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本編
774 さあ倒そう
しおりを挟む「さて、どうでしょうヒューリー。この子、きっかけになると思いませんか?」
「……何がだ」
語りかけるビシャス。
憤怒は今にも噴火しそうな怒りを押しとどめたような低い声。
「見てましたよ。貴方の攻撃、彼女に向けて撃たなければ飲み込めますよね?」
「……」
ギロリ、と睨む憤怒の視線をひらりと受け流しながら続ける。
「いったい何が起こるのでしょう? 気になりませんか?」
「あ、あたしは分体だし! そんなことしても意味ないし!」
「憤怒に関しては、少し特殊でしてね?」
「ど、どういうことだし」
「無尽蔵に湧き上がる怒りは、ダンジョンを遥かに超えていく」
つまるところの。
「影響力が超広域状態にまで憤怒の力を爆発させれば、ひょっとしたら耐えきれずに死ぬかもしれません」
「ッ!? そ、そんなことしたらダメだし! ダンジョンのあたしが死ぬレベルだと……!」
「ええ、他は一掃されてるでしょうね。さあ、ヒューリー!」
ビシャスは両腕を広げて叫ぶ。
「貴方の妻子を殺した原因となったものはなんですか!」
「……黙れ」
「暴走した力が、貴方の大切なものを全て、全て奪い去った!」
「黙れ!!!!」
「やめるし! 煽るなし!」
ジュノーが叫ぶ。
「さっきも奇跡的に生きてたんだから、あたしは死なない、意味ないし!」
「ま、死なないことの方が可能性としては高いですけど、やってみる価値……あると思いませんか?」
「──思わねーよ」
爆発みたいな魔力の迸りが、最奥の部屋全体を包み込もうとする最中。
キングさんに支えられた“俺”は、ビシャスに肉薄し手首を掴み上げた。
掴まれたジュノーを無理やり引っぺがすと、フードに入れる。
「ト、トウジぃっ!」
「なっ!?」
「散々引っ掻き回してくれたなビシャス。それに、憤怒を散々煽りやがって」
いつのまに?
と思ってそうな顔であるが、キングさんでも魔力感知し辛い空間。
今までよりもさらに爆発的な濃い魔力の本流の中だ。
その一瞬をついて移動するのならば、されどビシャスとて気付けないだろう。
「これはこれは、してやられましたね」
「何がしてやられた、だ」
なんか高らかに叫んでる最中だったから、尚更だ。
気付き辛いに決まってる。
何を話していたのか知らないが、そんなことはどうでもいい。
「それはこっちのセリフだぞ」
大方、憤怒の力をさらに上昇しようと煽っていたのだろう。
厄介なことしてくれるよ、本当に。
「その姿、本体か?」
「クフフ、それはご自身で確認してみてはいかがでしょう?」
「そうする」
「プルァアアアアアアア!」
キングさんの渾身のぶん殴りが、ビシャスの横っ面を捉えた。
一瞬のうちに姿は消えて、最奥の部屋の壁に巨大な穴が開く。
「ざまぁみろ」
もっとも、どうせ本体じゃないんだってことは知れてるんだ。
そんなリスクを背負ってまで、のこのこと来るはずがない。
悪意のビシャスならば、そうするだろう。
「トウジィ!」
「おー、大丈夫だったか?」
「み、みんなはどこだし!」
「憤怒対策のアイテムを取りに行ってもらってるよ」
俺とキングさん以外は、全員そっち担当だ。
キングさんが自由に暴れるなら少数精鋭がいい。
貴重なアイテムだけにミスは許されない。
ロイ様、ウィンスト、ジュニア、イグニール。
この人数だったら確実だ。
芳香剤がわりになってるアイシクルミントを取りに行けるだろう。
「って、トウジ足が!?」
「不慮の事故。でも元の足は無事だから後でくっつくよ」
「うぅ、ぇふ」
「泣くな泣くな。とりあえずキングさんがいるから心配ない」
「……そこはトウジ自身じゃないし?」
「……負傷してる俺がここで何するってんだよ……」
せいぜいキングさん用に巨人の秘薬を補給し続けるだけだ。
ガンガンポーション使って、持久戦に持ち込んで行こう。
一応、幸せ攻撃用の武器も持ってきてるんだが……。
中身を別の何かに操られてなかったりする場合ね。
効果あるのかわからんのよなあ。
「ジュノー、ビシャスに何かされたか?」
「えっと……」
ジュノーは何かを言おうと口をパクパクとさせる。
「ん?」
「あ、あれ?」
「どうした?」
「……ううん、すっごく怖がらせられただけ! 憤怒を煽って、強くするつもりだったみたいだし!」
「やっぱりそんな感じか」
思った通りだな。
ジュノーを連れて行った理由がわからんが、おそらく囚われの姫的な演出だろう。
演技っぽい笑い方が得意なやつだ。
その辺も変にロマンチストっぽく、俺を勇者みたいに仕立て上げようとしたわけである。
「主よ、おしゃべりは後だ。来るぞ」
「──黙れ! 黙れ、黙れ!」
「うへぁ、半狂乱でぶちぎれてる……何言われたんだよ……」
ちょっと前は不意打ち食らって負けたけど。
今回はそうもいかない。
グレイトキングさんがちゃんとここにいるからな。
暴食のグルーリングも抑え込めたのだ。
気合い入れていくぞ。
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