チャラ男くんと委員長

秋月朔夕

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 わたしには嫌いなものが沢山ある。
 親のすねを齧ってのうのうと遊んでいる同級生に、詐欺に貧乏に空腹に、そして無駄にわたしにベタついてくる目の前のチャラ男。みんな大っ嫌いだ。



「ねぇー。いいんちょー。いつになったら俺と付き合うの?」
「一生ないから安心して。あとわたしの頭を勝手に触らないでくれる?」


 二限目の終わった休み時間、自分の席で英単語を覚えようとノートに書き込んでいたら、突然目の前に男が現れて無遠慮にわたしの髪を撫でてきた。

(せっかく集中していたのに……)


 今の無駄話で一体何個単語を覚える時間をロスしてしまったのか。ふざけるなと言ってやりたい。
 邪魔をされた苛立ちから強めに手を払って睨みつけてやると何故か男は嬉しそうに笑っている。

「いいんちょーと目が合っちゃった」


 きゃいきゃいと必要以上に騒ぎ立てるさまを見るとやっぱり苦手だと思わざるをえない。
 それに外国人を思わせる明るい髪は地毛らしいが、複数のピアス、崩した制服。進学校にしては校則が緩いウチの学校でもさすがにここまでになると違反だ。
 だというのに教師達がこの男を放っておくのはひとえにその学園の理事長の息子であるという事実と全国模試のトップに名を馳せているからということ。
 実力のある生徒にはなんやかんや教師は甘いものなのだ。


「っていうか、これ期末テストの勉強でしょ? まだ一週間前なのに偉いね。あれだったら俺が見てあげようか?」

 『まだ』一週間というより『もう』一週間しかないの間違いだろう。
 わたしは特待生として成績をなんとかキープさせようと心血を注いでいるのに、実のところ入学してからこの男に勝てたことがない。
 いつもテストの結果は学年二位。遊んでばかりで授業中以外は教科書を開いている様子はない。それなのに何故毎回負けてしまうのか。余裕綽々な様子に苛立ってついつい手に力が入ったせいで、シャーペンの芯が折れた。

(ああ、もったいない……)

 真っ先にそう思うのは自分に根付いてしまった貧乏性だからだろう。親友の男に借金を押し付けられた父のせいで幼い頃からウチは極貧だった。
 冬に電気を止められた時は寒さを感じないように重たい布団を羽織ってしのいだし、春に食料が尽きれば野草を採りに河原に出向いた。
 夏に水道を止められた時には公園の水飲み場で生命を維持し、秋には家族が取ってきたキノコを食べて一家全員もれなくお腹を壊したが、お金がないせいで病院に行くことが出来ず、ただひたすら耐えたのだ。
 わたしはその時に誓った。
 勉強をいっぱいして良い大学に入り、良い会社に就職して、お金に困らない生活を手に入れてやる、と。
 だからこそこのお金持ちだらけの進学校に特待生として入学したのだ。





 今では借金は完済しているが、幼い頃からのお金にまつわる苦い刷り込みが残っているからか、あまりもったいないことはしたくないし、使えるものはなんでも使っていきたい――けれどこの男を使いたいかはまた別の話だ。


「結構よ。自分の勉強は自分でなんとかするわ」
「でも、委員長って俺に勝てたことないじゃん」
「いいから邪魔しないでくれる? あと何度も言うけど、わたし『委員長』なんかじゃないから」


 そう。わたしは決して学級委員でも風化委員でもない。時は金なり。そんなことしている暇があるなら教科書を眺めているかバイトに行っている。
 なのにこの男はある一件からことあるごとに委員長委員長と言ってくる。おかげでクラスでのわたしのあだ名が委員長になってしまったから心底やめてほしい。


「だって『いいんちょー』ってあだ名似合ってるよ? ってか、どうせそんなに詰め込まなくたって俺が一位でいいんちょーが二位でしょ。もう分かっているのになんでそんな無駄な努力するの?」


