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本編
866 魂のロンド・破
しおりを挟むダイヤモンドダストのような、各所に散らばっていく眩い閃光。
あたりは光に包まれて、闇すらも掻き消されてしまいそうな程。
「……おせぇよ」
手枷を無理やりぶち壊すと、
「スピリットマスターにバレないよう」
「詠唱するのに手こずった」
後ろからシヴィアとサンドラの声が聞こえてきた。
この閃光は、彼女たちが放った魔法である。
サンドラのフリージング・ダスト。
シヴィアのサン・ピアス。
二つを織り交ぜることによって生まれる、拘束魔法。
「全員の目は眩み、動けなくなった。貴方は大丈夫?」
「平気だ」
眩しさだって異常状態なんだ。
目を潰し視界を奪うほどの威力は、通らない。
自然現象で少し眩しいな、って感覚である。
「ジュニア! すぐに人払いだ!」
「もうやってる」
叫ぶと、俺の目の前にジュニアがフッと現れた。
観客、兼人質であるエルフたち。
彼らをどうするかについては、前日の夜からジュニアを仕込んでいた。
ダンジョン内という限定空間において、ジュニアはテレポートを使える。
何でもあり、まさに万能といってもいいダンジョンコアだ。
ここは天界神塔の範囲ではない。
だからこそ、ダンジョンを構築し全員を転移させる手を考え出した。
俺とソルーナを移動させてもいいのだが、抵抗させる危険性がある。
何も知らないエルフたちを転移させるのが、手っ取り早かった。
「でもな、お前の予想してた通りだったぜ」
ジュニアはソルーナの方を見ながら言う。
「あの二人は、何故か転移できねえ。何かしらの拘束がかかってんぞ」
「それでいいさ」
むやみに、マイヤーとメイヤをあいつの前から遠ざける訳にはいかない。
俺の勝利条件は、二人を救ってこそ。
そのためには、降伏させメイヤを何とかする方法を一緒に考えさせる。
でもって、ソルーナのバックにいるビシャスとのつながりを断ち切る。
「行ってくる。他に面倒な敵がいないか、周りを確認しといてくれ」
「あいよ。ほら、いくぞサンドラ、シヴィア」
「「わかった。トウジ・アキノ……勝って、二人を、助けてあげて」」
二人の言葉に、俺は黙って頷いた。
そして、彼女たちが消えたのを確認して、改めてソルーナを向く。
「拘束された振りをするのは、やめたらどうだ」
微動だにしないソルーナは、顔をニヤリと歪ませながら言った。
「おや、気づいていらっしゃったんですか」
「無敵になれるスキルがあるだろ」
魂の姿になり、その間は何物にも拘束されない。
自分も攻撃できないが、逃げ用ならばとんでもない性能のもの。
もっとも。
「使っていても使っていなくても、拘束中にお前を攻撃するつもりはない」
「ほう」
「無防備なところを勢い余って殺しちゃったら、あとで文句を言われそうだからな」
死人に口なしというが、こいつなら死んだ後でもなんか生きてそうだ。
死んだ後でも生きてる、なんて。
矛盾してる言葉だけど、この世界ではありえない話ではない。
「大方、私がビシャスさんに操られてるとでも……考えてそうですねぇ……?」
俺以外の他の奴にも語りかけるような口調で、ソルーナは言った。
すると、彼の黒い瞳の奥から影が出現し、人型を象る。
「トウジさん。残念ながら、これは彼が彼の意思で行なっていることですよ」
「ビシャス……!」
ソルーナの目を見て感じた底なしの悪意。
やっぱり、そこに潜んでいたのか。
「彼を私の支配から解放して、あの魂の化け物をどうにかしようと思ってるみたいですが……」
悪意の影は、くつくつと嘲笑いながら続ける。
「助言しましょう、無理です。そもそも支配しているわけではありませんからね?」
「だったらボコって脅して何とかさせるまでだけどな」
「フフフ、私よりやばい人じゃないですか、貴方。もしかして、自分が正義だと思ってるんですか?」
俺が正義?
