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「……無事だったんですね」

 十年越しに安堵する。あの時、連絡先も聞かないまま別れたから、胸に引っ掛かりを覚えていたのだ。


「お前は俺を覚えていたのか?」

 ガバリと肩を掴まれる。その顔には歓喜と動揺が広がっており、どちらに比重を置けばば良いのかと判断しかねて困っている様子であった。


「あの時は顔が腫れていたので、どのような顔の人か分からなかったのは事実ですが『約束』したでしょう?」
「ああ。確かにしていたな……」
「……ずっと持ってくれていたんですね」


 わたしにとってそのハンカチは母が刺繍を施してくれた大切な物だった。
 けれど彼にとってそれは……たった一回手当された子供に借りた程度のハンカチ。
 便宜上『ハンカチを貸した』とは言ったが、それはあの日、彼が消え入りそうなのを危惧してのこと。



(だって人は簡単に死ぬから)

 彼に出会ったのは母が重い病気に掛かった頃だった。病院に出入りしていたわたしは、そこで昨日話していた患者さんが突然亡くなったりすることを何度か経験していた。

 いつかわたしの母もああなるのではないかという不安が常に付き付き纏い、人が死ぬことが恐ろしくて堪らなかった。だからこそ、ひどい怪我をした彼が子供心に死ぬのではないかと思い、放っておくことが出来なかった。
 けれど、まさか十年前に渡したハンカチを未だに持っていてくれていただなんて。
 嬉しいという気持ちがジワジワと胸に広がって面映い。


「当たり前だろう。これは俺の心の支えだった」
「本当に……?」
「馬鹿。こんなことで嘘を吐いてどうする。なぁ、ほのか。少し俺の昔話に付き合ってくれるか?」


 わたしがその問いに頷けば、彼はわたしが座っているソファーの隣に腰を降ろした。
 彼の顔は未だ硬い。
 自分の過去を話すのに緊張しているのだろうか?
 しかし、それは甚だ見当違いであると、彼の話が終わった後に痛感するのである。




 わたしはそのことを知らないからこそ、呑気に彼の話に耳を傾けたのだ。

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