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5章
まさかまさかの新婚旅行
しおりを挟むその数日後、私たちは馬車に揺られていました。
ふたりきりで。
その馬車の中、私は先日のルース様との会話を思い返していました。
『スキンシップ……ですか?』
『そうよ。手を握ったり、抱き合ったりとかそういうのよ。それが足りないのよ、あなたたちには。ああ、まさかあなたたちにそれ以上のことを望んでなんてないわよ。今はまだ』
ルース様の今はまだ、という言葉にはた、と考え込み。
その意味するところに思いいたり、赤面した私がふと隣のジルベルト様を見れば、やはり耳の先まで真っ赤に染まっていて。
『もうちょっと、ふたりで過ごす時間を増やせばいいのよ。手をつないでお散歩でも、お膝抱っこでお茶でもなんでもいいわ。なんとかしないと、本当に間に合わないわよ?』
すごいパワーワードですよね。お膝抱っこで。
お膝抱っこでお茶なんて、飲みにくくて仕方ないじゃありませんか、そんなの。
思わずその光景を想像して顔を赤らめ、ふと隣を見たら、ジルベルト様も同じお顔をされていました。
『だ・か・ら! あなたたちには新婚旅行に行ってもらうわ! しかも、なんと王族専用の別荘を使っていいそうよ』
『『新婚旅行……?? 王族の……別荘??』』
私たちの言葉がきれいに重なりました。
そんなこんなで、その別荘へと馬車を走らせているというわけで。
しかも、セリアンとオーレリーも一緒に。先日の誘拐事件のご褒美に、ぜひこの子たちも連れて行くといいと陛下がおっしゃってくださったのです。
正直驚きと困惑が大きすぎて、この数日というものあまり記憶がありません。
いえ、嬉しくないわけではないのです。
確かに私たちは結婚してから、特別なことを一切していませんし、なかなかゆっくりジルベルト様と過ごす時間もとれない有様ではありますし。
けれど、いきなり新婚旅行と言われても……。
ちら、と斜め向かいに座り窓の外を眺めているジルベルト様に視線を移すと。
「もうまもなく着く頃だな」
「そうですね」
心なしか、ジルベルト様の表情がいつになく柔らかい気がします。
まぁこれまでお仕事一辺倒で、きっとご旅行なんてのんびり楽しまれることもなかったでしょうから、きっと良い骨休めになるでしょう。
なにせジルベルト様がお休みをとられるのは、なんと宰相に就任して以来これが三度目のことだそうです。
一度目はお父様が亡くなられた時、そして二度目は先日セルファ夫人のガーデンパーティで脳震盪を起こされた時。
そして三度目が今回ということで。
「休みなど取ろうと思ったことがないから、いざ旅行と言われても何をすればいいのか……」
困惑顔のジルベルト様がつぶやきます。
「ルース様には、別荘でも毎日ダンスのレッスンを欠かさないこと、と強く言われていますけどね。それ以外といったら、お散歩したり、セリアンに乗ったり、読書をしたり……?」
「……いつもと変わらないな」
「……ですね」
ジルベルト様と、顔を見合わせて笑い合います。
でもまぁ、私もセリアンたちになにかご褒美をと考えていたところですし、自然豊かな場所で思い切りはしゃぎ回れるとあって願ってもない機会ではあります。
それに。
正直に言えば、ジルベルト様への恐怖はもうないのです。
向かい合って立つことも、こうして普通に会話を交わすことも自然にできるようになりましたし。手袋越しなら手をつなぐことも、洋服の布越しなら体を寄せ合うことだってなんとかできるようになったのですから。
ただダンスの場合は、あまりに男性に免疫がなさすぎるのと、互いの吐息がかかるほど近い状況につい体が緊張と恥ずかしさでこわばってしまうだけなのです。
つまりは、照れ……ですね。
これはこれでなかなか大変な壁ではあるのですが、恐怖を感じずに接することができるようになってとても嬉しく思ってはいます。
だからってまさか、いきなり新婚旅行というのはいささかハードルが高い気もしますが。
実のところ、私も楽しみではあります。
大きな街道から逸れ、王家の領地内に入ると外の景色が次第に変わり始めました。
広大な敷地いっぱいに、森といってもいいくらいの豊かな自然が目の前に広がります。
「ジルベルト様、見てください! 鹿がいますっ。あそこには大きなきれいな鳥も」
「さすがは王家専用の別荘地……。広過ぎて迷いそうだな」
整然と整えられてはいるものの、自然の地形を活かしたその一帯はそれは美しい光景で。
私たちは窓から頭を出して、子どものように歓声を上げていました。
「にしても、まさか自分の姉が陛下と協力して私たちの新婚旅行を画策していたとはな……。姉ながらなんとも恐ろしい」
「ええ……本当ですね。お義母様もルース様とノリノリで私たちの旅支度を用意してくださってましたしね。たくさんのドレスに靴まで……。あれを見た時は、私もさすがに言葉が出てこなかったです……」
私とジルベルト様の目が、ふと遠くなりました。
半ば強制的に新婚旅行の日程を言い渡され、お義母様とルース様、そしていつのまにかラナたちまで一緒になって旅支度がもう整えられていたことを知った時は、もう……。
「あれはいくらなんでも多すぎだ。一月は暮らせそうな物量だったぞ。一日に何度着替えさせるつもりなんだ。まったく……」
ジルベルト様の言い分もごもっともではありますね。
私の着替えだけでも、ドレスや簡易な動きやすいワンピースなども含め、ざっと見ただけでも十着以上はゆうに有りましたから。
あんなにはさすがに着られません……。体はひとつしかないのですし、足も二本しかありませんしね。
ということで、大分荷物は減らしてはきたのですが、それでもたっぷりとあります。
別荘の建物が遠くに見え始め。
窓の外には、大小様々なかれんな草花たちが風に揺れて、それはもう素敵で。
胸を期待と不安にときめかせた私たちを乗せて、馬車は軽快に門の中へと入っていったのでした。
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