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5章 

まさかのダンスレッスン

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「そうそう! 次は右足を前に、そうです! 次はジルベルト、左足を半歩引いてミュリルちゃんの腰をぐっと支えるのよ」 

 ジルベルト様の靴が私のスカートの裾を踏み、ぐらりと姿勢が崩れます。

「ああ、もう! しっかりなさい、ジルベルト! それがドレスなら破れてしまっているわよ? さあ、もう一度頭からやり直し!」

 頭からやり直し、という言葉に思わずくらりと倒れ込みたい気持ちをぐっとこらえ、顔にぎこちない笑みを浮かべジルベルト様を見つめれば。
 
 目の前に広がるのは、真っ白い世界。
 なんだか懐かしい光景です。

 一瞬過去に気持ちを飛ばした私の前で、ジルベルト様がぐったりとため息をついたのが聞こえました。 

「少しだけ休憩を……」
「黙らっしゃい! 休憩はあと三十分してからです。時間がないのよ? ふたりとも! 夜会まではあと一月ちょっとしかないんですから。衣装合わせや小物選びとか、やることはそりゃもうたくさんあるんだから。ダンスにばかりかまけてられないのよ?」

 ジルベルト様のお姉様であるルース様の、鋭い檄が飛びます。

「わかっている……。わかっているが……。くっ……、なぜこんなことに……」

 苛立ちと焦りを押し殺したジルベルト様の苦悩の声に、思わず苦笑します。

「もう少し頑張りましょう? ジルベルト様。少しずつ慣れてはきていますし、それにジルベルト様と踊るのは楽しいですよ? 私」

 励まし半分、本音半分でそう告げれば。

「……私も……。あなたと踊るのはもちろん……。じゃあ今度はもう少し背中の手に力を入れてみてもかまわないだろうか? その方が重心が安定するから」

 おずおずとこちらの気持ちを確かめるように、ジルベルト様が問いかけます。
 もちろんです、と私は笑顔でうなずき。

 そして繰り返されるリズムに乗って、また私たちは踊りはじめるのです。
 ぎこちなく互いの体に腕を回し、くるりくるりと。


 まぁこれを、ダンスと呼んでいいのであれば、ですが。

 


 そう、これはダンス。
 男女が体を密着させて踊る、あれです。

 なぜ恐怖症同志の私たちが、こうして恐怖を押してダンスのレッスンに励んでいるかといえば。

『夜会……!? 私たちがっ?』
『無理に決まっているではありませんかっ! またそういう無茶ぶりをっ』

 それは、一週間ほど前のこと。

 事件の後、事情を説明するために私もジルベルト様とともに陛下のもとに参上したのですが。まぁ事情を聞くとはいっても実際は、陛下と王妃が私から色々話を聞き出したがっていたようなのですが。

 私がジルベルト様にプレゼントした木彫り作品のこととか挙式の噂話とか、アリシア王女の訪問のこととか、ですね。

 その折に、陛下から通達があったのです。

『二月先になるが、アリシア王女殿下を招いて王家主催の夜会を開く。それにお前たちも出席しろ。あのじゃじゃ馬姫が、どうしてもそなたに会いたがっていてな。宰相の妻としての数少ない外交ということで、頼む』と。

 当然のことながら、私はあいも変わらず男性恐怖症でジルベルト様も私をエスコートすることもままならないわけで。
 いくら心の距離は近づいたとはいっても、物理的な距離を埋めるのは簡単ではないのです。

『無理です! やっとこうして二人並んで会話することくらいはできるようになりましたが、それはあくまでジルベルト様限定の話で。たくさんの男性方がおいでの夜会なんて、とても……』

 思わず絶望の悲鳴を上げた私に、陛下はにやり、と笑い。

『これがあれば、なんとかなるであろう? 挙式の時のように、な』

 そう言うと、美しい明らかに上質とわかる布張りの箱を差し出したのでした。

 その箱の上面には、見たことのある紋が刻印されていて。
 中に入っていたのは――。

 思わずそれに私とジルベルト様は顔を見合わせ、つう、と冷や汗をたらしたのでした。





 そして――。

 その夜会は私たち夫婦のお披露目を兼ねているために、一曲だけダンスをすることに決まったのです。
 もちろん正真正銘、私とジルベルト様のファーストダンスです。

 ダンス自体は、ジルベルト様も私も貴族のたしなみとして当然問題ないレベルで仕込まれてはおります。
 が、私はお父様と弟のマルクとしか踊ったことがありませんし、ジルベルト様にいたっては本番での経験は皆無という有様で。

 そこでダンス教師として白羽の矢が立ったのが、ジルベルト様の姉であるルース様だったのです。
 なんでもダンスの上手さには定評があるとかで。

 ということで、ルース様の指導の元レッスンに勤しんでいるというわけです。


「ちょっとあなたたち! もうちょっとこう……お互いにゆったりと身を預けて、やわらかく動けないの? そりゃあふたりともが恐怖症なのはわかってはいるけど、これじゃあ……」

 もうかれこれ一週間近くもレッスンしながら、ちっとも上達の兆しの見えない私たちに、ルース様が頭を抱えていらっしゃいます。

 無理もありません。夜会まではあと一月ちょっと。あまりに時間がなさすぎるのです。

「ミュリルちゃんは、なんとか形にはなってきたわね。ベールがあれば、ジルベルトのホールドにも身を預けられるようになってきてるもの。……問題は、あんたよ! ジルベルト」

 そうなのです。
 私は今、結婚式の時につけたのと変わらない厚さの白いベールを着けた状態でダンスをしているのです。

 だって私はジルベルト様相手ならばなんとか向かい合わせに立ち、布越しならば体にも触れられるようにはなりましたが、それはあくまでジルベルト様限定の話。

 他の男性がうじゃうじゃといる夜会会場で、とても恐怖を隠して平静を保っていられるとは思えません。
 なので、ここはやはりベールでなんとかごまかすしかないだろうということで。

 夜会本番では、先日陛下に渡されたあの箱の中身を身に着ける予定です。

 隣国の第三王女、アリシア様が私へのお詫びにと贈ってくださったとっておきのベールを――。  

 ですから私はベール越しということもあり、多少はダンスもなんとかなっているのです。緊張と気恥ずかしさで赤く染まった顔も、ちょうど隠せますしね。

 けれど、ジルベルト様は。

「やっぱりあなたたちに足りないのは、あれね!」
「あれって……何だ?」

 じろりと視線を向けたジルベルト様に、ルース様は腰に手をあて。

「スキンシップよ。決まってるじゃない!」

 きっぱりと、そして口元ににやりと笑みを浮かべてルース様はそうおっしゃったのでした。



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