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5章 

湖と月と私たち

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 広大な森の中にある敷地に建つ白亜のそのお屋敷は、それはそれは見事なものでした。

 そして、その中に足を踏み入れた私たちはさらに息をのんだのです。

「これは……すごいな。さすがは王家、というところか……」
「なんだか豪華すぎて、目がくらくらしますね……」 

 さすがは王家の別荘です。
 ヒューイッドのお屋敷も相当大きいのですが、やはりそこは王家所有の屋敷だけあって広さも調度品も驚きのレベルでした。

 絶対にオーレリーをお屋敷の中に入れるのはやめようと、心に誓いました。
 うっかり倒して壊しでもしたら、きっと一生かかっても弁償しきれません。さすがのヒューイッド家だって破産間違いなしです。





「ようこそお越しくださいました。ヒューイッド宰相様、奥様」

 出迎えてくれたのは、年配の人の良さそうなご夫婦でした。
 きっと陛下から事情を聞いているのでしょう。恐怖症の対象となりそうな方は、使用人の中にはひとりもおらず。
 
 これならば、安心して滞在できそうだとふたりで胸をなでおろします。


 さもそれが普通といわんばかりの自然さで私たちは別々にわかれ、それぞれの部屋へ向かいます。
 新婚旅行とはいえ、そこは私たち。当然、別々のお部屋で過ごします。
 
 そしてとりあえずは過ごしやすい服装に着替えひと心地ついた私たちは、ひとまず敷地の中を散策することにしたのでした。



 お屋敷をぐるりと木々が取り囲み、セリアンたちがゆったりと過ごせる馬小屋などを確認した後。

「向こうには小さな湖もあるそうですよ。夏には泳いだり釣りもできるそうです。あとでいってみませんか?」

 今の季節は泳ぐにはもう肌寒いかもしれませんが、セリアンたちを連れて散歩してみるも楽しそうです。

「ならいっそ、日が暮れてから行こう。今夜はいい月が見れそうだから」

 ジルベルト様の提案に、私は胸を躍らせました。
 きっと素敵な夜になるに違いありません。

 そうして私たちは、まだ慣れないふたりきりの夕食を和やかに、少し恥ずかしさに頬を染めながら済ませ。

 夜の湖へと、セリアンたちを引き連れて出かけたのでした。

 



 ◇◇◇◇


 しんと冷えた夜の空気と、虫の声。
 風に揺れる葉擦れの音と、遠くから時おり聞こえるフクロウの鳴き声。

 夜の湖は、満天の星空をその湖面に映し出していました。
 その美しさにしばし息をするのも忘れ、私は見惚れていました。

「なんてきれい……」

 空にはぽっかりと浮かんだ白い月。

「今夜は満月か……。君と月を見るのはこれで二度目だな。一度目は事件で散々でゆっくり眺める余裕もなかったが……」

 ジルベルト様の苦笑交じりのその言葉に、私もあの日見た月を思い出します。

「そうですね。あの日見た月は少し寂しくて、心細く感じましたけど。でも今は……」
「「……とてもあたたかい」」

 私たちの言葉が、ぴったりと重なり合いました。

 驚いて顔を見合わせた私たちは、弾かれたように吹き出します。

「月と湖は、そのままジルベルト様みたいです。湖面の静けさと色はジルベルト様の目のようですし、月は銀色の髪のように輝いてますし」

 月明かりの下でもはっきりとわかるくらい、ジルベルト様のお顔が赤くなり。
 そして。

「私からしたら、月は君そのものだ。見上げればいつもそこにいてくれる。静かに優しく見守っていてくれる。心が……なんというか、あたたかくなる」

 今度は私が頬を染める番でした。

「私もです……。月を見ると、心があたたかくなるのです。ジルベルト様を思い出して」
「なら、私たちは似たもの夫婦だな」
「ふふっ。そうですね。恐怖症も一緒ですし。似たもの夫婦です」

 夫婦、という言葉に、くすぐったさを感じながら私は笑い。
 ジルベルト様も、嬉しそうに微笑み。

 そんな私たちの隣で、セリアンは小さく鼻を鳴らし。
 オーレリーは、楽しげに小さな虫を追い回して走り回り。

 モンタンは小さなバスケットの中で気持ちよさそうに寝息を立てていました。


 そして、赤い顔で見つめ合う私たち。
 
 その間を、少し肌寒い風がふわり、と優しく吹き過ぎていきました。



 そしてふと思い出したのでした。
 ほんの少し前までの自分を。

 夜の森はどこまでも静かで、生き物の気配は確かにするのに目には見えなくて。
 暗闇は月明かりに照らされて、空には数え切れないほどの星がきらめいていて、こんなにも美しいのに。

 なのにどこか心細く、人の存在をちっぽけに感じさせて。

 ほんの少し前までの私は、ずっと願っていたのです。
 こんな場所で、ひっそりとこの子たちと暮らす人生を。

「もしジルベルト様との結婚のお話がなかったら、今頃私はこんな場所で暮らしていたのかもしれませんね。この子たちと一緒に、静かに……」


 その光景は気楽で、なにかから解放されたようでして。

 でもどこか――。

 
 そのあまりの空虚さに、ふと私は黙り込んだのでした。




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