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3巻
3-2
しおりを挟む「この部屋にいるのが見えたから、驚かせてあげようと思ってスタンバってたし」
俺の魔力の痕跡なるものを辿り宿を突き止め、リビングに備わっている暖炉の煙突から中へと侵入した。そして、びっくりさせようと寝室にてジッと待機していたそうだ。
「でも、なかなか帰ってこなかったから、暇つぶしにダンジョン作ってたし」
そう、その頃の俺は、約二週間ほど費やしてサルト北端へと向かっていたのである。
だからちょうど入れ違いとなって気づかなかったらしい。
「なるほどね」
なんか、ダンジョンコアって真性の引きこもりって感じがした。もう天才だ。天賦の才がある。
ダンジョンの規模を大きくするに従って、どんどん外界から遠退いていくんだぜ?
これを引きこもりの天才と呼ばずして、なんと呼ぶ。
「でもな、街の地下にダンジョンを作るのはさすがに非常識だぞ?」
「なんで? ダンジョンコアなんだから、ダンジョン作ってなんぼだし?」
「まあそうなんだけど……」
あっけらかんと言い放つダンジョンコア。軒先にできた蜂の巣並みに迷惑である。
「外は良いけど、ここは俺の部屋だから、許可なしにダンジョン作るのはダメだぞ?」
「えー……ダンジョン作りたいし……」
「おいダンジョンコア、だったらパンケーキは無しな?」
「それならやめる!」
ダンジョンを作るという本能に、パンケーキが勝った瞬間だった。
素直に言うことを聞いたダンジョンコアが指を鳴らすと、扉はスッと消えた。
「っていうか冒険者! あたしにはジュノーって名前があるし!」
「へー、そうなんだ……じゃ、もうパンケーキ食べただろ? 帰れ」
「ひどいしっ!?」
憤慨して俺の目の前をぐるぐる飛び回るジュノー。大きなハエみたいだった。
ポチの作った特製パンケーキと紅茶を振る舞いもてなしたんだ、十分だろう。
それに、ダンジョンコアがこんなところにいてどうするんだって話だ。
「街にダンジョンでも作るつもりか? そんなことしたら危険なのはお前の方だぞ?」
「え、そうなの? でもポチとかゴレオとかコレクトは平気そうだし……」
「こいつらは俺の従魔だからな、ちゃんと従魔としての印があるから良いんだよ」
「ォン」
首に巻いた赤いスカーフをビシッと見せつけるポチ。こいつらは従魔の印もそうだが、すでに顔が広く、街中を一人で歩かせていてもなんら問題はないのだ。
しかし、なんの印もないジュノーが迂闊に街を歩いたら、魔物が街中に入ってきたと騒ぎになって、狩られてしまうのが落ちだろう。
来たけりゃ来いと言ったのは俺で、来て殺されたって話はさすがに困るのだ。
「つーか、森に残して来たダンジョンはどうするんだ?」
今は分体かもしれないが、遠くの森にある本体のダンジョンコアを放置して、そっちの方もかなり危険な状態なんじゃないか。
彼女のダンジョンがまだ五階層までしかないとしたら、見つかったら俺レベルの冒険者でも余裕で踏破できて、ダンジョンコアを直接攻撃してしまうだろう。
「あれはもう消して来たよ。ダンジョンは本体のある場所にしか作れないし」
「ええ……そんなに簡単に消したり作ったりできるもんなの?」
話のスケールが理解できず、正直反応に困った。
「うん、コアごと持って来たから、ここの地下にダンジョン作れたんだし」
「マジか……ってことは居座る気か?」
「大丈夫だし、あたしはダンジョンに部屋作ってそこに住むから。そこからこんな風にドアを作っちゃえばいつでも遊びに来られるし、迷惑にならないでしょ?」
ジュノーはそう言いながら、天井にドアを出現させたり、床に洞穴を出現させたりしていた。
「それどうなってんの? 建物に穴が開いたりしてないの?」
「ダンジョンから遠くても、入り口の指定はある程度自由が利くんだし!」
俺が前に見たダンジョンは、地面に直接穴が開いていた。
それは成長途中で止まってしまったためであって、実は入り口を複数、別の場所に設けることも可能とのこと。
ダンジョンを地下に作ってしまえば、洞穴のような入り口を設けなくても、適当な場所に入り口を作ってそこからアクセスすることも可能なんだそうだ。
