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本編
867 魂のロンド・急
しおりを挟む保有する魂がダメージを肩代わりする、と言っても限度はある。
突き刺した剣に、謎の力が働いて押し戻すなんてことはない。
そして、刺さったままの剣は引き抜かない限り永遠にダメージを与える。
「考えてみれば、発動後無敵でもない限り……あんまり万能とは言えない能力だよ」
無敵はいいぞ、弾くから。
もっとも、今みたいな持続的なダメージが発生するっていう状況は怖い。
だから俺の装備は攻撃力増し増しではなく、VITを過剰に強化している。
「ぐ、こ……野、郎……」
「そのまま地面に打ち付けられてろ」
懸念だったビシャスの動向だが、やつは依然として観戦を続けていた。
ソルーナが一人でやると言ったから、それを律儀に守っているらしい。
「だから私は、再三にわたって彼を甘くみないほうがいいと警告したんですがねえ」
「俺にどんな期待をしているのか知らんが、何もしなければこれで決着がつくぞ?」
抜け出た魂の様にふよふよと上空に浮かぶビシャスにそう言ってやる。
「フフ、私の介入をお望みですか?」
「お望みではないが、するのなら早めにやっといてもらえる? って感じ」
どんでん返しの応酬とか、求めていない。
やるなら最初から全力でこいってことだ。
俺は隠すけどな。
「フフ、でもですねえ……彼が望まない限り、力は貸さない約束なんです」
「……のぞ、む……力を……」
押さえつけているソルーナが、かすれた声で何かを呟いている。
「おやおや? なんと? なんと言いましたソルーナさん?」
「言わせるわけないだろ!」
ソルーナが望まなければ、ビシャスが手を貸すことはない。
嘘かと思えば、本当だったのか。
今すぐ、こいつの喉元を掻っ切って喋れなくさせるのがいい。
「この、この!」
くそ! 早く、残機なくなれ、死ね!
地面に押さえつけたソルーナの顔面をガンガン殴っていく。
人様には、とてもじゃないが見せられない有様だった。
でも、手は抜かない。
顔面がどれだけ変形しようが、グロサイト掲載レベルになろうが。
今ここで手を抜けば、確実に後に響く。
「フフフ、すごい光景ですね。この場だけ見れば、どちらが正義なのか」
「黙ってろ!」
必死に拳を振るう様子を見ながら、楽しそうに笑うビシャス。
本当に何がしたいんだ、こいつは。
「正義とか!」
ゴッ!
「悪とか!」
ゴッ!!
「そんなもんねえよ!」
バキッ!!
「………………………………………………。」
俺はソルーナの頭部を叩き潰し、奴の体はピクリとも動かなくなった。
いつの間にか、俺の手や顔、衣服は返り血で染まっていた。
「はあ、はあ……」
「フフフ、ソルーナさんを殴り殺した気分はどうですか?」
「……最悪に決まってんだろ」
海賊とか、盗賊とか、山賊とか。
今まで葬ってきた人数は数知れず……とはいえ。
ここまで念入りに、真剣に。
命を奪おうと思ったこと、行動に移したことは初めてだった。
「そうですか、最悪ですか……クフ、フフフフ」
「何がおかしい!」
まるでソルーナすらも、俺を最悪な気分にさせるための手駒。
そんな風に言っている様で、無性にイラついた。
「お前だけは絶対に許さないからな、くそったれ」
無理だ、ユノは助けてほしいと言っていたが、無理だ。
約束を果たせそうにない。
それくらい、心の中が煮えたぎっている。
「お前の拠点はデプリのダンジョンだったよな、落ち着いたら行くから覚えとけよ」
「フフ、覚えておきます。けれども──良いんですか? 私にばかり目を向けて?」
「なにが──ッ」
そうだ。
たった今頭部を潰したってのに、まだビシャスがこの場にいる。
それが示す意味は、まだ殺し切っちゃいない──。
「──やってくれたな、トウジ・アキノ」
「な!?」
俺の足元に頭部を失ったソルーナの死体があるのに、すぐ真横に奴がいた。
放たれた横薙ぎの斬撃は、驚いて足が止まっていた俺の脇腹にクリーンヒット。
スタンスの効果は殴っている間に切れていて、俺は激しくぶっ飛ばされた。
「ぐ……な、なんで、まだ生きてるんだ……?」
「いいえ、何度も死にました」
しかも、俺が剣をぶっ刺した胸の傷もない。
「代わりの体を用意しといてよかったですね、ソルーナさん?」
「この保険は、アローガンスと戦う時のためにとっておきたかったんですけども……仕方ない」
「……代わりの身体……ガーディアンか」
