恋愛四季折々

奔埜しおり

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第一話 春~長谷川灯香と鳴海瞬の場合~

春⑨

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「おーい、鳴海ー! っと、悪い、長谷川さん。鳴海呼んでくんない?」

 六限目の授業の担当が竹林先生だったので、授業と立て続けでSHRが終わり、みんなが帰り支度をしていたときだった。
 黒板を消していた私に、隣のクラスの男の子が話しかけてきた。
 私が呼べば、すぐに気がついた鳴海君が、彼のもとへとやってくる。
 それを見届けてから、私は黒板の前に戻った。

「教科書、助かったよ!」
「あー、うん、よかった」

 彼の声は大きくて、聞く気がなくても耳に入ってくる。
 妙に歯切れの悪い鳴海君の返答が気になって、私は二人の会話を、罪悪感を抱きながらも聞いていた。

「いやあ、本当にありがとう。まさか六限目が倫理に変わってるって気が付いてなくてさあ。気付いたの五限目が終わった直後で。焦ったのなんの」
「え……」

 思わず声が漏れていた。一限目。教科書を忘れたと言っていた鳴海君に見せたのは、倫理の教科書だ。

 もしも鳴海君が彼に朝からうっかり教科書を貸してしまっていたなら、まだわかる。
 でも彼は今、五限目で教科書を忘れたことに気が付いた、と言った。
 鳴海君から教科書を借りたのは、五限目と六限目の間の休み時間、ということになる。
 それはつまり、鳴海君は、倫理の教科書を持っていたのに、私に嘘を吐いたということだ。
 ……いったいなんのために?

「おい長谷川」

 いつの間にかうしろにいた竹林先生に声をかけられて、私はビクッと肩を震わせる。

「は、はい」
「悪いが、今日授業で使った資料、社会教材室に戻しといてくんねーか」

 明らかに悪いとは思っていない口調である。

 竹林先生のうしろには、様々な写真や、歴史上の人物の肖像画などが置いてある。……とても、一人で持っていける量ではない。

「わ、わかりました」

 しょうがない、何往復かしよう。
 そう決めて、心の中で腕まくりをしたときだった。

「あ、そうだ鳴海。お前も長谷川を手伝ってやれ」
「え、俺っすか」

 近くにいた鳴海君にも声をかける先生。
 これが今までだったら、助かった、と思っていただろう。だけど今はだいぶ気まずい。

「あの私――」

 一人でも持っていけますから。
 そう言おうとした私の言葉を遮るように、口角をにんまりと上げた表情で竹林先生は言い放った。

「お前たち、公園でクレープ食べ合う仲なんだろ」
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