「便利だな」
「でしょでしょ? あんまりあたしを舐めないで欲しいし! 部屋にドアが増えるだけだから邪魔にならないし、あと冒険者と一緒に行動すれば、従魔って思われるし! だから、しばらくここに住まわせてもらうし?」
「うーん、だったら構わないけど、自分の飯くらいは自分で調達してきてくれよ」
そう言うと、やはりポチの料理やお菓子を目的としていたらしく、ジュノーは両ほほを押さえてガビーンとこの世の終わりのような表情をした。
「血も涙も無い冒険者め! っていうか名前まだ聞いてなかったけど、なんだし?」
「トウジだよ」
「トウジ、だったらあたしを従魔にしてよー! それなら良いでしょー!」
ジュノーは続ける。
「ダンジョンコアを従魔にできるなんて、まさに伝説の勇者並みに優れた功績になるし!」
「いやー、特に興味ないかな?」
勇者と一緒だなんて、反吐が出る。
「それに、俺の従魔になるってんなら……一回ジュノーを殺さないといけなくなるぞ?」
「ふぁっ!?」
俺の召喚は、図鑑に登録された魔物が対象。登録するには、倒してサモンカードをドロップしなければならないのだ。
「それでも確実に従魔にできるとも限らないし、今のジュノーじゃなくなるかもしれない」
あくまで、ドロップしたサモンカードが元になるからである。
「や、やっぱりやめておくしっ!」
「その方が良いよ」
俺のドロップ運にも左右されて、サモンカードがドロップしなかったら死に損だ。
「んむー! でも一人じゃ暇だからみんなと一緒にいたいしー!」
子供のように駄々をこね始めるジュノー。
なんだか面倒になって来たので、従魔用の赤いスカーフを渡すことにした。
「これ、なんだし?」
「従魔用の赤いスカーフだよ。体のどこかにこれをつけてれば、従魔として見なされるから、街中でも安全だと思う。ジュノーは体が小さいからマントみたいにしてれば良いよ」
「わーい! ありがと!」
俺の言葉通り、赤いスカーフをマントのように羽織るジュノーだった。
「あっそうだ、引越しと一緒にトウジが目当てにしてたあの土地の鉱物とか、なんか珍しいものをお土産として持ってきたんだけど、見る?」
なんだと、事情が変わったじゃないか。それを先に言わないかジュノー。
「本当に? 見る見る」
「地下に作ったダンジョンに置いてあるから、見に来てよ!」
そう言いながらドアを作るジュノーの後に続いて、地下に勝手に作ったというダンジョンへ足を運ぶことにした。
以前のダンジョンは、薄気味悪い暗さを持つ洞窟チックなものだったのだが、今回は打って変わって、普通に明るいワンルームって感じの内装だった。
「え、これダンジョンなの?」
なんだか拍子抜けした俺の言葉に、ジュノーが返す。
「薄暗くすると魔物が勝手に入って来てくれるから、そうしてただけだし。常識だし?」
「……ダンジョン界の常識なんて知らないし」
ちなみに内装は、温かみのある木造の壁と床。壁際に設置された棚には、適当な調度品が置いてあって、さらにはソファや暖炉、キッチンまでついていた。
「なかなか良い部屋に仕上がってるな……」
「えへへ、そうでしょ? トウジ達がもし遊びに来るなら、こんな部屋にしたら落ち着けるかなって思って、良さげなものをリサーチして配置してみたんだし! 初めて友達を部屋に入れるから、どんな感じにすれば良いかわかんなかったけど、良い部屋って言ってもらえて、ダンジョン冥利に尽きるし! えへへ!」
ニコニコしながら早口でそう言うジュノー。
どうやら、引きこもっている間に内装を頑張って作り込んでいたようだ。だが、こいつが初めて友達を呼ぶとか、そんなピュアな情報よりも気になっていたことがある。
「この家具とか調度品、いったいどうしたんだ?」
「棚とかは真似して作れるし。でもキッチンっていうのは、水はダンジョン内にある地下水を通して出せるけど、火が出せなかったから、なんか公園でボロボロになって項垂れてた露天商のおじさんからこっそりもらって来て組み込んだし!」
「そ、そうなんだ……」
公園で項垂れていた露天商、まさかとは言わんが、魔導キッチンのぼったくりの人かな?