「クフフフ、ご明察。すごいでしょう? 彼、魂を別の体に移し替えることも可能なんですよ」
でも、少し違います、とビシャスは言う。
「これが彼の本来の身体なんです。クフフ、さっきまで相手してたのは適当なガーディアンの身体なんですねえ」
「くそ……」
「クフフフフ、そうとも知らずに、フフフフフ……あー、さっきまでのトウジさんの反応、実に面白かったです」
腹を抱えた様に笑うビシャス。
入念に準備をしていたのは、俺だけじゃない、ということか。
こいつ、どこまで先を読んで行動しているのだろう。
俺は、俺の準備は、今のままでいいのだろうか。
そんな疑念が、少しだけ心に生まれていた。
「ビシャスさん、あまりネタバレしないでいただけますか?」
「良いじゃないですか。楽しいじゃないですか。それに──」
再び余裕を取り戻した二人の会話。
「──その姿であれば、多少のネタバレをしたところで、問題ないでしょう?」
「そうですね」
コキコキと首を鳴らしながら、ソルーナは言う。
「あの身体は意外と動かし辛いんですよ。貴方で視界が半分ダメになりますし」
「それは失礼しました。では、第二ラウンドの開始ですかね?」
「いや、その必要はないです。これ以上時間をかけるのもあれですから、力を貸してください」
「そうですか、楽しい楽しい戦いも、終わっちゃいますね……これで」
そう言いながらビシャスは黒もやの姿に代わり、ふわっと浮かび上がった。
「何をするつもりだ……」
「貴方はしぶとい、そして強い」
だから、とソルーナは俺の言葉に答える。
「これ以上戦っても無駄に消耗するだけですから、さっさと終わらせます」
「終わるのはそっちだ。そっちが本体なら、もう一度殺せば良いだけだろ」
しっかり回復し、万全の状態を確認すると、俺は飛び出した。
ソルーナは、まだメイヤとマイヤーの魂を取り込んでいない。
俺だったら、死んだふりしている間に取り込む。
死んだ様に見せて、油断するまでしっかり待つ。
ビシャスと組んだのが間違いだったな!
敵にしたら鬱陶しいが、味方にしても都合よく扱える奴じゃない。
すべて自分が楽しむためだけに、そのためだけに生きている奴だ。
「「──悪意の誘い」」
ビシャスとソルーナが、同じ言葉を呟く。
黒いもやもやが一気に広がって、辺りを包んだ。
「だから、なんだ!」
霧散の秘薬を撒き散らしながら、ぽっかりと空いた空間を前進する。
何をしようとしているのか知らないが、異常状態は効かない。
「この黒いのを介したバインドなら、無意味だぞ!」
「バインド? これは違いますよね?」
「はい、違いますよ。ソルーナさん」
ビシャスとソルーナの声。
俺の周り以外の視界は真っ暗だが、声で位置はなんとなくわかる。
バインドでもないのなら、完全に選択肢を間違えたな、ビシャス。
「そこだな! 二人で仲良くダンジョン内に、引きこもってろ!」
叫びながら、片手剣を黒もやに向かって振るった。
声のした方向はこっちだ、こっちにいる。
何が終わらせる、だ。
一丁前に余裕ぶりやがって、さっきまで必死だっただろうに。
これだから、どんでん返しの応酬は嫌いなんだ。
ちなみに、俺に状況をガラッと変える様な、そんな策はもうない。
なんとかこいつらを倒して、メイヤを連れて泉の水を抜く。
ただ、それだけだ。
ただ、それだけなのに、遠い。
諦めるな、アキノトウジ。
正念場だぞ。
一人でも、できるんだ。
キングさんだって言ってたじゃないか。
一人で戦うしかない時、踏ん張れる様になれって。
とにかく、踏ん張れ。
どれだけ傷を負ったとしても、今回だけは逃げるな。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
気合いを込めた斬撃。
ついに、黒もやが切り裂けた。
陽の光が差し込んで、一気に明るくなる。
「ソルーナ! ビシャス! 言っただろ、無意味だ──」
目の前に立つソルーナとビシャスの影。
全力で、ぶつかりに行く。
「──って……え」
俺の前に、ふらふらと誰かが歩いてきた。
金色の髪、小麦色の肌、丸い耳。
……マイヤー。
「マイヤー! マイヤー!! 大丈夫か!?」
「……」
このまま行くと、マイヤーを斬ってしまう。
慌てて剣を引っ込めて、彼女を抱えようと近づいた時だった。
胸に、鋭い痛みを感じた。
マイヤーの手にナイフ。
そしてそのナイフは、俺の胸に突き刺さっていた。
「……は?」
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