逃げた先は

秋月朔夕

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逃げた先は夢の中

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「サラさん、今日は良い話がありますの」
  夕食時、開口一番に母は切り出した。
 「まぁ、なんでしょうか?」
  本当は聞きたくない。だって明らかにおかしい。ここ最近、父の経営する会社の業績が傾いたせいで、かなり荒れた母が不自然な程にこやかなのはおかしいからだ。しかし、例えそうであっても母に逆らってはいけない。なぜならば、この家の女傑だからだ。
 「あなたにとても良い婚約者が出来ましたの」
  その言葉に動揺してしまい、持っていたフォークを音を立てて落としてしまった。
 「まぁサラさん。不躾でしてよ?」
 「お母様。会ったこともない方といきなり婚約というのは……」
  口ごもるわたしに母は手を当てて優美に笑う。働いたことのない母の手はいつ見ても綺麗だ。だが、大きなルビーをあしらえた指輪が彼女を下品に見せている。こういう時、もったいないとわたしは思う。女優だった母は娘のわたしから見ても造形が整っている。しかし、元々顔立ちが良すぎるせいで濃すぎる化粧が逆に安っぽくもみえる。
 「お会いしてなくて不安ならば、明日にでも顔合わせいたしましょう。きっとサラさんも気に入る筈です」
  表面上にこやかに言ってくるが、瞳の奥は自分の欲望で怪しく光っていることに彼女は気付いていないのだろうか。
 「ええ。ですが、その前にどのような方か気になります」
  そう。どのように相手から断らせるかのための情報は必要だ。母はわたしが前向きに考えていると思い嬉々として教えてくれたが、わたしはどうやって相手から断らせるか、それだけのことを考えながら味気ない食事を無理やり喉に通した。




 「……疲れた」
  夕食が終わってようやく部屋に戻れると、重いため息をついた。クッションを抱えながら、ベッドに横になると嫌でも明日のことを考えてしまう。
 (顔も知らない人が婚約者だなんて……)
  今時、政略結婚なんて時代錯誤過ぎる。
 (なんとか向こうから上手く断って貰わないと)
  だってわたしはまだ十八だ。とてもじゃないけれど結婚なんかまだ考えたこともない。なんでわたしがこんなにも早く結婚を意識しないといけないのだろう。
 (逃げたい)
  どこでも良いから、母の手の届かない所にいきたい。


  ――そう思いながら、眠りに就く。
  次に目覚めた時それが現実になっていると思いもしないで……
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