288 / 650
本編
589 拉致監禁日々
しおりを挟む変な声が響いてきてから、約一週間ほどの時が経過した。
え、次の日じゃないの?
って意見もあるかと思うが、さすがに翌日から動き出すことはなかった。
急な召喚を詫びた期間、と言うものが俺たちには当てられる。
その間に英気を養ったり、混沌たる魔王の力をなじませろと。
「アハハッ、ユウト~! 待って待ってってば~!」
「ほら、さっさと城下町に下りるぞ~。みんなでリフレッシュしよう!」
外から勇者一行の声が聞こえる。
くそが、リア充は良いなくそが。
声が聞こえていたのか、聞こえていないのか。
それはわからないのだが、あいつらは割とこの状況に適応していた。
魔王なんていない、倒すべき敵は違う。
この世界の情勢を改めて教えられて、クロイツ側を受け入れた。
別にデプリ王に対して恨みなんかは持っちゃいないらしい。
ただ、やるべきこと、なすべきことを考えると。
どちらの国に着こうが勇者の責務は揺るがないそうだ。
「この戦いが終われば、やっと帰れるのね……日本に」
「ああ、そうだなヨシノ」
そよ風になびく髪を撫でる賢者に勇者は頷く。
「だから今の内に目一杯異世界を楽しもう!」
「ふん、私はもう少しこの骨のある世界で戦いたかったがな」
「あら、だったらサヨは残ってもいいんじゃない?」
「なに? サヨは残りたいのか? 寂しいけどサヨがそう言うなら」
「──いや私もユウトと一緒に帰るぞ!」
茶化された剣聖が慌てて否定し、そして顔を赤らめた。
「つ、強い者がいなくても……私はお前の側にいれればいい……」
「そっか。だったらみんなで帰ろうか」
そんなきゃっきゃうふふ模様を聞いて思うのだが……。
この戦いが終わったら日本に戻れるとは、いったい。
「……なんの勘違いをしてるんだか」
八大迷宮を倒せば、元の世界に帰れる扉が開くとか。
アドラーがそんな説明をしたのだろうか?
バカか。
ダンジョンの先なんかないぞ、ただの穴蔵だ。
何かとんでもないモノが封印されている可能性はあれど。
次元の壁を乗り越えていける様な産物がある訳がない。
あったらすでに他の世界はダンジョンだらけだ。
それに、日本に帰ることができたとして、だ。
ここで過ごした時も巻き戻る保証はない。
時間の流れが変わってても知らんぞ、俺は。
そもそも過去の勇者が元の世界に帰れたのかすら定かではない。
俺の知る情報では、ライデンの先祖がそういう類の人だった。
彼は、結局この世界で最後まで過ごしたっぽいし……。
ウィンストの師匠とやらも、まだこの世界に存在しているのだ。
小賢者の師匠ってことは、それはもちろん賢者なのである。
召喚された賢者なのか、ただ賢者を自称する者なのか。
またしても定かではないが、今度改めて聞いておこうかな……。
「良いのかね、帰れるなんてホラ吹いて」
強化した勇者がこの世界に牙を向く状況を作る。
それこそまさに厄介だ。
俺はただの巻き込まれだから、安全弁にすらなり得ない。
──コンコン。
外を眺めながら考え込んでいると、ドアが叩かれた。
「どーぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、しっとりとした黒髪を後ろで束ねた美人。
俺のお付きとなった侍女である。
名前は確かベルダ・バチルダとかいう感じだった。
どこかの芸人にいそうなゴツく語呂のいい名前。
「飲み物をお持ちしました」
「あ、はいどうもベルダさん」
ベルダは、減っていない水差しに目を向けながら、少し悲しそうな目をしていた。
「お水くらい飲んでください。そして食事も」
「……そこにおいといてください。じゃもう良いです」
無愛想に見えるかも知れんが、毒の可能性も捨てきれん。
俺はインベントリ内にある水しか飲んでいなかった。
食事に関しては、あれからご飯がちっとも美味しくない。
まったく味を感じないしで食欲がわかないのである。
ポチの飯が恋しいのかなー……?
「トウジ様は……今日も外に出られないのでしょうか……?」
「別に出る必要性ないですし」
彼女の言う通り、この一週間、俺はずっと引きこもっていた。
観光と称して街で遊び歩く勇者と鉢合わせるのも嫌だからね。
それに、そろそろ【神匠】なんだから、国を変えてもやることは同じ。
「それでも狭い部屋に息を詰まらせていないか、陛下がご心配になられています」
「狭い部屋ですか……」
俺の住んでた部屋も、そこそこ広めのデザインだったけど。
今いるクロイツ王城の一室はその3倍くらいある。
広すぎる……。
広すぎるってばよ。
まったくもって落ち着かないので狭い部屋でいいレベルだ。
そう、王室規模だったら物置で良いとさえ思う。
「どうですか、一度クロイツの町並みをご覧になるなど……」
「うーん……」
「クロイツは、今までエールやソーセージが有名な国でしたが、今では魔導機器の研究も飛躍的に進歩しております」
「へー」
「西方諸国と東方魔国の文化が混ざり合う場所で、貿易も盛んに行われておりますから」
町並みが気にならんことはないが、勇者と鉢合わせるのだるい。
それに、前述通りに街で飯を食べる気にもならん。
なんか人がいっぱいいる状況で神経すり減らしてるんだから、ほっといてほしいのだ。
「まっ、逃げませんから、役目が来たら呼びつけてくださいよ」
テコでも動かんぞ、と思っていたらベルダが俺の手を引っ張った。
強制的に椅子から立ち上がらせて言う。
「私がご案内しますから、是非とも街へ行きましょう。気分転換してください」
「うーん……」
「あと、外出中にこの部屋の掃除もしっかり行わせていただきますので」
「それなら仕方ないか」
俺が基本的に寄せ付けないから、掃除もままらない状況だもんなあ。
まー、これもアドラーに言われての行動だろうし、付き合っておくか。
96
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!
詳細は近況ボードに載せていきます!
「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」
特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。