まあいいや、さっそくお土産に持って来たという鉱物を見せてもらおう。
隣の部屋にあると言うので入ってみると、そこには山のように積み上げられた鉱物と、珍しそうな薬草などがたんまり存在していた。
「ね、ねえ……初めて友達の家に遊びに行く時って、こうやってお土産を持って行きなさいって教えられたんだけど……こ、これで足りるし?」
足りるも何も、足り過ぎるくらいだ。
目の前にある量は、装備を作ったりポーションを作ったり、好き放題にしてもしばらく、いや相当な日数分になる量だったのである。
「……ジュノー」
「な、なんだし……?」
ゴクリと唾を飲むジュノーに言う。
「毎日パンケーキ食わしてやるぞ」
「え! いいの!?」
「うん、友達の証、確かに受け取った。これで俺とジュノーは友達だ、親友だ」
「わーい!」
テンションを上げて俺の顔に抱きついてくるジュノー。
もう俺がこのお宝の山に抱きつきたい。ありがとうジュノー。
第二章 勇者のとばっちり
さて、半月かけて北端へと遠征していたから、さすがに一日の休息を挟んだ。
その後、冒険者ギルドにCランクの依頼を受けに行くと、レスリーに呼び止められる。
「おはようございます、トウジさん。依頼ですか? ならちょうど良いのがあります」
どうやら指名依頼とのこと。
「とりあえず先に話を聞いてから、やるかどうか決めさせてもらいます」
「おや、今日は従魔は連れてらっしゃらないんですね?」
一人で来ていた俺の様子を見て、そう言うレスリー。
「部屋でゴロゴロしてますよ」
もっとも、昨日からずっとジュノーの相手をしている訳なんだけど。
友達がたくさんできてテンションの上がった引きこもりは、一日中ゴレオやポチ、そしてコレクトと遊んでいた。
賑やかなのは結構だが、寝る時に俺の枕を投げ合って遊んだ時はさすがに怒った。
お利口さんだったうちの子が、近所の悪ガキに影響されてしまった、そんな気持ちだ。
まあとはいえ、ポチ達にも楽しく遊べる機会ができて、良いと思う。
俺は職人技能のレベル上げをしている間、あまり周囲の物音とか聞こえなくなるし。
「で、指名依頼の件ですが」
レスリーが話を戻す。
「サルト西方にある村の付近の森で、ゴブリンの集落が見つかったそうです」
「その討伐ですか?」
「ええ。それを発見したパーティーが現地にいるので、応援という形で」
「なるほど、わかりました」
俺に依頼が回って来た理由として、斥候と前衛の従魔がいて、ソロでもワンパーティー単位の戦力を持っている俺は、こういった応援依頼にすぐに対応できる。
他のパーティーに頼むと、一度依頼をパーティー内で検討してから受諾となるので、急ぎの依頼に間に合わなくなってしまう可能性があるんだそうだ。
レスリーは、昇格依頼の一件ですでにキングさんを知っているから、何かとんでもないことが起こっても、俺なら対処できると踏んでいるのだろう。
「移動に関してはギルドから馬車を手配します。そうすれば一日ほどで着きますので」
「了解です」
移動手段まで準備してくれるとなれば、断れない。
それに、先に討伐されていたとしても依頼報酬は支払われる。その場合これはかなり割の良い依頼となるので、その辺に気を回してくれたってことだ。
俺は二つ返事で了承して宿に戻ると、ポチ達を連れて待機させている馬車へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ねえ、どこ行くし?」
ゴレオに馬車は手狭なので、図鑑に戻してポチとコレクトで乗っていると、俺の頭の上にちょこんと座ったジュノーが首を傾げて聞いて来た。
「いや、お前、なんでいるし?」
「はあ? この身につけた従魔の印が目に入らないし?」
ジュノーが、マントのように身につけたスカーフを見せつけながら言う。
「一昨日から私はトウジの従魔でしょ? だったらどこへだってついて行くし! っていうか、友達でしょ? 置いて行かないでよ!」
要約すると、暇で寂しいから一緒に連れて行けとのことだった。
まあいいか、いちいち煩いけど、暇な馬車の中ではありがたい。
「しかし、馬車移動で一日か……」
その間は魔物も狩れないし、客車は四人掛けの対面シートで、足を伸ばせるスペースもない。
乗ってるのが俺、ポチ、コレクト、ジュノーだから窮屈ではないのだが、正直暇だ。
「荷馬車だったらなあ、色々と作業ができるんだけどなあ?」
「アォン」
俺の呟きに、ポチがわかると頷いていた。
そう、荷馬車のスペースは、作業をするにはちょうど良かったんだ。
しかし、無理を言って荷馬車にしてもらう訳にもいかなかったし、延々と続くジュノーの駄弁りに耳を傾けて、暇を潰すとしよう。
「何? トウジ、作業がしたいし?」
「そりゃあね」
