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第十五話 わが名は三郎
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外が明るくなってきた。
もうじき陽が昇る。
胡坐をかき、目の前の三寸四方に切りだした美しい木目の檜を手に取った。
伐採された木の根元からとったものだ。
じっと見つめていると、削りだすべき物の形が浮かび上がってくる。
左手がもう少し、いうことを利くようになれば彫ってみよう。
「たのんだよ、三郎。わたしは、お邸の夕餉の支度があるからね」
しびらをはずしながらヨシが三郎に声をかける。
独楽の手入れに余念がない三郎は、あいかわらず振り返りもせずに声だけを返す。
「柴刈りと畑の水やりはやっておくで」
「助かるよ」
ヨシが出て行くのを待っていたかのように、三郎が、すり寄ってきた。
「知っておったかイダテン。お邸では……」
石なごでひとり遊びをするミコを横目で眺め、
「お邸の夕餉には菓子もついておるそうじゃ。うらやましいのう」
と、つぶやいた。
もったいぶって声をひそめるから何事かと思えば、また、食べ物の話だ。
そのような話をされても答えようがない。
同意が得られないのが不満らしく、三郎は面白なげに立ち上がった。
「行くぞ」
ミコに言っているのだろうと聞き流していたが、そのミコがイダテンを見つめている。
無言で見上げると、三郎と目があった。
「歩けるのは知っておるぞ、時おり抜け出しておろうが」
気がついても不思議ではないが、ならば、どうして放っておくのだろう。
三郎といい、名も知らぬ監視役といい、鬼の子が何をやらかすかと心配ではないのだろうか。
「おれは良い」
そっけなく答えると、三郎は、わざとらしくため息をついて見せた。
「おまえが良くても、わしが困るのじゃ。飯を抜かれたうえに殴られるのだぞ。おかあは、ああ見えて結構、力が強いのじゃ。しかも頭痛持ちでな。そのようなそぶりのときには特に用心が必要じゃ。機嫌を損ねようものならすぐに平手が飛んでくる。一度など、拳が飛んできたのだぞ」
話が長くなりそうだ。
切り上げようと、
「柴刈りか?」
と、問うと、三郎は腕を組んで不敵に笑った。
「そんなものは後回しじゃ。ぐずぐず言うな、誰がおまえの看病や世話をしたと思っておる」
寝こんでいた時のことは覚えていない。
以外な言葉に三郎の顔をまじまじと見た。
三郎は、ふてくされたように空を見あげる。
「まあ、実際に世話をしたのはおかあで、助けたのは姫様じゃがな」
三郎は腕を腰におき、大げさにため息をついて見せる。
「……いや、母上じゃ、母上……なんとも面倒じゃのう」
「さて……」
と、打ってかわって三郎は笑顔を見せ、声を張った。
「改めて名のろう。わしの名は三郎じゃ。鷲尾三郎という――おまえの名はなんという? イダテンは仮名か? それとも字か?」
言っている意味がわからない。
イダテンはイダテンだ。
そう答えると、三郎は、ふむ、と頷き、
「ほかに名はないのだな。ならば、そのように呼ばせてもらおう」
元服もまだ先であろう、と続けた。
世話になっているとはいえ、人とは交じりたくはなかった。
だが、ミコまでが、一緒に行こうと袖を引く。
振り払うこともできず腰を上げた。
人と共にであれば、これまで以上に建築物の側に寄ってみることができるかもしれない。
*
もうじき陽が昇る。
胡坐をかき、目の前の三寸四方に切りだした美しい木目の檜を手に取った。
伐採された木の根元からとったものだ。
じっと見つめていると、削りだすべき物の形が浮かび上がってくる。
左手がもう少し、いうことを利くようになれば彫ってみよう。
「たのんだよ、三郎。わたしは、お邸の夕餉の支度があるからね」
しびらをはずしながらヨシが三郎に声をかける。
独楽の手入れに余念がない三郎は、あいかわらず振り返りもせずに声だけを返す。
「柴刈りと畑の水やりはやっておくで」
「助かるよ」
ヨシが出て行くのを待っていたかのように、三郎が、すり寄ってきた。
「知っておったかイダテン。お邸では……」
石なごでひとり遊びをするミコを横目で眺め、
「お邸の夕餉には菓子もついておるそうじゃ。うらやましいのう」
と、つぶやいた。
もったいぶって声をひそめるから何事かと思えば、また、食べ物の話だ。
そのような話をされても答えようがない。
同意が得られないのが不満らしく、三郎は面白なげに立ち上がった。
「行くぞ」
ミコに言っているのだろうと聞き流していたが、そのミコがイダテンを見つめている。
無言で見上げると、三郎と目があった。
「歩けるのは知っておるぞ、時おり抜け出しておろうが」
気がついても不思議ではないが、ならば、どうして放っておくのだろう。
三郎といい、名も知らぬ監視役といい、鬼の子が何をやらかすかと心配ではないのだろうか。
「おれは良い」
そっけなく答えると、三郎は、わざとらしくため息をついて見せた。
「おまえが良くても、わしが困るのじゃ。飯を抜かれたうえに殴られるのだぞ。おかあは、ああ見えて結構、力が強いのじゃ。しかも頭痛持ちでな。そのようなそぶりのときには特に用心が必要じゃ。機嫌を損ねようものならすぐに平手が飛んでくる。一度など、拳が飛んできたのだぞ」
話が長くなりそうだ。
切り上げようと、
「柴刈りか?」
と、問うと、三郎は腕を組んで不敵に笑った。
「そんなものは後回しじゃ。ぐずぐず言うな、誰がおまえの看病や世話をしたと思っておる」
寝こんでいた時のことは覚えていない。
以外な言葉に三郎の顔をまじまじと見た。
三郎は、ふてくされたように空を見あげる。
「まあ、実際に世話をしたのはおかあで、助けたのは姫様じゃがな」
三郎は腕を腰におき、大げさにため息をついて見せる。
「……いや、母上じゃ、母上……なんとも面倒じゃのう」
「さて……」
と、打ってかわって三郎は笑顔を見せ、声を張った。
「改めて名のろう。わしの名は三郎じゃ。鷲尾三郎という――おまえの名はなんという? イダテンは仮名か? それとも字か?」
言っている意味がわからない。
イダテンはイダテンだ。
そう答えると、三郎は、ふむ、と頷き、
「ほかに名はないのだな。ならば、そのように呼ばせてもらおう」
元服もまだ先であろう、と続けた。
世話になっているとはいえ、人とは交じりたくはなかった。
だが、ミコまでが、一緒に行こうと袖を引く。
振り払うこともできず腰を上げた。
人と共にであれば、これまで以上に建築物の側に寄ってみることができるかもしれない。
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