 ああ、もうホントこれだからこの男は嫌だ。
 傲慢極まりない言動が癪にさわる。毎回毎回こんな風にニヤニヤとわたしを挑発して楽しいのだろうか。
 だとしたら本当にいい趣味をしている。


「べつに一位を取るために勉強しているわけじゃないわ」

 ポツリと呟いた言葉はある意味で事実だ。そう、べつに特待生としての立場をキープ出来るなら二位だっていい。わたしは模試での成績も良いし、内申だって問題ないはずだ。
 このままいけば問題なく希望する国立大学を合格することが出来るだろう。
 それなのにテストがあるたびに寝食を忘れる程、勉強に没頭するのはこのチャラついた男に一発かましたいからに他ならない。
 男だって本当は気づいているはずだ。一年生の時から変わらぬ順位。いくら興味なくったって周りが囃立てる。知っているからこそ、ニヤニヤとタチの悪い笑みを浮かべてわたしを挑発してくるのだ。


「へぇ。じゃあなんの為にそんなに頑張ってるの?」
「自分の為よ」
「ふーん。それなら一年の時はここまで濃いクマ作ってこなかったじゃん」


 またもや無遠慮に伸ばされた手を先程したよりも強く払い退けてやる。パチンと乾いた音がやけに教室に響き、振られてやんのー、と野次が飛んできた。


「アナタには関係ない」
「関係ない、ねぇ。それなら関係作ればいい?」
「は?」
「……ゲームをしようよ。今度のテスト俺が一位取ったら、俺と付き合お」
「はぁ? 絶対、嫌! なんでそんな話になるの! 第一、わたしになんのメリットもないじゃない」
「んー。じゃあ、俺が負けたらもういいんちょーに纏わりつかないよ。それじゃあ駄目? あぁ。それとも負けるのが怖い? それじゃあ仕方ないよね。だって、いいんちょーって俺より馬鹿だから」


 あからさまな挑発だ。
 こんなのに乗ってはいけない。わざわざ相手にしてはいけない――そんなことくらい分かっている。

(……大人になるの)

 深呼吸をして込み上げる怒りを抑えてやり過ごそうとする。
 だというのに周りの茶々がそれを許さない。


『えー、なにその面白そうなゲーム』
『いや、どうせ和馬が勝つでしょ?』
『そりゃそうだけど、あのいいんちょーが和馬の恋人になるのが見ものなんじゃん。』


 聞こえてくる言葉に思わずわたしの頬がピキリと引き攣る。

(だれもわたしが勝つだなんて思ってないのね)


 それはそうだ。二年生に進級した今でもわたしはこの男に勝てたことがない。客観的に見たらわたしが負けると考えるのは自然な流れだ。
 頭ではちゃんと分かっているし、理解もしている。だというのに言いようのない悔しさに胸が苦しい。その上、ここ最近は試験前だから三時間睡眠で勉強をこなしてきたせいで頭が少しぼんやりとしている気がする。きっとそのせいもあるのだろう。
 普段ならば口にしないことを舌根に乗せてしまった。


「…………わたしが勝てば、本当にもうわたしと関わらない?」
「おっ! いいんちょー乗ってくれるの? もちろん。ここに居るクラスメイトを証人にしたっていい。もしも、万が一、たとえまぐれだとしても、いいんちょーが俺に勝てるような奇跡が起これば、俺はもう必要以上にいいんちょーに関わらないと約束するよ」


 奇跡、とまで言うのか。
 ズタズタと言葉のナイフでプライドを抉ってくるこの男がなによりも嫌いだ。
 しかし、負けてしまえばこの男の恋人に成り下がる。そんなことは絶対に何があろうと阻止しなければならない。



「いいわ。その勝負乗ってあげる。その代わり貴方が負けたら絶対にわたしに関わらないでよね」


 立ち上がって宣言すれば男は面白そうに口角を吊り上げる。

 ――思えばこの時、男は絶対に負けない自信があったのだろう。


 だから愚かにも地獄の入り口に足を突っ込ませたわたしを嗤っていたのだ。





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