公達は淫らな美鬼を腕に抱く

朏猫(ミカヅキネコ)

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二章 鬼の王に会いて

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「本当によいのですか?」と尋ねる金花に「反物に文を添えたからいいんだ」と答え、都へ向かう道とは別の道へと足を向ける。母上に泣き崩れられるのは堪えるが、母上好みのよい布を送ったのだから大丈夫だろう。文にはこれから金花を迎えに行くのだと書き添えた。あれを読めばあと少しで帰るとわかるのだし文句は言うまい。

「そういえば、わたしは母の看病で里に戻っていることになっていたんでしたね」
「滅多にないことではあるが、斎宮様の名を出せば母上も否とは言わないからな」
「いまの斎宮は母上様の姉君でしたか」
「腹違いで随分と歳も離れているが、小さい頃大層かわいがっていただいたそうだ。おまえの母は二代前の斎宮様付きだったと言ってあるから、斎宮様と聞くだけで親しみを覚えるのだろう」

 東国へ向かう前に金花の母が病に倒れたと母上に相談し、しばらく里に帰すことで話がついた。異例のことではあったが、俺が長く屋敷を留守にすることもあってなんとか言い含めることができた。
 兄上の末の姫の輿入れも重なりそれどころではなかったに違いない。しかしそれだけではないような気もしている。なんといっても金花は母上に大層気に入られている。その金花が「どうしても母に会いたいのです」と言えば否とは言うまい。俺の言葉より金花の言葉に絆された気もする。
 東国から帰る前に金花を迎えに行く話は最初からしてあった。それにいま都に帰れば面倒ごとしかないのに帰りたくなるわけがない。

(勝手に婿入りの話を進めようとするなどもっての外だ)

 婿入りの話は母上からの手紙で知った。手紙ではどうにも要領を得ないが、兄上のどちらかが仕組んだことだろう。それも気に入らなかった。都へ戻ったあかつきには、しっかりと申し入れをしなければならない。いや、そんな面倒があるならいっそのこと都へ戻るのをやめてしまおうか。

「案外、それもいいかもしれないな」
「カラギ?」
「あぁいや、なんでもない」

 振り返った金花に道を確認しながら、よしと気合を入れ直す。

(これから鬼の王に会うというのに、結局結論を伝えられず終いだ)

 師匠のもとを発つまでに考えると金花には話したが、鬼に転じるかどうかしばらく決めかねていた。金花も答えを急かすことはなく、俺自身が決めるまで口を挟まないことにしたらしい。時折り何か考え込む素振りを見せることはあったものの、どちらにしても俺が決めるまで見守るつもりだったのだろう。
 東国を発つ前から俺は俺は鬼の王に会いたいと思っていた。鬼に転じるかは別として、死んだと思われていた敦皇あつおう親王が生きているとわかった以上、本当かどうか確かめなくてはならない。そう金花に伝えると、しばらく考えてから「では、案内はしましょう」と言ってくれた。

(生きていたからと言って帝にご報告すべきことにはならないのにな)

 いまさら過去の親王が存命だったからといって、いまの御所には何の関係もない。そもそも敦皇あつおう様は第一親王ながら都の外れに追いやられていた身、もはや後ろ盾もなく都に戻っても仕方がないお方だ。
 それに、本当に鬼に転じたとなれば都に戻ることはできない。というより生きていること自体があり得ないことで、本物の敦皇あつおう様だったとしてもどのみち都には戻れないだろう。それでも俺は会いたいと思っていた。

(もし本当に鬼になっているとしたら……)

 それは俺が願う姿になったということだ。鬼に転じたという敦皇あつおう様がどうなっているのか興味があった。姿は人と同じなのか、たしか十八あたりで鬼に攫われたと聞いているが歳は取っているのだろうか。自分を攫った鬼の王のことをどう思っているのだろうか。知りたいことが山のようにある。
 なにより鬼になってから人を食らったのか――それが一番知りたいところだった。人から鬼へと転じたものが人を食らうことに耐えられるのか、もし耐えられるのだとしたら……。

「カラギ、宿は寺社にするのですか?」
「あ、ぁ、そうだな、もう少し行けば関白家の荘園もある。しばらくは宿に困らないはずだ」

 また考え事に耽ってしまった。鬼の王に会うまではいままでどおりでいようと考えているのに、これでは金花に余計な心配をかけてしまう。鬼に転じるか考え続けている俺を、おそらく金花は心配している。普段はいつもと変わりない様子に見えるが気遣うような視線を感じないわけじゃない。鬼になりたいと思うのは俺の勝手であり、そのせいで金花が思い悩む姿は見たくなかった。

