桜は狂気に魅入られる

秋月朔夕

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 屋敷に引き取って一か月が経つ。私も少女が屋敷に住むようになってから、本家の方に部屋を取り生活範囲を少女と同じ所にした。しかし私は少女に会うようになることはなるべく避けた。
  ここは極道しかいない屋敷だ。つまりは見た目がそれっぽい筋の者が多い。時には怒号は飛び交う場所はお嬢さんにとっては頼る相手はおらず、心細い場所となっているだろう。人は心が弱くなっている時ほどつけ込みやすいものだ。だからこそ私もそれを利用しようと思ったのだが……



「お嬢さん」
  重い溜息は誰もいない寝所にむなしく響く。壁に貼られた写真に声を掛けても、返事が戻ってくることはないと分かっているのに、どうしても自分は少女を求めてしまう。
 (全てお嬢さんのせいだ)
  あの涙が私という男を狂わせる。そして一度彼女の魅力に囚われてからは、もう少女以外の奴らなど全てどうでも良くなった。その代わりに少女への執着心はますます強まり、彼女がいつなにをしているのか気になって仕方ない。部下達が報告と共に送られてくる写真だけが私の乾いた心を癒してくれた。もう既に彼女の写真はコレクション化していてパソコンにはもちろん。手元には専用のアルバムだって何冊も作られている。
 (早く直接会いたい)
  両親が亡くなったというのに学校で明るく振る舞う少女はなんといじらしいことか。私の知っている女達は皆打算にまみれているというのに、クラスメイトを心配させたくないという純粋な少女の気遣いに私の胸は熱くなった。
 (なんて健気なんだ……)
  だからこそ自分が少女を甘やかしたいと思うのだ。そして両親が亡くなってから気を張っている少女が唯一心安らげる場所が私の傍になると良い。そのためにはお嬢さんがどんなことをしたら喜ぶのか調べておかねばなるまい。どういう食べ物が好きか、好んで見るテレビ番組はなにか。一緒に入る時のお風呂はなんの入浴剤が好きか。全て頭に叩き込んでおかなければならないという使命感が心の意欲を燃やす。
 (お嬢さん、私が貴方を幸せにしてあげますからね)
  写真の中で泣き疲れて眠っている少女にキスをして、今度は少女が笑っている写真が欲しいなと考えた。





 「今日からお嬢さんのお世話をさせて頂く御堂です」
  この一言を口に出すのにどれだけの喜びが胸に広がっているのか目の前の少女は知らないだろう。この二ヶ月間同じ屋根の下で暮らしていたというのに、対面したのはこれが初めてだ。逸る胸の鼓動を押し隠して笑みを浮かべれば、少女が顔をこわばっていた。
 「……お嬢さん?」
  どこか具合でも悪いのだろうか、と心配して視線を合わせると今度は明確に少女の瞳が怯えの入った眼で私を見ていることに気付く。
 (どうして……)
  だって少女は知らないはずじゃないか。私がどのような人間なのか。少女になにをしたのか。どこまで貴方を調べ込んでいるのか。それなのに少女は一目私を見ただけで拒絶したのだ。
  一歩私から距離を置いて、顔を青ざめたままこれからよろしくお願いします、とだけ述べて足早に私の執務室から去っていく少女を横目に眺めると胸の奥から沸沸と怒りに似た感情が湧き出てくる。
 (…………面白い。貴方が私から逃げるというのならば、私しか頼れないように追いつめてあげますよ)
  それが私から距離をとろうとしたお嬢さんへの罰だ。

  この時、少女は部屋に残ってなくて良かったのだろう――どこまでも歪んだ笑みを浮かべている私を見ることがなくて済んだのだから……





 とりあえず、私が世話係として最初にしたことは徹底した送り迎えであった。黒塗りの車に屋敷の中でもいかつい男が三人も付き人として少女を学校まで送っていれば、すぐに彼女の周りの奴らは潮を引いたかのように彼女の周りを離れた。教師ですら少女をあからさまに避けるようになり、唇を噛みしめて耐える日々を送っているようだった。
 (そんなに我慢しなくて良いのに)
  辛いのなら学校に行く必要なんてない。ずっと屋敷で私の傍に居ればいいのだ。
 (ああ、もういっそのこと強制的に私の部屋に閉じ込めてしまおうか)
  壁に囲まれた写真と共に本物の少女をこの手に抱けるとしたら、どれだけ素晴らしいことか。考えるだけで甘い痺れが身体に走る。少女を快楽に蕩けさせて、自分以外に触れられても決して感じることのない身体にしてしまいたい。そもそもここに来て半年が過ぎたというのに、少女は一人で自分を慰めることをしない。自分は少女よりも早く女を覚えたために自慰をすることはなかったが、思春期であるというのに、なんて無垢なことか。だがそんなうぶであるお嬢さんが快楽で自分の手に堕ちれば、それはなんとも淫靡なことだろう。
 (嗚呼、早くお嬢さんを抱いてしまいたい……!)
  既に彼女の祖父である会長の許可は取ってある。十六までお嬢さんに手を出さなければ娶っていいのだと。だから彼女が十六歳になるまでは我慢してやる。


  ――だが、その時を迎えれば……
 胸に宿る私の不穏な想いをお嬢さんが知るのは、これから四カ月後のことだった。

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