光と瘴気の境界で

天気

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王都

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湖面が――裂けた。

水が跳ね上がるのではない。
“めくれる”ように、現実が剥がされる。

そこから現れたのは、獣の形をした何かだった。
だが毛皮はなく、鱗とも骨ともつかぬ黒い外殻。
首は不自然に長く、眼孔の奥には光がない。

「……魔物、いや……瘴気に“侵食された核体”だ」

セナが即座に判断する。

「通常の個体じゃない。
 あれは――湖そのものを巣にしてる」

騎士たちの緊張が一段、跳ね上がった。

「第二騎士団、陣形を組め!」

アルバートの号令が響く。

前衛が盾を構え、
後衛が魔法陣を展開する。

完璧な連携。
だが――

はるの視界には、違うものが見えていた。

(……糸……?)

魔物から、湖へ、地面へ、空へ。
無数の“黒い糸”のようなものが、張り巡らされている。

それは瘴気の流れ。
魔力の根。

(あれ……切れ目が……)

湖の奥、ほんの一瞬だけ、
“空白”のような場所が見えた。

――触れられる。

そう、思った瞬間だった。

「はる!!」

アルバートの声が、はっきり聞こえた。

同時に、胸の奥がずきりと痛む。

「……っ!」

はるは膝をつきかけ、
思わず地面に手をついた。

「魔力反応、、急上昇!?」

ミエルが叫ぶ。

「違う……上昇じゃない、
 “接続”してる……!?」

黒の力が、勝手に動いている。

はるの意思とは関係なく、
世界の深層へ――“繋がろう”としていた。

「はる、離れろ!」

アルバートが腕を掴もうとした、その瞬間。

――湖が、吠えた。

瘴気が爆発的に噴き上がり、
騎士たちを弾き飛ばす。

「くっ……!」

「結界、展開!!」

セナの光が広がるが、
瘴気はそれすら削り取ろうとする。

「まずい……!」

その中で、はるだけが――
静止していた。

音が、遠い。
色が、薄い。

世界が“下層”に沈んでいく。

(……また……)

あの声が、すぐそばで囁いた。

『ほら、見えるだろう』

『瘴気の“核”が』

『壊せば、終わる』

(……でも……)

はるの唇が震える。

(使ったら……
 また、倒れる……)

『それでも』

声は、どこか愉しげだった。

『きみは、もう知ってしまった』

『黒は――“選ばない”』

『繋がった以上、
 きみが拒んでも、世界が求める』

はるの指先から、
黒い光――いや、“無色”の揺らぎが滲み出る。

それを見た瞬間、
アルバートの顔色が変わった。

「――やめろ!!」

叫びながら、
アルバートははるを強く抱き寄せる。

190センチの体で、
小さな身体を覆い隠すように。

「勝手に背負うな……!」

低く、震える声。

「世界がどう言おうと、
 お前が壊れるなら――俺が拒む」

はるの額が、アルバートの胸にぶつかる。

(……あったかい……)

その瞬間。

黒の力が――止まった。

糸が、ほどける。

湖の瘴気が、不安定に揺らぎ始める。

「……今だ!」

ルートが即座に判断する。

「核が露出してる!」

「全員、集中砲火!」

第二騎士団の魔法が一斉に放たれる。

光、風、雷、炎。
連携された魔術が、
瘴気核を正確に打ち抜いた。

――轟音。

湖が、沈黙する。

瘴気が、霧散するように消えていく。

長い静寂のあと。

「……討伐、完了…」

セナの声が、かすかに響いた。





はるは、アルバートの腕の中で、
小さく息をついていた。

「……ごめ……」

掠れた声。

「また……勝手に……」

アルバートは答えない。
ただ、はるの頭を強く抱きしめる。

「……二度と、独りで行くな」

それだけ言って、
深く、息を吐いた。


少し離れた場所で、
セナとミエルが視線を交わす。

「……確信したな」

「ええ」

ミエルが静かに頷く。

「彼は、
 瘴気を“浄化”したんじゃない」

「……?」

「瘴気の“構造”そのものを、
 断ち切った」

セナの背筋が、ぞくりとした。

「……国王が欲しがるわけだ」

だが同時に。

――これは、武器じゃない。

そう、誰もが理解していた。


夕暮れの湖畔で、
はるはアルバートの胸に額を預けたまま、
小さく瞬きを繰り返していた。

(……黒の力……)

怖い。
けれど――

独りじゃない。

その事実だけが、
はるを、現実へ繋ぎ止めていた。








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