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本編
924 思い出語り1
しおりを挟む「トウジと出会ったのは——いや」
ウィンストは、そこで一度言葉を区切ると言い直す。
「日々平々としていた運命が大きく動き出したのは……私がまだ、小賢と呼ばれていた頃だった」
「小賢……聞いたことがあります……」
彼の言葉に眉を潜めるエリナは、思い出した様に手を叩いた。
「ああっ! トガルとデプリを分かつ巨大な山脈と広大な樹海の中にあるゴブリンの楽園を作った存在!」
「そうだね」
ギルド職員ともなれば、やはりそう言う情報はしっかりと把握している様だった。
「確か、その領域にはたとえ依頼があったとしても近付かせるなってマニュアルを読みました」
近づかなければ敵対しない。
人との関わりを断つことで、ウィンストは楽園を維持していたのだ。
同じ人でも姿が違うだけで戦争が起こるのだ。
人と魔物の関係性なんて、それだけで察しがつく。
もし、俺がデプリから放逐されていなかったら……。
ウィンストとの関係性は、今とは全く逆のものだったのかもしれない。
「え、その小賢が……ウィンストさんなんですか……?」
「その通りだ。もっとも、だったという言葉が正しい」
「え? ええ? でも、ゴブリンの楽園ですよね?」
ウィンストの容姿を足から頭までキョロキョロと見ながら首を傾げるエリナ。
まあ、その気持ちはわからんでもない。
俺も最初、邪悪なゴブリンネクロマンサーがイケメンになるとは思わなかった。
「ゴブリンだよ」
「その通りだ。そこは過去形ではなく、現在進行形である」
「??????」
首を傾げるエリナ。
「あ、多分これ信じないだろ、絶対。ウィンスト、なんか証拠とかあるの?」
俺は実際にゴブリンである時のウィンストと戦っているから、信じている。
目の前で今の姿になったのだからね。
「……ゴブリンだという証拠を見せることはできない。私の体はもうずっと前からこの姿だからだ。しかし、もう一度あの鎖の呪縛を得てネクロマンサーとなれば、私がゴブリンであると言うことが証明できるのかもしれない。トウジが戻してくれるという保証ありきでの話になるが」
「待て待て待て待て」
そんなの冗談でも言わないでほしい。
同じ相手とは二回もやりたくないのが本音である。
人生は勝ち逃げなのさ。
「もっとも、今の私にはなんの後悔もないから再び鎖に縛られることはないだろう。傍にチビがいて、トウジという親友も得て、守るべきものもたくさんあるからだ」
「そっか」
まあもし何かあったとしても、俺はお前が親友でいる限りなんとかする。
それだけは心に決めている。
「うーん、ウィンストさんが嘘をつくとは思えませんし……でも見た目はどう見ても人ですよね……?」
「魔物はより上位の存在へと昇華すると、人に近くか、より魔物としての特徴を強化するものだ」
「えっ、そうなんだ」
「魂の強化とともに霊長類に準ずる様な、そんな進化の過程を辿る……と師匠に教わった。もっとも師匠の言う霊長類の本来の意味は全く別のものらしいが、この世界に当てはめるとそんな感じになるそうだ」
トウテツも言っていた様に、人は無限の可能性を持つ。
極端に尖るか、より万能に近くなるか、その違いなのだろう。
むしろ、環境に合わせるか環境を作り替えるか。
そういう意味での進化の形なのだろうか?
詳しい話はわからないけど、この世界では往々にして魔物はそう言う進化を辿るそうだ。
「師匠は擬人化要素だと言って喜んでいたのを覚えている」
「……そ、そうなんだ」
昔の賢者、結構ノリが軽いよね。
「ウィンストさんの言葉を信じます。でも、小賢ってデプリの勇者に倒されてしまったんじゃ……?」
「そうだ、小賢は勇者に一度討たれた」
「?????」
また意味がわからなそうにするエリナ。
この辺は色々と事情が事情だから判りづらいのも仕方がない。
「しかし、チビのおかげで致命傷を免れギリギリで生きながらえた」
そして、全滅した同胞と無残な姿になったチビを見て、禁忌に魂を売り渡したのである。
そこで俺と出会った頃のウィンストになってしまったってわけだな。
勇者、そして人への復讐を誓い。
勇者と勘違いして俺を襲ったのが、俺とウィンストの出会いである。
熾烈な戦いだったし、ギリスに渡ったのもそれがきっかけみたいなもんだ。
ある種、エリナとの出会いもこの出来事がきっかけなのかもしれない。
俺が救った以前に、ウィンストが俺を親友と呼ぶこと。
でもって「運命が大きく動いた」という言葉を使った訳も、そこから来ているのかもね。
「恥を忍んで打ち明けるが、デプリのアンデッド災害を起こした本人でもある」
「……トウジさんが招集された……例の……」
「そうだね」
「でも、一応報告にはアンデッド災害を引き起こしたゴブリンネクロマンサーは倒されたとありましたが……」
……やべ、ギルド関係者に虚偽申告バレてしまう可能性。
それを忘れていた!
ここまでいったらもう嘘でした、って正直に言うしかないよね。
どこかでエリナを懐柔しなければ……。
高給で雇いあげようかな……。
「虚偽申告だよ」
「あっ、やっぱり」
「そもそも根本的な原因は、ウィンストじゃなくて勇者側にあったんだ。で、引き起こされた災害も本人の意思も多少はあれど、呪いみたいなもんに蝕まれた結果の産物であって——」
本来は、ポチの近くを飛び回りながら「ぎゃおぎゃお」と笑顔でつまみ食いする小さなドラゴン。
チビを再び生き返らせるために、ウィンストは魂を売り、ネクロマンサーになったのである。
「ああするしかなかったし、ウィンストは自分の全てをそこに賭けてたんだよ」
罪の自覚はあるから、ひと思いに殺してほしい。
目の前でそう言われた俺は、首を横に振った。
「俺は死ぬことで全ての蹴りがつくとは思ってないんだよ」
「生きて償え、と言われた私は今も償い続けている最中だ」
人は人である以上、考える生き物である以上罪を常に背負ってるよ。
それを自覚して感謝することが大事なのである。
毎日食べてるご飯がそうだろ。
「人生そんなもんさ」
=====
丁度7巻の思い出語りみたいな感じですなあ~。
長く続く物語だと、結構思い出語りって書いてて楽しいですね。
さて、次は聞いてエリナがどう思うか。
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