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2章 

契約上の夫は妻からの贈り物に歓喜する

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 その日、ジルベルトは朝から何人もの官吏たちから奇異な目で見られていた。

 なぜなら――。

「なぁ、ジルベルト。一応お前は宰相だ。もうちょっと王宮内では、表情筋に力を入れておいたほうがいいと思うんだが」
「私はいたって普段通りですが……?」

 ついには国王からも注意をされる始末なのだが、本人はまったく気がついていない。その顔がいつになくにやついていることを。

「まったくいつもの氷のような鉄面皮はどこへいった? 普段が普段だけにやりづらいんだが……。しかも自覚がないとはさらに質が悪い。理由が理由だけに、突っ込みにくいしな……」

 国王は傍らに立つ氷の宰相のだらしなく緩みきった姿にため息をつき、王妃は苦笑いする。

「まぁ良いではありませんか。二人がうまくいっている証ですもの。こんなににこやかな宰相は初めて見たわ」
「だがいつもと違いすぎて、官吏たちも大臣たちも皆おびえてな……。仕事に差し障りが……」

 ジルベルトは、じろりと国王と王妃とを見やる。
 この王宮にあってこんな目で二人を見れる者は、王族を除けばおそらくはジルベルトただ一人だろう。

「別に私はいつも通りです。まぁただ、ミュリルが私のために素晴らしい贈り物を用意してくれていたので、驚きの余り少し寝不足気味ではありますが」
「うむ、確かにあれは見事だ。とても素人が作ったようには思えないし、芸術品といってもいい。だがな、ジルベルト」
「なんでしょう? 陛下」

 国王がジルベルトに呆れた視線を向け、深いため息をついた。

「だからってな、それを何も王宮内で持ち歩く必要があるのか? ん? そもそもそれは持ち歩くようなものなのか? 机の上とか棚の上なんかに飾っておくものではないのか?」
「いけませんか? せっかくミュリルが作った見事な作品なんですから、皆にも見せて回れば目の保養にもなるでしょう。仕事の士気も上がるのでは?」
「上がるかっ!」

 そんなやりとりを、すでに朝から幾度となく繰り返している二人である。

「もう良いではありませんか。好きなようにさせてあげましょう。そのうち気持ちも落ち着くでしょうし……」

 そうたしなめる王妃の目もまた、心からの呆れとあきらめに満ちている。

 ジルベルトはそんな視線の意味にも気づく様子もなく、嬉々とした表情をその氷点下の湖のように美しく整った顔に薄っすらと浮かべ王宮内を闊歩するのだった。

 小脇に、妻から贈られた手製の愛馬セリアンの木彫り作品を抱えて――。



 あとに残された国王と王妃は、顔を見合わせた。

「やれやれ……。結婚後は完全別居で一度も顔を合わせていないと聞いてがっかりしていたが、これはもしかするともしかするかもしれないな……。おもしろいことになりそうだ」
「まぁ、人の恋路をおもしろがるなんて、陛下ったら」

 王妃がころころと鈴の音を転がしたような声で、楽しげに笑う。

「でも本当に、これから楽しいことになりそうね。もしあの二人が本当の愛で結ばれた真の夫婦になったら、私たちのおかげだと思うの。そうなったら、記念に私もミュリルに何か作ってもらおうかしら。本当に見事な出来だもの。きっとあれは、色々な意味で社交界でも話題になってよ?」

 王妃の審美眼は、確かである。
 そして誰よりもいち早く社交界で流行するものを見つける目も。

「話題性も事欠かないしな。なんといっても、氷の宰相が溺愛する深窓の若妻だしな」
「挙式でベールアップも誓いの口づけもしなかったことが、今になってこんな形で話題になるなんて二人とも思いもよらないでしょうねぇ。二人の反応が楽しみだわ、私」
「まったくだ。あのジルベルトが動揺するところは、さぞおもしろかろう」

 国王が破顔する。

 氷の宰相と呼ばれる若き有能なあの男。大抵のことには感情を揺らすこともなく、鉄仮面のようなその浮世離れした顔立ちが崩れることはまずない。
 だからこそ、人間らしい感情に振り回されている様を見てみたい。

 この上なく信頼している男だからこそ、そんな少々意地の悪いことも思うのだ。

「このまま何事もなく、順調に仲が深まればいいのだが。さて、どうなるか……」
「そうねぇ……。でもなんだかこのままでは終わらない予感もするのよねぇ……」

 王妃の勘は、鋭い。
 一体何を感じ取っているのかは本人にも分かっていないのだろうが、王妃が何事かが起きるといえば起きるのだ。


 国王と王妃は遠ざかっていくジルベルトの弾むような後ろ姿を見つめた。

 そして今度は、少し物憂げに顔を見合わせるのだった。


 
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