一昨日友達の証としていただいた素材を使って、色々と作りたいのだ。
「昨日も飽きずにずっとやってたけど、そんなに楽しいし?」
「うん、楽しい」
断言しておく、超絶楽しい。
装備作りまくって、次はどんな潜在能力を持った装備が作れるかな、とか。
もしかしたらユニーク装備いきなりできちゃうかな、とか。
いつになったら次の【巨匠】になれるかな、とか。
そうなったら潜在装備の出現率上がっちゃうな、とか。
「それを考えながら作ると、一日過ぎちゃってるよ」
「病気じゃない?」
俺の言葉に、ジュノーは顔を歪ませる。
ポチも「ォンォン」と、ジュノーの言葉に頷いていた。
「失礼な」
真性引きこもりに言われたくないし、ポチだって、控えめに言っても俺と同じ穴の狢だ。
夕食に、俺が用意した食材とは違う材料を使った料理をたまに出していることを、俺は知っている。その度に、俺はポチに何を食べさせられているんだろう、と変な気持ちになるのだ。
美味しいんだけどさ、気分的な問題なのである。
「でも、確かにもっと広々としてた方が良いし。ちょっと待ってて……ほい」
ジュノーが指を鳴らすと、客席のドアにドアが出現した。
少し言葉のニュアンスがおかしいかもしれないけど、ドアにドアがついているのだ。
「え、何これ」
「ご要望通り、広い部屋だし」
なんだ、と思ってドアを開けると、そこにはジュノーのダンジョン部屋が広がっていた。
「……え、そこそこ距離が離れてると思うんだけど、ここにもドア設置できるの?」
「ふははー! オリハルコン製のガーディアンを作れるあたしを舐めてもらっちゃ困るし!」
「自分で作ったガーディアンを制御できなくて、泣きついて来たのはどこのどいつだ」
「そ、それはそれ! これはこれだし!」
顔を真っ赤にしながら慌てるジュノーは言う。
「ほら、一応トウジはあたしのご主人様兼親友で、ポチとゴレオとコレクトは大親友な訳だから、あたしの部屋を自由に使っても良いんだし!」
なるほど、ではありがたく使わせていただこう。
ポチとコレクトを連れてのそのそと部屋へ入り、体を伸ばした。
やっぱり広いって良いね。
日本で六畳一間に慣れ親しんでいた頃はなんとも思わなかったけど、いざ広い部屋に住んでみると、広さを目安に部屋探しをする人の気持ちがわかる。
「一応言っておくけど、一~二日くらいの距離だったら、今は余裕でドアをつけられるし」
「それ以上になると、つけられないとか?」
「うん。あまり距離が離れてると、今のダンジョンの大きさじゃ無理だし」
ダンジョンコアからの距離で、ドアの魔力使用コストや素材コストが変わるそうだ。
さらに、ドアの個数を増やすほど、コストが倍以上になるらしい。
「ドア一つだったら倍の距離でもいけるし。でも二つだと限界」
階層を増やし、規模を拡大すればするほど、ダンジョンは維持コストが大きくなる。例えば頑丈な入り口を設けたり、強いガーディアンを配置したり、侵入者への対策が増加したりと、コストがたくさんかかるのだ。
一方で、ダンジョン内の地形を階層ごとに変更したり、ドアの数をもっとたくさん作ったりと、やれることも増えていくそう。
ダンジョン経営も大変なんだな……と、ジュノーの話を聞いてしみじみ思う。
「そうなんだ……素材全部もらっちゃったけど、いくつか返そうか?」
「ううん、山脈の地下にはまだたくさんあるから大丈夫」
「ほう、鉱石がまだまだたくさんあると……鉱石一キロにつきパンケーキ一枚」
「十枚!」
「乗った」
その小さな手と固く握手を交わし、買収完了。山の中に直接ダンジョンを作ってしまえば、わざわざ掘りに行かなくても良くなるのは最高だと思った。
「それにしても、こうしてゆっくり移動できる場所がいつでも作れるって良いなあ」
どこぞで拾って来たのかもわからん、ふかふかのソファにゆったり腰を下ろしながら呟く。
まさに移動式ダンジョンハウスだった。
「でしょ? あたし、良い仕事した? 良い仕事した?」
にまにまと顔を綻ばせながら俺の前を飛び回るジュノー。
「うん、とても素晴らしいよ……なあポチ?」
「アォン」
俺の太ももに頭を乗せて、ゴロゴロと寛ぎながらポチも頷く。
「うへへ、もっともっとこのジュノーちゃんを必要としてくれても良いし! さあ、入り口を作った分のパンケーキを食べさせるし! 入り口一回につきワンパンケーキ!」
「はいはい、ポチ、今から作れる?」
「ォン」
すっと体を起こしたポチは、任せとけと返事をしながら、料理用の手袋を装着した。
広い部屋なのでゴレオも出して、ジュノーの相手をさせておく。
さてと、俺はこの間に、売り物にするポーションとか装備をせこせこ作っておこうか。
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