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5章 

お屋敷は本日も平穏なり

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 誘拐事件から一月がたち。

 お屋敷も私も、すっかり平穏を取り戻しました。

「オーレリー! おいでっ」

 長い耳をぱたんぱたんと揺らしながらかけてくるオーレリーを体全体で抱きとめた私は、その衝撃で芝生の上に倒れ込みます。

 オーレリーは今日も相変わらず元気いっぱい、ご機嫌です。

 セリアンとジルベルト様とともに私を救い出した英雄として、屋敷の皆におやつをもらいすぎた結果、少々わがままボディになりつつありますが。

「オーレリー? 皆にももうおやつは当分禁止っていっておいたから、もうおねだりしても無駄よ? あなたの健康のためなんだから我慢してね。じゃないと今に、体が重くて走れなくなっちゃうんだから」

 私の言葉にしょんぼりとしっぽが垂れ下がります。
 その様子があまりにかわいくて笑いがこみ上げるけれど、必死にこらえます。

 なんといっても健康と長生きのためですからね。


 
 ごろん、とお行儀悪く芝生の上にオーレリーと一緒に寝転んで空を見上げながら私はふう、と息をつき。

「いいお天気ねぇ……。なんだか眠たくなっちゃうわ」

 青く澄み渡った空は高く、吹き渡る風はほんの少し涼しくて、季節の移り変わりを感じさせます。

 そばでは柵の中でセリアンがおいしそうに草を食み、モンタンがごろん、と身体を横たえてくうくう寝息を立てながらお昼寝していて。

 これ以上ない至福の時です。
 かわいい皆に囲まれて、自然を体いっぱいに感じながらのんびり心地よいお屋敷で平穏な日常を送れるなんて。

「ジルベルト様、ちゃんと休憩がとれているかしら……?」

 あの誘拐事件のあと、ジルベルト様はしばらくお屋敷には帰ってきませんでした。
 事件の後処理と私の捜索の間にたまった仕事を片付けるために、寝る暇もないほどの忙しさで。

 けれどようやくそれも一段落して、平穏を取り戻しはじめています。
 


 そういえば、首謀者である隣国の元貴族と雇われたあの男たちは、王女誘拐を企てた重罪人として厳しく刑に処されることになるそうです。

 まぁ当然ですね。
 実際に誘拐したのは私だったとはいえ、一国の王女誘拐を企てるなんてこれ以上ないほど重罪なのですから。隣国王室からも、好きなように罰してくれと許可をいただいているとか。

 ジルベルト様の目が男たちの処遇について語っている時の、あのブリザードっぷりと言ったら。
 周囲がカチンコチンに凍りつきそうなほど、冷たい目をギラリと光らせておいででした。

 氷の宰相という呼称は、見た目ではなく本当は中身のことを指しているのかもしれないなんて思った次第です。

 きっと今頃、男たちはジルベルト様の氷点下の眼差しを前にして、こんな悪事に手を染めたことを牢の中で後悔していることでしょう。

 とはいえ、警邏隊に捕まった時にはすでに満身創痍で相当痛い思いをしているそうですから、すでに後悔はたっぷりしているかもしれませんが。
 それが私のあれやこれやの仕掛けのせいだと思うと、ほんのちょっぴり心が痛む気もしますが、でもまぁほんのちょっぴりです。



 大変だったのは、アリシア様です。

 滞在していた王宮を勝手に抜け出していたことがばれ、無防備にも程があるとお父上である国王はじめ家族全員にこっぴどく叱られ、謹慎処分を言い渡されたそうで。

 随分意気消沈しているそうですが、そんな中丁寧で長文な謝罪のお手紙を送ってくださいました。
 
 そこには、いずれ必ず私にたっぷりと償いをするからどうか許してほしいと何度も繰り返し書いてありました。
 
「償いって……突拍子もないことを考えてないといいのだけれど。アリシア様って、確かにちょっとぶっ飛んでるところがあるから心配だわ……」

 また思いもよらない行動をして、周囲をざわつかせなければいいな、なんて思っております。心から。

 だってもしまたそんな事になったら、間違いなくジルベルト様にも火の粉がかかりそうですもの。そうなったらまたお帰りが遅くなりかねませんしね。

 でもまぁでもアリシア様に何事もなくて、本当に良かったです。
 これこそ不幸中の幸いですよね。せっかくできた大切なお友だちですし。




 私はといえば。

 男性恐怖症はあのあとさらに悪化したということもなく、でもまぁ当然のことながら治ったなどと夢のようなことが起きるわけもなく。

 相変わらず動物たちとのんびり、時々来客のお相手などをしながら平穏に過ごしています。

 過ぎたことをあれこれ考えるのは、時間がもったいないですしね。
 大切なのは、今です。今が平穏で幸せなら、それで良いのです。私たちは、今を生きているんですから。
 
 
 そしてジルベルト様と私の関係も、とりたてて大きな変化はなく。

 ただまぁ、ほんの少しだけ変わったと言えば。
 ジルベルト様とのやりとりが一層お手紙らしくなったことと、中央棟のお庭に面した部屋でほんのひとときおしゃべりを楽しめる時間を持つようになったこと。

 それと、朝とお帰りの挨拶の距離感が縮まって、お互いに「いってらっしゃいませ」「いってくる」「ただいま」「おかえり」という挨拶が加わったことでしょうか。

 縮まったとはいっても、ようやく手を伸ばせば触れられる距離で向かい合わせに立てるようになったくらいなのですが、私たちにしてみれば大きな進歩です。
 ジルベルト様相手ならば、普通に目を合わせて会話も楽しめるようになったのですから、すごいことです。



 ただほんの少し前から、加わったある日課があるのです。
 
 それは――。




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