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思い出せない顔
しおりを挟むエドワードの部屋を出たわたしはまた妹と鉢合わせしないように、大人しく与えられた部屋に戻ることにした。
部屋まで戻ろうと歩いていると年若いメイドがわたしに気付き、迷っているのではないのかと声を掛けてきてくれた。
本当は王城の隠し通路だって知っているのだけれど、と内心苦笑するが、よくよく思えば今世で王城で暮らす期間はまだ短いものだ。
広く入り組んだ王城にまだここにやって来て間もない十歳の子供が一人で歩いているとなると確かに迷子になっていないか心配するだろう。
快活で明るい彼女は部屋に戻る道のりの間、ついでとばかりに軽い道案内を買って出てくれる。それだけでも彼女の性根が優しいものだと分かり、その優しさが眩しかった。
(過去に彼女と話したことはあったかしら?)
そう思い至ってーー彼女どころか今まで自分の世話をしてくれた使用人達の顔を思い出せないことに気付き、その事実に青褪める。
(家族の顔は思い出せるのに、どうしてわたし直属の使用人の顔が思い出せないというの?)
確かにここ最近は気持ちが閉塞的になったことで、自ら進んで使用人と話してはいない。けれどだからといって靄が掛かったかのように誰の顔も覚えていないのは不自然にも程がある。
(なんでわたしはこの事実に気付かなかったのかしら。自分が住んでいた屋敷の使用人の顔ですら覚えていないだなんて明らかにおかしいでしょう!)
使用人の名前は覚えているし、過去に話していた内容も覚えている。
だというのに顔だけは曖昧で、明確に脳裏に思い描くことが出来ない。
突然ピタリと足を止めるものだから横で歩く少女はどうしたのかと驚いた様子で此方を見やる。
「あの、貴女の名前を教えて貰っても?」
「ああ、挨拶が遅れまして申し訳御座いません。わたしはサラと申します」
「サラ、ね」
忘れまいと心の中で何度も彼女の名前を反芻するーー記憶の中で彼女と話したことはない。けれど、それは本当に事実なのだろうかと不安な気持ちになって、自分自身が一番信じられない感覚に足先までも冷たくなる。
あからさまに口が重たくなったわたしを気遣ってかサラは部屋までの道のりを黙々と歩き、部屋に着けば医者を呼びましょうかと案じてくれもした。
しかしわたしはそれを断り、その代わり横になって眠って休むわと人払いをお願いする。
がらんと誰も居なくなった部屋でわたしは自分の記憶に穴がないか――まず最初の人生を思い起こそうとしたのだった。
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