「そんなことは断じてありえない。俺は勇者でもなんでもないからな」
今、この場に立つ理由。
それは正義感でも何でもなく……ただ、彼女を助けたいからだ。
「わがままだよ」
「あらまあ、いいですねえ。クフフ、面白い。本当に興味が尽きません」
「お前らだって今まで散々わがまま言いつづけてんだ、今日は折れろよ」
つーか、この先の人生俺に関わらない範囲だったら何でもいいぞ。
世界を転覆させる、とかそれは俺の生活に関わってくるからNG。
各国で色々何か企てる、とかそんな話もNGだ。
俺の知り合いが色んなところにいるし、飛空船事業を全世界に広げる気でいる。
大きなことを一緒にやるのは、マイヤーと約束したんだから。
ビジネスパートナーから人生のパートナーになっても、その目的は変わらない。
「……フフフ、つまりは何もするなと言っているようなものじゃないですか」
「食い逃げとか万引きとかだったら、俺は別に知らないよ」
今もどこかで起こってるかもしれない、そんなことには関与しない。
悪党が続けたいなら、いいじゃん、別に小悪党でも。
「お前の悪意が人に害を及ぼしたいとか、及ぼしたくてたまらないとか」
発作みたいなもので、どうしようもなかったら。
「鼻くそでもほじって他人に投げつけとけ。俺にしたらぶっ飛ばすけど──な!」
俺は駆け出して、インベントリから取り出した片手剣で切りつけた。
「おっと! 急に攻撃に打って出るとは野蛮な人ですね?」
「トウジさん、私はもっとお喋りしたいんですけどねえ?」
もう、お喋りはいい。
こいつと喋っていると、なんか時間を損した気分になる。
同じ空間にいるだけで、息を吸うだけ肺とか細胞が腐る。
「逃げスキルを使ってみろよ、連続使用はできないのか?」
「強気ですね。そもそも泉の魂はすでに半分解放済みですよ?」
私が手放して逃げればどうなるか、お分かりですか。
と、ソルーナは言っているようだ。
「お前頼みのまま、強気に出れるわけないことを考えたほうがいいですよ?」
続けざまに剣を振って、バックステップで避けたソルーナに対して引力。
スキルを使わないならば、一対一の時点で俺から逃げる術は存在しない。
首を掴み、剣をソルーナの目の前に向けて言う。
「大人しく尻尾巻いて逃げれば、その時点で二人を返してもらう」
「そうですか」
その状況でも、なんらいつもと変わりのない表情でソルーナはため息をついた。
「はあ……人質をどこにやったのか知りませんが、溢れ出した魂は飲み込むでしょう。ねえ、ビシャスさん?」
「そうですねえ……死の泉の力は、おそらく憤怒の怒りのオーラと同じ規模で広がるんじゃないでしょうか?」
「だから、俺がどう足掻いたところで、最悪の結末から逃れられない……って言ってんのか?」
「はい、その通りですよ」
ソルーナの代わりに、ビシャスがにこやかに笑いながら頷いていた。
「確かにお前らの言う通り……下手を打った場合、メイヤの力がどうなるのかは想像もつかない」
だから、と。
俺もこいつらににこやかに笑いかけて言うことにした。
「その泉が根本だって言うのなら、泉の水を全部抜くことにするわ、アハハ」
テレビであったよね、そんな企画。
昨晩、寝ずに必死で考えて編み出した方法だった。
ダンス・オブ・アニマの夜。
メイヤは俺に「誰?」と言った。
まるで別人になってしまったような、雰囲気を感じたのだが……。
俺が泉の水を少し抜いてしまったことに起因すると考えた。
結界を通れたのも俺だったから、とかではない。
俺が、彼女の一部を保持していたからこそではないか。
……だから、全部だ。
「泉がメイヤそのものだと言うのなら、全部だ」
俺が回収してギリスのダンジョンに持って帰る。
そして地下深く、人に迷惑をかけないところに置く。
魂の持つ強大な魔力。
それは全てダンジョン内のリソースとなる、はずだ。
「……そのめちゃくちゃな言い分が、可能だとでも?」
少しだけ真面目な表情に戻ったソルーナに言ってやる。
「可能だから、やるんだわ」
知ってるか?
池や湿地帯の水を全て抜いてしまえるスライムだっているんだぜ。
「おやおや、これは一本取られましたね、ソルーナさん」
「水を抜く。非現実的ですよ。是非とも見てみたいところですが……その笑顔、少しイラっときました」
「スタンス!」
振りかぶられたソルーナの手に、紫色の斬撃が浮かび上がる。
近距離で高威力を打ちかまそうとしたところで、俺はスタンスを使用した。
「イラっとしたからどうだってんだ?」
とんでもない斬撃の余波が、俺の後ろに突き抜けていった。
木々はへし折れ、地面はえぐれ。
だが、その中で俺はしっかり地に足をつけて立っている。
「ッ」
その様子に、少し焦りを隠せなくなってきたソルーナだった。
余裕の笑みも、今は真顔で俺の腕を振りほどこうとしている。
「いい面になってきたな、ソルーナ」
「……それで、形勢逆転したつもりですか?」
「そんなことはこれっぽっちも思わないさ」
ビシャスに目配せしながら俺は続ける。
「まだ何か隠し球があるんじゃないか、疑ってんだよ」
ないならそのままぶっ飛ばす、逃げても二人を取り返すだけだ。
何かあるんだろ、隠してるんだろ、絶対そうだろう。
隙を見せた瞬間、攻勢に打って出る可能性は、できるだけ排除したかった。
今の俺に、正面や後ろを任せる心強い仲間はいないのだから。
「最強になるとか、豪語していた割に……この状況は二対一だな」
「ッ! この、野郎!」
そう呟くと、ソルーナの手に力が入り、鷲掴みにしていた俺の手を振りほどいた。
ついにキレたか。
「ビシャスさん、絶対に手を出すな。私一人でこいつを殺す」
「それだと、彼の思う壺だと思いますけど?」
「私には、この後も戦いが控えてるんでね、ここを私一人の力で越えられ──」
ゴッ!
言い終わる前に、引力で顔を掴んで後頭部を地面に叩きつけた。
叩きつける瞬間に、斥力も使って威力アップだ。
すぐに握っていた剣を胸に突き刺し、彼の防御スキルが発動。
パリン、と魂が割れる音が響く。
「ぐふッ」
だが、剣は彼を貫いたままで、防御スキルを連続で発動させながらも。
後頭部や口から血を流していた。
「──最初からビシャスの力を借り続けてるお前には、無理だぞ?」
=====
遅くなりました。短くしようと心がけつつも。
長くなってしまい、申し訳ない。
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