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本編

925 思い出語り2

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「禁忌に魂を売り渡した私を救ってくれたのが、トウジだ」

「……」

「何の因果かわからないが、きっと運命としてずっと前から決まっていたのだろう」

 巡り合わせ、偶然、奇跡。
 そんな言葉を並べ立てることは簡単だけど、実際こうして考えるとすごいことだ。

 因果応報、という言葉はある。
 何度も見てきた。

「そうだったんですね……」

 少し曇った顔をするエリナの様子。
 話していたウィンストの表情が真剣なものだっただけに、反応に困っている様だ。

 恐らく、心の天秤が揺れ動いているのだろう。
 どういう選択をすれば良いのか。

 ウィンストの肩を持つべきなのか、それとも非難すべきなのか。
 誠実故に、人間という立場を持ってすれば非難すべきなのかもしれない。
 しかし、ウィンストという人物を知れば知るほどそれは難しくもなる。
 好意を持って接しているから、ね。

 少し助け舟を出そう。

「確かに、ウィンストのやったことは到底許されることではない。でも俺はウィンストを助けた」

「どうしてそう思ったんですか?」

 そこに何か理由があるのかと聞かれれば、特に大した理由はない。
 俺がそうしたいから、そこで終わらせなかった。

「戦う前から理由もなくそんなことをするはずがないってわかってたんだ」

 まさに、知れば知るほどってやつだ。
 戦ってみたら、禁忌の原因が出てきてそっちを倒すことに切り替えた。
 そしたら丸く収まって今に至る。

「失敗なんて、誰だって一度はするよ」

 しない奴はいない。
 そんな人間の何十倍も生きてるウィンストが失敗しないわけがない。
 程度の問題もあるけれど。

 命の選択ができた俺にはまだ許容範囲だった。
 ただ、それだけなのである。

「言い方は失礼かも知れないけど、むしろ救える命の方が多いさ」

 そうやって納得して生きてるんだ、誰だって。

「……恥を承知で、その言葉を重く受け止める」

「ウィンストさん……」

 何かを決心した様な表情で、まっすぐとウィンストを向くエリナ。

「自分の罪を認めるなんて、そんなことできる“人”は少ないですよ」

「……」

「ギルドの受付をやっていてよく思っていたんですが、みんな結構責任を押し付けあってるんですよね」

 あるあるだな、それは。

「率直にいうと、他国で起こったことを聞いただけなので、私にはそこまで犯した罪の重さはわからないです。でも、罪に対してしっかりと向き合って生きていくことは、誰にでもできる様なことじゃないってのだけはよく判ります。私も失敗をたくさんしてきました。その度に結構目を背けがちなんですけどね、あはは」

「でもわりかし頑張り屋な方だとは思うけどね?」

「トウジさんの担当っていつ何を求められるかわからないし、提案してもしっかり話を聞いてからじゃないと動かないって連絡をもらってたんで必死だったんですよ!」

「あっはい」

「おいしい汁を啜らせてもらえるかな、なんてゲスなことを考えて張り切ってましたけど、まさに今が因果応報っていうかなんていうか……ええ……」

 ニコニコしようとしていたのが、急にズーンと暗い表情になってしまった。
 本当にその件については謝ります。
 俺がしばらく何の連絡もなく留守にしていたもんだから、そのしわ寄せが彼女にきてしまったのだ。

「こうした冒険も外の世界を知らなかった私の経験になりますし、まあ良いんですけどね……。とりあえず総括すると、ウィンストさんは元小賢で、現見た目が人の優しくて真面目なゴブリンさんってことでいいですか?」

「思ったよりも簡単にまとめたね」

「フラットに見ようとしても、もう見れないですよ。ウィンストさん、私のこと結構気遣ってくれますし、そんなことされたら過去の行いなんてどうでも良いっていうか、今が一番大事っていうか」

「それには同意するよ」

 そうそう、今が一番大事なんだ。
 過去は過去。
 しっかり反省して、次に活かすことが重要なんだよね。

「今を作るのは過去だけど、未来を作るのは今の自分だよ」

「あ、それ深いですね」

「でしょ? 俺も早く黒歴史なんてきれいさっぱり忘れてしまった未来の自分になりたい」

 寝る前に思い返して悶絶することがたまにあるからね。

「異世界の魔法でそういった昔の都合の悪い記憶とか消せないかな……?」

「それはさすがに……ゲス過ぎでは……?」

「はは、俺がこんなにゲスなんだから、ウィンストが許されない訳ないよ」

 常に正しく生きようとしている奴と隙あらばせこいことをする奴。
 世界にどっちが必要か、わかるよな?

「ウィンスト、俺以外の目線でも、お前は良い奴なのがこれで確定したな」

「……ありがとう、頼もしい。かなり心が軽くなった」

 かなり、と言っているが、今もそしてこれからもずっとウィンストは悩み続ける。
 実直な性格だから、死ぬまで永遠に悩み続けるだろう。
 しかし、それが犯した罪に対する代償でもあるのだ。
 普通の人ならば忘れるか、いつしか心の均衡が崩れてとんでもないことになるかもしれない。

 ウィンストは違う。
 本当に、永遠に、来るかわからない寿命の果てまで悩み続ける。

 そんな時、多分俺もエリナも死んでるけど。
 あの時こんな仲間がいたな、楽しい時間があったな、と思い返してほしい。
 俺の今の気持ちとしては、こんなところか。





=====
恐らく、被害者からの視点だとこんな優しい回答は得られないでしょう。
汚く罵られるか、復讐の刃を突き立てられるか。
そうなった場合、言葉を受け止めることはできるけど、向けられた刃は返すでしょうね。
そうしてまた心に何かを背負ってしまう、ということにも……。
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