光と瘴気の境界で

天気

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王都

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王都へ戻る道は、行きよりも静かだった。

馬車の揺れに身を預けながら、はるは外套の中でアルバートの腕に軽く触れている。直接掴むほどではない、けれど離れない距離。呼吸が整うたび、胸の奥のざわめきが少しずつ静まっていくのを、はる自身も感じていた。

(……なんだか、落ち着くなあ……)

理由はわからない。
ただ、アルバートが近くにいると、身体の芯が落ち着く。

ミエルが対面の席から、さりげなく水晶板を確認した。淡い光の波形は、朝よりさらに滑らかだ。

「……安定していますね。熱も、戻りはありません」

「そうか」

短く答えたアルバートの声は、どこか安堵を含んでいた。

ルートは馬車の外を歩きながら、ひとり思案していた。

(回復が早すぎる。
 でも、完全じゃない。
 ……まるで“寄り添う存在”が、調律してるみたいだ)

それが偶然なのか、必然なのか――
答えはまだ出ない。





王都の城壁が見えたのは、夕刻前だった。

白い石で築かれた高い壁と、幾重にも連なる塔。
夕日に照らされ、まるで別世界の門のように輝いている。

「……すごい……」

思わず、はるが声を漏らす。

「ここが……王都……」

「そっか、この間は夜だったね。圧倒されるよね」

ルートが軽く笑いながら言う。

「でも、ここが一番“安全”な場所とは限らない」

はるは、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。

城門をくぐると、すでに待機していた王城の侍従たちが一行を迎えた。
視線は、自然とはるへ集まる。外套とフードで隠してはいても、その存在感は隠しきれない。

(……見られてる……)

はるは無意識に一歩、アルバートの後ろへ下がった。

「下がらなくていい」

低い声で、アルバートが言う。

「俺がいる」

その一言で、背筋に通っていた冷えが和らいだ。



離宮の客室へ戻ると、ほどなくして使者が現れた。

「国王陛下より、今宵のうちに非公式の謁見を、とのことです」

空気が張り詰める。

セナが一歩前に出た。

「……はるは、今日まで発熱があった。
 長い謁見は避けていただきたい」

使者は一瞬言い淀んだが、すぐに頷いた。

「短時間で、とのご意向です」

アルバートははるの様子を見下ろし、静かに尋ねた。

「行けるか」

はるは少し迷ってから、こくりと頷く。

「……大丈夫……アルバートと、一緒なら……」

その言葉に、セナとルートは目を細め、何も言わなかった。



夜の謁見室は、昼とは違う顔を見せていた。

燭台の灯が壁を照らし、影がゆらゆらと揺れる。
玉座に座る国王は、穏やかな笑みを浮かべていた。

「よく戻ったな、はる」

その声は、慈愛に満ちているようで――
どこか、重みがある。

「旅は、どうだった?」

「……は、はい……」

はるは言葉を選びながら答える。

「……ちょっと、熱が出たり……でも……皆が、助けてくれました……」

「そうかそうか」

国王は満足そうに頷いた。

「魔物討伐、瘴気も払う事ができた。
魔力の回復も、順調だと聞いておる」

その視線が、一瞬だけ鋭くなる。

「やはり、“黒の力”は特別だ」

アルバートが、静かに一歩前へ出た。

「陛下。
 はるはまだ不安定で、、」

「わかっておる」

国王は手を上げ、制した。

「急がせるつもりはない」

――だが。

「だが、これからは“見せてもらう”必要はある」

はるの胸が、きゅっと縮む。

(……見せる……)

その不安を察したように、アルバートの手が、そっとはるの背に添えられた。

「……陛下」

アルバートの声は低く、揺るがない。

「この子は、道具ではありません」

謁見室の空気が、一瞬凍る。

国王は、じっとアルバートを見つめ――
やがて、ゆっくりと笑った。

「承知しておる。
 だからこそ、“守りながら使う”のだよ」

その言葉が、はるの胸に重く落ちた。




謁見を終え、客室へ戻る廊下。

はるは、ずっと俯いたままだった。

「……はる」

アルバートが名を呼ぶ。

「……怖いか」

はるは、少し考えてから、小さく頷いた。

「……でも……」

言葉を探しながら、顔を上げる。

「……アルバートが、いるなら……
 逃げない……」

アルバートは、ほんのわずかに目を見開いた。

そして――
いつもより、少しだけ柔らかい声で言った。

「……無理は、するな」

「逃げたくなったら、逃げろ」

「俺が、連れていく」

はるは、その言葉に驚いたように瞬きをし、やがて――
ほっとしたように、微笑んだ。

「……うん……」

その小さな約束は、
やがて王国全体を揺るがす選択へと繋がっていく。

だが今はまだ、
夜の離宮で、静かに灯が揺れているだけだった。







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