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2章
趣味は刺繍? いえ、木工細工です
しおりを挟むその夜、ベッドの中でふかふかの寝具に包まれながらあれやこれやと考えを巡らせていました。
「贈り物は何がいいかしら……? 普通の妻なら刺繍入りのハンカチとか、手料理とか……よね。でも……」
お料理に関しては私もひと通り作れはしますが、ヒューイッド家お抱えの料理人たちに私が敵うわけもなく。
ならぱ、実用的なものならどうかと考えはするものの。普通の貴族の女性ならば、夫に贈るものは刺繍入りのハンカチとかネクタイとか身につける小物などが一般的です。
が。
「重い……さすがに重いわよね。だって私はただのお飾りの妻なんだし、それなのに常に身につけるものはさすがに……」
それに。
「そもそも刺繍は得意な方じゃないし、身につけられるもの以外で重くないさりげないものといったら……」
そしてふと思いついたのです。
お仕事といえば書類。書類と言えばペーパーウエイトを使うじゃないの、と。
「そうよ! それなら私の特技を活かせるし、実用的だけど邪魔にもならないし、ちょうどいいわ!」
こうして、我ながらいい案だと両手を打ちながら弾む足取りでさっそく作業に取りかかったのでした。
◇◇◇ ◇◇◇
数日後、仕上がったばかりのそれを前にして、私は考え込んでいました。
なかなかの仕上がりだと自負してはいるのですが、いざ贈ろうとなると果たしてこんなものをジルベルト様が受け取ってくれるのかどうか、不安にかられてしまい。
ここは、信頼に足るラナの判断を仰ぐことにしたのでした。
「……やっぱり、定番の熊の方が良かったかしら?」
テーブルの上に置かれたそれを見た瞬間、ラナの表情が固まったのがわかりました。
「これは……」
ラナはそうつぶやいたっきり、無言のままそれを見つめています。
この反応はやはり、だめということでしょうか。やはりいくらお飾りとはいえ、新婚の妻がこんなものを夫に贈るのはおかしいのかもしれません。
「あの……ラナ? いいのよ、気を遣わなくて。正直にこれはないならないといってもらえれば、また別のものを考えるし……。やっぱりいっそ無難にハンカチあたりを用意したほうが良かったかしら……?」
おずおずと固まったまま無言を貫くラナに、そう声をかければ。
「奥様……これは……これは……一体?」
「これは……見ての通り、木彫りの馬よ。彫像というか、木工作品と呼ばれるもの……かしらね」
「木彫り……。彫像……。木工作品……」
よく見れば、ラナの肩が細かく震えていて。
ああ、これはもしや出来が良くないということなのか。それとも贈り物のチョイスがあまりにもニッチすぎたという衝撃に震えているのかもしれません。
今まで家族以外の男性に贈り物なんてしたことがないせいか、一体何を贈れば喜んでもらえるのかなんてまったくわからないのです。
もちろん一般的にはこんなものを、程度の知識はありますが、やはり人にはそれぞれ向き不向きというものもありまして。私にできるのはこのくらいしか。
「……奥様」
「はい……」
「これは……」
「……」
ごくり。
何を言われるのかと、覚悟してラナの次の言葉を待ちます。
いいのです。忌憚のない意見をお願いします。ラナ。
「これは……とても……」
「とても……?」
「とても……素晴らしいですっ! なんて見事な馬なんでしょうっ。私……私、感動しましたっ!!」
……は?
想定外の反応に、思わず今度は私が固まる番でした。
「だめなんじゃなかったの……?」
「こんなすごい作品の、何がだめなんですかっ! だって見てください、この躍動感あふれるポーズ! そして今にも走り出しそうなこのしっぽの流線に、この生き生きとした顔! どこからどう見たって、立派な芸術作品ですよっ!」
あら。
そう、ですか? そんなに?
ほめられたのが嬉しくて、顔に熱がこもるのが分かります。
「この馬のモデル、セリアンですよね? これ、もとはひとつの木の塊から彫り出してるんですか? 本当に? どうやって? 彫刻刀でこんなに細かい細工までできるんですか?」
興奮して目をキラキラと輝かせて木彫りの馬を見つめるラナに、あれやこれやと質問攻めにあい。
「知りませんでした! 奥様って、木彫りの天才だったんですね! 立派な木工芸術家ですよっ」
それはさすがに言い過ぎでは……と思いつつも、こんなに手放しでほめてもらえると悪い気はしません。少しは自信がつきますし。
貴族の娘の趣味が木工なんて、あまり大声では言えませんけどね。大きな木片を小刀で彫り込んでいくという、なかなかに力強い絵面ですし。
けれど、この契約結婚だってもしかしたら終わりを迎える日がこないとも限りません。契約結婚であることがバレて結婚生活を続ける必要がなくなったとか、ジルベルト様の恐怖症が治った、とか。
となれば、いざという時のために腕を磨いておけば自活に役立つかもしれません。
何事も、備えあれば憂いなしです。
「ジルベルト様も気に入ってくださるかしら? 妻が夫にあげるものとしてはちょっと珍しいけど、身につけるものはなんだかいかにも妻って感じで重いし……。これならペーパーウェイトとして使えるし、邪魔にもならないかと思うのよ」
「これを……ペーパーウェイトにですか? こんな立派な芸術品を?」
いえ、これはただの木彫りよ。ラナ。
素人が手なぐさみでつくった、丸太から彫り出したただの木工作品。芸術なんて大層な代物では……。
どうやらラナにとっては木彫りは珍しいものに映るようで、これが芸術品に見えるみたいです。が、私としては邪魔にならないちょっとした贈り物だと思ってもらえれば、それで充分なんです。だってこれは、先日の本とハーブのお礼なんだもの。
「まぁ、私としては大事に飾っておいてほしいですけど……。奥様がそうおっしゃるなら……。でも間違いなく旦那様は大喜びなさるに決まってます! こんなに素晴らしい木彫りの馬の彫像を贈られて、嬉しくない人はいませんとも!」
「そ……そうかしら。なら嬉しいんだけど……」
そう思ってくれるのが、ラナだけではないことを祈ります。
こうしてラナに太鼓判を押されて、私はジルベルト様にはじめての贈り物をすることにしたのでした。
お飾りの妻から、契約上の夫へのはじめての贈り物を――。
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