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本編
712 不器用か※イグニール視点
しおりを挟む「──ま、待ってください!」
イグニスの書斎に入ってきた少年は、顔の半分が焼けただれた男の子。
年齢としては6歳くらいだろうか。
「あなたは……」
「……ブレイズ、息子だ」
私の魔力のプレッシャーに圧され、片膝をついていたイグニスが言った。
ブレイズ・イグナイト。
この少年は、先ほどこの男が焼き殺したと言っていた本人なのである。
「ち、父は僕を焼き殺してなんかいません!」
イグニスをかばう様に立ちながら、ブレイズは言う。
「そ、その証拠にこうして生きてますから!」
気丈に振る舞いながら、父親をかばう姿を見ると。
改めて、クズ親では断じてなかったと思ってしまった。
その瞬間、私は目の前の男を殺せなくなる。
「……なによ、それ」
ぼそりと呟くと、ブレイズを退かす様にしてイグニスが立ち上がった。
「気にするなイグニール。イグナイト家としては、この子はもう良い」
「父さん!」
「黙れブレイズ。また焼かれたいか。お前はイグナイト家にはいらん」
「違う!」
キッと私を睨みつけて、ブレイズは自分の髪をかき上げながら叫ぶ。
「聞いてイグニールさん! 僕が勝手に暴発させて火傷しちゃったんだ!」
「暴発……」
それは痛々しい火傷の跡だった。
私も魔力の暴発で、壁を焼いてしまったり自分も燃えてしまったりはある。
だが、火属性を持つ人なら、同時に火属性耐性だって持っているのだ。
故に私は、子供のころ多少無茶をしたとしても、綺麗に治っているのである。
「話した通り、この子はイグナイト家が持つ加護を持たんのだ」
「その加護って燃えた後に爆発するものよね?」
私がずっと体質だと思っていたものだ。
「爆炎と呼ばれる特殊な炎のこともそうだが、問題はそこではない」
「なるほど、耐性がないってことね」
私の言葉に、イグニスは頷く。
もし火属性魔法の使い方を誤ってしまえば、その炎は自分の身を焦がす。
ブレイズの顔の焼け跡は、それを大きく物語っていた。
支援系の火属性魔法であれば、ある程度は敵と味方の線引きはできるけどね。
「この子は火属性に高い適正を持ちながら、耐性を持たずに生まれた」
イグニスは続ける。
「落ちこぼれとは言えど、私にも多少はあるものが、この子にはない」
「……」
「だから加護を持つ杖の力が必要だ」
ブレイズを抱きしめながら、そして顔の傷を撫でながら。
「家督に関しては、この子に継がせるわけにはいかん」
耐性を持たない半端者。
火属性の一家と評されるイグナイト家、周りからの視線は厳しいそうだ。
「この顔では、まともな家からとも婚姻は結べないだろう」
激しい訓練の末、ということにしてはいるが……。
人前に出ることが多くなれば、そこは露見する。
私に殺した、という表現を用いたイグニスだが、事実。
このブレイズという少年はイグナイト家の中ではすでに……と言うことだった。
「国が傾きかねない世の中だ、生活を守るためには強くなければならない」
「で、私ね」
「そうだ。精霊の力を持つお前に、興味を抱いた方がいる」
「……精霊の力に……」
「私の代で、イグナイト家は大きく衰えを見せた。だが、途絶えさせるわけにはいかんのだ!」
拳を握りしめたイグニス。
「その方はこの国に新たな英雄を立て、そしてもう一度富国しようと志す。故に私は乗った」
「……」
「恨んでくれても良い。急な話だ。だが、私にも私なりの理由があってお前を手放せない」
だから、と。
イグニスは私の目を見つめて呟いた。
「覚悟はできている。燃やすなら燃やせ」
「父さん!」
「私はお前の母からも恨みを買っているだろうからな」
……急に、展開が目まぐるしく変わったわね。
トウジの言葉を借りるなら、ついていけねーよってところかしら。
「また一つ言っておくけど、母からあなたの恨み節なんてまったく聞いちゃいない」
だから、何があったのかなんて知らない。
どうして母が国を出たのかなんてことも知らない。
興味もない。
大事なのは、結局この男は子供を大事にしてるってことよね。
気持ち的には、さながら悪魔の囁きを聞いて肉親を売った。
みたいなものかしら?
クズだと思ったけど、私がその立場だったら……と考えると、なんとも言えない。
「大根役者よね、あんた」
「なんだと……」
「仮にも公爵家の当主ならば、もう少しやりようはあったんじゃないのかしら?」
腹芸はいらないと言っていたが、むしろ全てを優先してそれをすべきである。
もっとえげつない手を使って来る奴らなんて、世の中たくさんいるのだ。
教団とかね。
「……できるわけが、ない」
「あっそ。とりあえず、あなたに何かを吹き込んだ人の名前を教えてくれる?」
しばき倒すなら、そっちの方がスッキリするわよね。
少しだけ、嫌悪感とか心のモヤモヤがなくなった気がした。
「……勇者教団、教皇だ。そのご子息がお前との婚姻を希望している。お前を連れて来る手立ても全て、彼らがやってくれたのだ」
「へえ……教団筋ね……だったら、何の問題もないわね」
そう言う私の顔を見て、イグニスが言う。
「国に介入するほどの地位もあり、そして裏でえげつないことを簡単にやってのける奴らだ。問題がない訳が……」
「いや、問題ない」
だって教団は、彼に喧嘩を売って、恨みを買ったんだから。
その瞬間、外でとんでもない音が響いていた。
窓の外に視線を向けると、
──巨大な光の柱のようなものがそびえ立っていた。
=====
ポチやったやつ、教団確定也。
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