光と瘴気の境界で

天気

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王都への旅

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夜更け。
宿屋の外は虫の声だけが細く響き、静けさが濃く沈んでいた。

客室の一角、簡素なベッドの上で、はるは浅い呼吸を繰り返していた。
額には汗が滲み、外套も毛布も跳ねのけるように身じろぎしている。

「……っ……」

喉の奥から、掠れた声が漏れた。

「……アル……バート……さん……」

それは呼ぶというより、縋るような音だった。
夢と現の境目で、意識が揺れている。

(……来ないで……行かないで……)

意味の通らない言葉が、断片的に零れる。
熱に浮かされた身体は、現実と夢の区別を失っていた。

その小さな異変に、すぐ気づいたのは同じ部屋で控えていたセナだった。

「……はる?」

ランプの火を少し強め、額に手を当てる。
ひどく熱い。

「……上がってるな」

セナはすぐに詠唱も最小限に、静かなヒールをかけた。
淡い光が、はるの胸元から広がり、乱れた呼吸をゆっくり整えていく。

「……大丈夫だ、ここにいる」

セナの低い声が、はるの耳元に落ちる。

呼吸が幾分か落ち着いたのを確認すると、セナは立ち上がり、廊下へ出て静かに声をかけた。

「アルバート、来てくれ」

ほどなくして、扉が開く。

室内に入ってきたアルバートは、一目ではるの様子を察した。
普段は鋭く研ぎ澄まされた瞳が、今は明らかに揺れている。

「……状態は?」

「昼と同じくらい、魔力波形の乱れは変わらない」
セナは簡潔に続ける。
「だが、熱が上がっている。夢を見ているようで……さっきまで、君の名前を呼んでいた」

アルバートの喉が、わずかに鳴った。

彼は音も立てずにベッドのそばへ膝をつき、
そっと、はるの頭に手を伸ばす。

熱で柔らかくなった黒髪を撫で、額に触れ、
そして――小さな手を、包み込むように握った。

騎士の手は、夜気を含んで少し冷たい。

「……んっ……」

はるが小さく身じろぎし、
重たいまぶたが、ほんのわずかに開いた。

焦点の合わない瞳が、ゆっくりと動き――
目の前にいる存在を捉える。

「……アル……バート……さん……?」

かすれた声。
だが、その瞬間、はるの表情がはっきりと緩んだ。

まるで、ずっと探していたものを見つけたかのように。

「……いる……」

安心したように息を吐き、
そのまま、再び深い眠りへと落ちていく。

アルバートは、握った手を離さなかった。

「……すまない」

誰にも聞こえないほど低く、そう呟いてから、
静かにその場に留まり続けた。





翌朝。

はるの熱はすっかり引いていた。
顔色も前夜より良く、呼吸も安定している。

「……今日は昼まで様子見だな」
セナが診察を終え、そう告げる。

昼前には、セナ特製の薬草スープが運ばれた。
苦みはあるが、身体に染みる味だ。

はるはゆっくり、だが一滴も残さずそれを平らげた。

「……ごちそうさまでした」

その声に、セナがわずかに口角を上げる。

「うん、よし。だいぶ戻ってきたな」

午後には、はるの魔力波形も落ち着きを取り戻し、
倦怠感もほとんど引いていた。

「行けそうだ。何かあればすぐに報告を。」
アルバートが短く告げる。

こうして一行は、再び王都へ向けて動き出す。








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