(胸の内まで気になるほど好いているのだなぁ)

 そんなことを思うたびに胸が甘く疼いた。金花への気持ちを確認するたびに自然と気持ちが固まっていった。

(あぁそうだ、俺はとっくに心を決めている)

 俺は鬼になりたい。それを口にしないのは金花を慮ってのことだ。俺が決めたことで金花が苦しむのは本意ではないし、この先ずっとわだかまりになっても困る。だからこそ鬼の王に会い、敦皇あつおう様にもお会いしたいと思っていた。もし敦皇あつおう様が鬼となっていれば、そこから俺が鬼になる道筋が見えるかもしれない。金花のそばに居続けるためのよりよい方法が見つかるかもしれない。すべては金花のそばにいるためだ。そのためなら俺は何だってしよう。

「先ほどから何やら変ですよ?」

 知らず知らず拳を握る俺の様子に金花が眉を寄せる。

「そうか? いや、変にはなるだろう。なんといっても目の前に美しい奥方がいるのだからな」
「……やはりあなたは少し意地悪になったと思いますよ?」

 わずかに頬を薄桃色に染めた金花はとても美しく、体の奥が甘く疼くのを感じた。
 都の近くを通り過ぎて十日目、ついに目的の場所が目の前へと迫っていた。

(もうすぐか)

 街道から町に入ったところで、ふとここまでの旅路を思い返した。途中、かつて俺が立ち寄った渡辺津に寄り、海とは場所によってこうも違うのかと二人して感心した。そこからは川を使うのが早かったのだろうが、金花が眉を寄せたため陸路をひたすら歩いて進むことにした。馬を使うことも考えたが、そこから斎宮様のもとへ向かわなかったことが兄上たちに知られでもしたら面倒だ。そう考え馬は諦めた。
 心配していた金花は思った以上に健脚で、どんな荒れ道も平然と進んだ。東国へ向かうときも思ったのだが、俺より細い足なのにと何度感心させられたことだろう。すべて懐かしく思うのは、この先が不安だからだろうか。

(あの山が住み処なのか)

 到着した賑やかな町並みの奥に大きな山が見える。その山こそ鬼の王のねぐらだということだが、金花のときと違ってあまりに人に近い場所だということに驚かされた。

「鬼とは、もっと静かで人に悟られない場所に住んでいると思っていたんだがな」
「以前は人里離れた奥地に住んでいましたが、おそらく大事な方が寂しくないようにとねぐらを変えたのでしょう」
「……敦皇あつおう様のためか」
棘希いばらぎの血肉を食わせるくらいですから、よほど好いているのだと思いますよ?」

 敦皇あつおう様を鬼に変えるために犠牲となった棘希いばらぎ――この鬼のことは道中、何度か話題に上ることがあった。
 その昔、都のあたりは鬼の王の右腕と言われた大鬼・棘希いばらぎが縄張りにしていたそうだ。それも鬼の王の命令で、いつでも若く美しい女を手に入れるためだったのだという。
 ちょうどその頃、都を治めていた侘千帝いちのみかどは退魔の太刀を集めて鬼の討伐隊を作っていた。そのとき鬼に攫われたのが敦皇あつおう様で、敦皇あつおう様の父君は侘千帝いちのみかどでいらっしゃった。
 当時都では、敦皇あつおう様が攫われたのは討伐隊を作った帝への仕打ちに違いないと噂されたという。そういうこともあり討伐隊は早々に解散された。それからは検非違使や蔵人所、貴族たちが各々で雇った武士もののふたちが鬼退治を担っている。

棘希いばらぎは大層美しい鬼だったらしいが)

 そのため何人もの女が惑わされ、なかには自ら進んで鬼の元へ行った姫君もいたそうだ。
 そんな棘希いばらぎだったが、師匠の先祖に髭切でもって腕を斬られた。その後どういう経緯かはわからないが命を落とし、そうして敦皇あつおう様が食らうことになった。大鬼と呼ばれるほど強い鬼の血肉を食らえば、間違いなく人も鬼になれるのだと金花は言う。
 そして鬼に転じた敦皇あつおう様はその後、鬼の王の奥方になった。

