桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

文字の大きさ
6 / 18

1-6

しおりを挟む


 初めはただのきまぐれだった。駆け落ちした本家の娘がどんな家庭を築き上げたのか、それを確認したかっただけの。
 (本家のどす黒い血を受け継いだ女が幸せになんかなれるはずがない)
  血の薄い分家の自分ですらそうだったのだ。いくら普通になろうと取り繕っても上手くいくのは表面だけ。あがけばあがくほどに思い知る過激で残酷な呪われた血の呪縛を。
  だからこそ不幸になっていると思っていた。一時の熱に全てを失った女が平凡な毎日なんて暮らせるわけがないと。ゆえに彼女の子供がどのように成長したか見てみたかった。凡庸に育てられたとはいえ、あの呪われた血が流れているのだ。決して普通など満足することなどない。



  ――だけど、違った。
  始業式を終えて家に帰ろうと桜並木を歩く少女はどこまでも普通で、そしてなにも知らないがために無垢だった。
 (まるで桜の妖精だ)
  一族の中でも最も狡猾だと言われている自分よりも、なおも濃い宿命に当たるはずなのに無邪気に学校帰りに白猫と戯れる少女が眩しい。
  ――もしも、この少女が……
 全てを失っても今と同じようにこの笑みは浮かべられるのだろうか…
 当たり前であった日常も、ありふれた幸せもなくなったら――どうなるのだろうか。
  少女の絶望した表情を想像するだけで、背中にゾクリと甘い痺れが走る。
 (そして私以外は少女にとって敵になればいい)
  私だけが甘やかして、私が居ないと生きていけなくなればいい。そして身も心も私に捧げた後に、真実を知ればいいのだ。


  ――両親は私に殺されるよう仕組まれた、ということを……

 もちろん自分自身では手を出してはやらない。幸いにも私の手になってくれる人物はいくらでもいるのだから。交通事故にでも見せかけてやるくらいは造作もないことだ。
  そして両親を亡くした後は、彼女が吉永の家に入れるように手を回しておこう。私自らが少女の世話を焼き、ベタベタに甘やかしてやる。
 (その日まではせいぜい今の生活を楽しんでいてくださいね、お嬢さん)


  そうして一カ月後、わたしの計画は実った。その日少女の両親は自分の娘の誕生日プレゼントを買おうと揃って出かけた。そしてその日はあいにくの雨で道路の見通しはかなり悪く押しボタンもなにもない横断歩道を渡っている時に『運悪く』確認を怠った乗用車に跳ねられ即死したのだ。


  葬儀の最中に後部座席に紛れ少女の様子を伺う。少女は遺族席で静かに頬を濡らし、白い頬が紅く染まるさまはどこか扇情的であった。
 (――あの甘露を舐めればどんな味がするのだろうか……?)
  まだ義務教育も終えていない少女に対し、自分はなにを思っているのか。
  しかし自分でも不思議に思うくらいに彼女の涙は自分の雄を刺激してくる。この少女がいけない。どこにでもいるような顔をしているくせに、泣き顔がこんなにも艶があるだなんて誰が思うか。睫を震わせるさまも、唇が無防備にも半開きになっているさまも、細い肢体が小さく椅子に座り込んでいるさまも、全てが男を刺激してやまない。
 (あぁ、どうして私が……!)
  抱きしめて守ってやりたい、など思うのか。むしろこの状況を作り上げた張本人のくせになんというザマだ。しかし、葬儀が終わった後も白いハンカチを握りしめてどうやって彼女に渡そうかタイミングを何度も考えている内に逃していることもまた事実だった。





  自分の持っているマンションに帰ってからも、胸の棘はとれないままベッドに寝転んだ。
 (なぜ私が……)
  今も少女が泣いているのかを気にしているというのか。
 (嗚呼、イライラする……!)
  これはただのきまぐれだったではないか。それなのに、一言も話したこともない少女に翻弄されてどうするのだ。
 (酒でも飲むか)
  時刻はまだ昼だが、たまにはいいだろう。こんな日はとびきり強い酒が良い。たしかまだ開けていない年代物のウィスキーがあったはずだ。それをロックで飲むとしよう。そうして立ち上がった時だった。スマートフォンからメールを知らせる電子音が鳴ったのだ。
  メールの相手はひと月前から少女を監視させている部下からの写真付きの定期報告だ。
 『泣き疲れたのか自分の部屋で眠っています』
  やはり少女は泣いていたのだ。苦々しく思う気持ちを抑えてなんとなしに添付された写真を開くと私は眼を放すことができなくなった。
 「これは……!」
  少女は確かに自分のベッドで眠っている。しかし着替えることも面倒だと思ったのか中学のセーラー服のまま横になっているせいで、普段はひざ上までにしているスカートは太ももまで露わになっているし、スカーフは中途半端に剥ぎ取られ上のボタンも全部開けられているせいで薄いピンク色の下着がチラリと覗き見える。
 (…………なんて淫らな)
  紺色の制服のせいか余計に白い肌が艶やかな色気を帯び、泣き腫らして眠っている様子はまるで情事の後のようだ。
 (こんな子供相手になにを思っているんだ)
  そうだ。この少女はまだ義務教育すら終わっていない。それなのに私はなにを思っているというのか。
 (最近女を抱いていないからか?)
それなら女を呼び出すか、と電話帳を開いても誰を呼びだそうかと考えて止めた。

  ――具体的にどの女にしようか、と考えても少女の扇情的な写真よりも興奮しないと気付いたからだ。
 「くそっ」
  スマートフォンを操作し直してもう一度少女の写真を開けば、やはり自分の雄が興奮する。仕方なくベルトを緩めて自身を取り出し扱いてやることにした。
 (自慰なんて何年ぶりだ……?)
 思春期の頃から女に不自由したことなんてなかった。自分の周りには見目の良い女が取り囲んでいたし、適当にそれらを使えば良かったのだ。だから自慰なんて精通を迎えた頃にしかしていない。
  ――それなのに今となって自身のモノに手を伸ばすなんて自分でも信じられない。
 (あの少女がいけない)
  あんな恰好で私を惑わせるのだから。監視役は男にしか興味のない奴でつくづく良かったと思う。そうでなかったら、きっと私のように狂ってしまうはずだ。
 (あの少女はどんな声で鳴くのだろう)
  そしてどのように乱れるのだろう。想像するだけで私のモノは一段と大きくなった。
 (嗚呼、少女を抱くとしたら散々焦らしてから私を求めさせたい)
  快楽で思考も理性もグチャグチャに蕩けさせて、ひたすらに私だけのことを考えるようになればいい。だって私がこうも少女の痴態を想像しただけで欲望を募らせているというのに、お嬢さんはなにも知らないで眠っている。そんなのは不公平だ。少女も知ればいいのだ。自分が隠し持っている欲望を――その時に少女は本当の意味で女として花開くだろう。


  ――それを想像して私は達した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

結婚式に代理出席したら花嫁になっちゃいました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
美希は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、結婚式の友人の代理出席をする予定で式場にいたのに!? 本編は完結してますが、色々描き足りなかったので、第2章も書いています。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される

狭山雪菜
恋愛
ソフィア・ヒルは、病弱だったために社交界デビューもすませておらず、引きこもり生活を送っていた。 ある時ソフィアに舞い降りたのは、キース・ムール侯爵との縁談の話。 ソフィアの状況を見て、嫁に来いと言う話に興味をそそられ、馬車で5日間かけて彼の元へと向かうとーー この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。また、短編集〜リクエストと30日記念〜でも、続編を収録してます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

処理中です...