BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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一年後の雪うさぎ~僕には高校のときから思いを寄せる後輩がいた

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「さむっ」

 起きたら雪が積もっていた。どうやら寝ている間に降ったらしい。バルコニーは全面が真っ白になっていて、置きっぱなしのサンダルも半分くらい埋まっている。

(そういや一年前も雪が積もったっけ)

 一年前まで後輩とルームシェアをしていた。そのほうが広い部屋に安い家賃で住めるからだったんだけど、僕にとってはそれだけじゃなかった。高校のときから密かに思いを寄せている相手との幸せでささやかな毎日だった。

(まさか、僕がそんなふうに思ってたなんて考えもしなかっただろうけど)

 高校生のとき、定期券を拾ったことで知り合った彼は偶然にも同じ高校に通っていた。一年下の彼はその後僕を慕ってくれるようになり、僕が大学に進学してからも一緒に食事したり買い物につき合ったりするほど仲が良かった。「大学どうですか?」なんて興味津々に聞いてくる顔に内心ときめきながら、大変なことは少しだけ、楽しいことはより楽しく話して聞かせた。

(だからかな)

 彼は僕と同じ大学に進学すると言い出した。学部は違うけど大学の雰囲気を気に入ったのだという。そして有言実行とばかりに彼は一発で合格した。実家から通うには少し遠いから一人暮らしをするんだという彼に「じゃあ、ルームシェアするか?」と声をかけたのは僕のほうだった。

(四年間、楽しかったなぁ)

 先輩後輩の間柄だったけど、気の置けない友人みたいに過ごすことができた。大変そうな課題を僕が手伝えば、彼はお礼だと言って手料理を振る舞ってくれた。それが思っていた以上においしくて、それからはことあるごとにねだったりもした。
 もちろん僕の密かな想いはひた隠しにした。知られるのも気持ち悪がられるのも怖かったからだ。

(そんな幸せなルームシェアも結局は終わっちゃったけど)

 一年前の冬、彼は就職が決まった会社の近くに引っ越した。僕自身も社会人一年目でバタバタしていた中の出来事だった。簡単な送別会のようなものをしたクリスマスのあの日も、夕方から雪が舞っていたのを思い出す。

「……さむっ」

 バルコニーの窓を一人分開けてしゃがむ込む。サンダルの雪を払っていた手を止め、両手で雪を掻き集めた。

(なんだかかき氷みたいだな)

 そういえば一年前の雪もこんな感じだった。クリスマス兼送別会をした夜のうちに出て行った彼を思い出しながら、一年前もこうして雪をいじっていたのを思い出す。
「何やってんだかな」なんて思いながら集めた雪を両手で固めていく。かじかんで感覚がなくなっていく手で形を整え、「そういえば」と思い出したものを取りにテーブルまで戻った。

(これをこうして……うん、それっぽいかな)

 クリスマスケーキに付いていたプラスチック製の柊から赤い実を二つ取り、それを雪の塊にくっつけた。葉っぱがあればそれらしくなったんだろうけど、さすがに柊の葉じゃそれっぽくはならない。

(あの日作ったやつには目も耳もなかったけど)

 一年前、彼とはケーキを食べなかった。だからプラスチック製の柊はなかった。あのときは目すらないただの雪の塊だったけど、今日は目が付いている。耳はなくても何となくアップグレードされたような気がした。

「おまえに会うのは一年ぶりだな」

 そんなことを言いながらサンダルの横にちょこんと置く。

「なに可愛いことやってるんですか」
「……まだ寝てていいのに」

 振り返るとパジャマ姿のままの後輩が立っていた。「隣にあなたがいなくて寒いから目が覚めたんです」なんて言いながら抱きしめるように背中に覆い被さってくる。

「うわ、マジでなにやってんですか。体めちゃくちゃ冷たいですよ」
「うん、ちょっとね」

 まさか一年前のことを思い出して目が覚めて、隣におまえが寝ているのが照れくさくて一年前と同じことをやっていた、なんて言えるはずがない。それじゃ、あまりに感傷的すぎる。

