あさきゆめみし

八神真哉

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第六十二話  『弱法師』


【酒呑童子】

あれは、わしが四の齢、葉月(※陰暦八月)の事だ。
わしは、夕焼けを映す荒神川を眼下に子守唄を口ずさんでいた。

「寝入れ 寝入れ 小法師 縁の 縁の下に むく犬の候ぞ」

唄いながら、印を結び、指先ほどの小石五つを宙に浮かべた。
師が一度だけ見せてくれた、その真似だ。
むろん師の石の大きさにはおよばない。
小石は言葉に合わせて上下に動き、節に合わせてぐるぐると円を描き、速さを変えた。

涙が止まらなかった。
唄につまると石は動きを止めた。

わしは生きることに疲れ果てていた。わずか四の齢にして。

「死のう」と決意した。
知恵のたりぬ頭で、どのような死に方が楽だろうかと考えた。

     *

それは、初めての合同修行の日のことだった。
方等滝の滝つぼ横にある川原に集められた鬼の数はおおよそ百。
わしは、四、五歳の班に入れられた。数は二十三。

崖の頂上からたらされた綱を握り、登る修行のさなかだった。
人間の童には無理でも鬼には桁違いの体力がある。

とはいえ、事故は起こりえた。
先に登っていた同い年の鬼が足を止めた。
左腕にあざがあることは登る前から気付いていた。

その腕が震えている。
見ると手の甲も腫れている。
三角(さんかく)と呼ばれる三本の角を持つ鬼だった。

わしは、綱を持つ手、崖に掛けた足に力を込め、額で尻を押し上げた。
三角は、背丈こそ並みだったが鬼にしては細い。
体格で勝るわしには造作もないことに思えた。

もっとも体格が良いということは重いということだ。
それからが長く辛かった。
息を切らし、汗まみれになり、ようよう崖の上まで押し上げたものの疲労困憊で、立ち上がることさえできなかった。

三角が申し訳なさそうに手を差しのべてきた。
手を引かれ立ちあがると三角は頭を下げ、感謝の言葉を口にした。
礼を言われるなど初めての事だった。
なにより、友となれそうな気がした。

しかし、修行を終えた我々を待ち構えていたのは「奴婢」としての現実だった。

集合場所の方等滝そばの川原で初めてそれを見た。
最初は、丸太を抱え上げる修行かと思った。
だが、それを取り囲んでいる年長の鬼たちに不穏な空気が流れている。

三角と共に、その中心に近づくと、齢にして十五前後の鬼がさらし者にされていた。
丸太を二本と鉄の輪を組み合わせた拘束具が頭と両手、そして両足を固めていた。
大師に逆らい命を奪おうとしたという。
それは、われらの明日の姿だった。

鬼は一匹、二匹と呼ばれた。
虫や蛙と同じあつかいである。

     *

――人の気配に気がそがれ、宙に浮いていた小石が地面に落ちた。
ふり返ると、わが師が厳しい表情を浮かべていた。
握りしめた手は、震えてさえいた。

人前でやったことこそないが、石を宙に浮かべる師の真似をしていただけだ。
怒りをかう理由など思い浮かばなかった。

が、その様子は、ただ事ではない。
どこかで、とんでもない失態を犯していたのか、と青くなった。

幼いとは言え、弟子であるわしにも仕事が振り分けられていた。
水汲みに加え、師の住む岩屋周りの朝夕の掃除がある。
その範囲は広く、共に半刻以上がかかった。
秋ともなれば一刻はかかる。

しかし、わしは人目のない時は呪を使い落ち葉をかき集めた。
ゆえに、こうして自分の時間を持つことができた。

師は問うた。
「符だは使ったか」と。
石を浮かべていたことだとわかった。

涙をぬぐい、座りなおし、
「師の真似をしておりました」
と、答えると、師は眉をひそめ、尋ねてきた。
「呪は唱えたか?」
と。

いよいよまずいことになったと感じたが、嘘をつけば折檻が待っている。
おどおどと、首を振り、「印だけです」と答えると師は嘆息した。

殴られるかと頭を垂れた。
間をおいて、くぐもった笑い声が聞こえてきた。
「そうか、やはり、あれはお前だったか……」
師は話し始めた。

     *

【弱法師】

――生まれたばかりのお前を、背負子に括り付けた籠に入れ、その地の峠を越えようとしたその日のことだ。
赤子のお前が火がついたように泣き出した。

尋常でないものを感じ、籠から出して抱き上げると、一旦は泣き止んだ。
が、再び歩き出すと、あたりを切り裂くように泣き出した。

それに呼応するように、右前方の直立した崖が鳴いたのだ。
比喩ではない。事実そう聞こえたのだ。
まるで巨大な山鳥がほろ打ちで威嚇して来たようにも聞こえた。

それは岩が、崖が、きしむ音だった。
高さ二間、厚さ一間もの岩が、滑るように落ちてきた。
道に激突し、地響きを立てた。

わずかに間を置いて岩はゆっくりと傾き、轟音をたて砂埃を巻き上げ、地を震わせ、道を塞いだのである。

驚いた鳥が飛びたち、近くにいた獣たちが逃げ散った。
呪を唱え、結界を張った。

あたりに人の気配はなかったが、念のため、式札を飛ばし様子をうかがった。
法師の姿はおろか、鬼の姿も怨霊の気配もなかった。

風雪に浸食され、もろくなって崩れたのだろう。
そう思いたかった。

ところが、その断面は、今まさに断ち割ったばかりに見えた。
石工は、石を断ち割るために杭で等間隔に穴をうがち、最後の一撃を加えるという。
だが、そのような細工の跡も見当たらない。

ここにいるのは、わしと、
――わしの腕の中で、顔を真っ赤にして泣き続ける鬼の赤子だけである。

わしとて、岩に符だを貼りつけ、印を結び呪を唱えればできるであろう。
しかし、念じただけで、これほどの大岩を断ち割ることなどできぬ。
いわんや赤子にそれほどの力があるはずがない。

偶然なのだ。
おのれに、そう言い聞かせはしたものの目の前を塞いだ岩を前に、ぶるり、と震えが来た。

    *
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