「しかし、敦皇あつおう様を奥方にしては子が成せないのではないか? 鬼は子を成すために女を攫うのだろう?」
「それは……いえ、実際に会えばわかることです」
「?」

 何か言いかけたものの、結局金花は口を閉ざしてしまった。

「それより二日後には鬼王きおうに会うのですから、それまで体を休めることにしましょう」
「二日後か。しかし、おまえは本当に鬼の王の兄弟だったのだな」
「兄弟だから会えるのではありませんよ? 鬼王に仕える烏たちに舞を見せる代わりに鬼王へ取り次いでもらったのですから」
「そういえば烏が親代わりと鬼の王が言っていたが、いや、それより舞とは、おまえ、舞が舞えるのか?」
「おや、言っていませんでしたか?」
「聞いていない」
「舞と言っても大したものではありません。昔、都にいたときに見聞きしたものを真似ているだけのこと。ただ、どうしてか烏たちはそれを気に入ったようで、事あるごとにねだってくるのです」

(金花が舞を舞えたとは……)

 知らなかった。これまで話題に上らなかったこととはいえ、教えてもらえなかったことをやけに寂しく感じる。ほかにも俺が知らないことがもっとあるのだろうなと思うとますます寂しさを感じた。
 以前なら知らないことがあってもそこまで気にすることはなかった。しかし金花を好いていると自覚してからは新たなことを知るたびに寂しいやら悔しいやら複雑な思いを抱いてしまう。それならあらかじめ自分から訊けばよいのだろうが、そうすると過去に誰彼と交わったのかまで気になり結局訊けないままでいた。

「ふふっ、わたしが隠し事をしていたと思ってしょげてしまうなんて、かわいい方」
「……うるさい」
「知りたいことがあれば何を尋ねてくれてもよいのですよ? わたしは隠したりなどしませんし、もちろん嘘をつくこともしませんから」
「それはわかっている。ただ、……いや、なんでもない」

 金花の鬼の一面を知ることには、もはや抵抗も怯えもない。ただ、精を食らったという話だけは、きっと正気では聞いていられなくなる。かと言ってその話に触れないようにする自信が俺にはなく、そうであれば最初から訊かないほうがいいに決まっている。

「もしや、過去の男たちのことを気にしているのですか?」
「男……! いや、そうではない。おまえは精を食らわねば生きていけないんだ。だから食事だと思えば、あぁいや、だからそういうことじゃなくてだな」
「前にも言いましたが、好いたお方はあなただけ。たしかに精をもらうために男たちと交わりはしましたが、すぐに飽きてしまうのです。どれも口に合わず、けれど命を繋ぐためには精をもらうしかない。それに首をとるだの何だの騒ぎ立てることに少々腹も立っていました。そんな相手に心を寄せることなど決してありませんよ」

 男たち・・・ということは、どれだけの数と……いや、いまはそんなことに気を取られている場合じゃない。金花も言っているとおりそれはすべて食事、あとは腹立ちまぎれの行為だったのだろう。
 そうだ、俺も最初はそう感じたではないか。男としての、いや武士もののふとしての心を折る手段だと思ったのは正しかったのだ。

「過去の獲物のことなど誰一人覚えていません。いまのわたしの体はカラギのことでいっぱいなのです。カラギの精に満たされ、血に酔い、カラギでなければ息ができないほどに……」

 うっとりとした顔が、すぃと近づいてきた。狩衣姿にもすっかり慣れたが、女房装束のときとはまた違う美しさに惚けそうになる。

(あぁ、金花はなんと美しいのだろうか)

 顔も髪も体も美しく、いつまででも見ていたい、触れていたいと思わせる。

「わたしのすべてはカラギのもの。いつ何時、好きに蹂躙してくれてもかまわないのですよ」

 そうささやきながらニィと笑み、その紅い唇が俺の口に触れた。

「……! 金花、ここは往来だぞ!」
「ふふっ、そんなに顔を赤くして、本当にかわいい方」
「おまえは……!」

 睨む俺を見て笑ってはいるものの、やはりその顔は儚く胸が苦しくなる。金花は俺がとっくに鬼になると決めていることに気づいているのだろう。鬼になった俺が苦しむだろうと考え、そのことに金花のほうが苦しんでいる。それに俺が鬼になりたいと考えるきっかけを自分が与えてしまったのだと思っているに違いない。

(俺は金花を苦しめたいわけじゃない)

 それでも鬼になると決めた。それでもあと一押しほしい。それを俺は鬼の王と敦皇あつおう様に求めている。己一人で決められないのかと笑いたくもなるが、鬼になった先のことを考えるとやはりためらわずにはいられなかった。恐ろしい、しかし鬼になりたい、矛盾した気持ちを振り切るための一押しがほしい。
 俺はこの先もずっと金花と共にありたいと強く願いながら、町の奥にそびえる山を見つめた。
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