「それって、もしかして雪うさぎですか?」

 これでよくわかったな、なんて思いながら「うん。って言っても耳は付いてないけど」と答えた。

「あー……ちょっと待っててください」

 背中の温もりが離れてしまった。たったそれだけのことなのに冬の寒さよりずっと寒く感じる。思わず両手で腕をさすっていると「風邪引きますよ」と言いながらフリースの上着をかけてくれた。

「あんまり耳っぽくないですけど……」

 そう言いながら差し出してきたのは、昨夜食べたチキンに付いていた飾りのリボンだ。それを細く切ったものを二つ、彼が雪の塊の耳辺りにくっつける。

「ははっ、やっぱり変ですね」
「そんなことないよ」

 リボンの耳だなんてお洒落じゃないか。それに目も耳も昨夜のクリスマスを彩っていた欠片だ。

(……って、ロマンチックを通り越してちょっと寒い表現だな)

 思わず笑ってしまった。
 一年前、目も耳も付いていない雪の塊でしかなかった雪うさぎを見ながら「いつかまた会えるといいな」なんて感傷に浸っていた。それが一年経って本当に会えるなんて、あのときは想像すらしていなかった。

「さ、窓締めますよ。このままじゃ本当に風邪を引きますって」
「大丈夫。そのときはおまえが温めてくれるから」
「……卯佐美うさみさんって、ときどき無意識に煽ってきますよね」

 背後から「う~」と小さな唸り声がする。そうかと思えばぎゅうっと抱きしめられた。

(また「卯佐美さん」って呼んでもらえるなんて思わなかったなぁ)

 それだけで僕は幸せなんだ。
 突然こいつから電話が来たのは一週間前のことだった。「俺、転職するんですよ」から始まった会話の最後は、なぜかまたルームシェアさせてほしいという話になっていた。学生時代の部屋に住み続けていた僕に断る理由はなく、こいつが再び部屋に来たのは二日前のことだ。そのときこいつは両手一杯に薔薇の花束を持っていた。

「卯佐美さんって意外にロマンチストだから、こういうほうが効果あるかと思って」

 にこっと笑ったこいつは「好きです、卯佐美さん」と言って花束ごと僕を抱きしめた。そうして「先輩の気持ちなんてとっくの前に気づいてましたよ」なんて耳元で囁く。
 大学に入ってからずっと卯佐美さんと呼ばれていたからか、先輩なんて呼ばれると胸がくすぐったくて仕方がない。思わず首をすくめた俺の耳元で大好きな声が囁き始めた。

「でも俺、卯佐美さんとこのまま一緒にいてもいいのか自信なくて。それで無理やり遠い場所で就職したんですけど駄目でした。毎日卯佐美さんのことが気になって、卯佐美さんのことばかり考えて」

 僕を抱きしめる腕に力が籠もる。

「勝手に離れた俺のことなんてとっくに忘れてるだろうって思ってたのに、電話の声は全然変わらなかった。調子に乗って同居の話しても断らなかった。それで『よし』って思ったんです」

 小さく息を吸う音が聞こえた。

「卯佐美さん、好きです。もう迷いません。これからもそばにいさせてください」

 僕は万感の思いを込めて抱きしめ返した。そして昨日、一年前は送別会を兼ねていたクリスマスを歓迎会として一緒に過ごした。

(一年前も同じホワイトクリスマスだったけど、気持ちは全然違うな)

 一年前に作った雪うさぎはただの雪の塊だったけど、今日作った雪うさぎは目も耳もある。「また会いたい」と思っていた相手と一緒に作った雪うさぎだ。
「幸せだなぁ」としみじみ噛み締めながら雪うさぎを見る。するとプラスチック製の目がきらりと光り、リボンの耳が喜んでいるように風にふわっと揺れた。
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