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(わたしが自分からバルコニーから飛び降りた……?)

 バルコニーから転落したと聞いていたけれど、それはてっきり事故だと思っていたーー否、無意識の内にそうのだ。



(けれど、それはどうして?)

 考えてみれば、わたしは転落した場所すらエドモンドに尋ねていない。
 『バルコニーから転落した』という事実だけ聞いて、ただそれだけで納得していたのは些か不自然じゃないか。

 ピタリと動きを止めて、考えこんでいるとグレイシアがわたしを覗き込む。交わった視線になんと答えようか考えあぐねていたその時、後ろから足音が聞こえた。


「エドモンド」


 忌々しそうに姉が彼の名を呼ぶ。グレイシアとエドモンドは同じ年であり、幼い頃から交流を深めていた。なのに彼が現れた途端に、姉は顔を顰める。


「グレイシアお久しぶりですね。貴女がやって来たと聞いたので、王城から戻ってきました。屋敷を訪ねるのならば、前もって連絡を入れて下されば良かったでしょう?」
「確かになんの連絡もなく、突然屋敷を訪ねるのは無礼な行いでしたね。その件は謝罪致します。けれど、わたしは可愛い妹に会いに来ただけで、べつに貴方に会う気はなかったわ。宰相補佐として目が回るほどに忙しい日々を送っておられると聞いてます。でしたらわたしのことなんかお気遣いなく、どうぞ王城にお戻りになっては?」
「いえいえ。宰相補佐なんて所詮使い走りの仕事ばかりですよ。それよりアポなしと云えど、せっかく妻の姉が屋敷を訪ねて下さったんです。ランブルン公爵家長女である貴女をおもてなししないで仕事に励むことなんか臆病者の僕にはとてもできませんよ」
「まぁ……。姉妹二人の内緒話に水を差すおつもり?」
「おや、僕が居ると何かまずい話題でもあるんですか?」


 表面上はにこやかにしているが、場の空気は急速に冷え込んでいるように思える。対立してどちらも引かない姿勢にわたしの背筋が震えた。
 それを寒さゆえだと思ったのか、エドモンドは自分が羽織っていた上着をわたしに手渡す。


「まだ倒れたばかりで寒さは身体に堪えるでしょう」


 慈しむ視線はひどく優しい。記憶を失ったと嘘をつく前にはなかった労わりの言葉。それを手放したくなかったからこそ、わたしは自分自身すら騙そうとしていたのではないか。



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