隣で、これほどまでに輝いている。
心の奥に、悔しさと苛立ちがじわりと滲む。
取り返せないものに手を伸ばしたくなる、醜い欲の影。
――まさか、こんなことになるなら、捨てるんじゃなかった。
だが、もう遅い。
すべてを知った上で、今の彼女は、自らの意思であの男の隣にいる。
◇ ◇ ◇
謁見の場が終わった後、王城主催による歓迎の祝宴が開かれた。
広間には各国の使節団や貴族たちが集まり、杯を交わしながら音楽と料理を楽しんでいる。
だが、その中心にいるのは、やはりレオンとミレイユだった。
彼女が微笑むたび、振る舞うたびに、視線が集まり、評価が高まる。
その姿は、誰が見ても王妃であった。
王太子ロアは、グラスを持ったまま、黙ってそれを見つめていた。
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