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二章 鬼の王に会いて
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「朝餉の用意ができています」
男の声にぱちりと目が覚めた。目覚めはいいほうだが、声をかけられた一瞬で目が覚めたのは初めてだ。それに寝起きだというのに頭はすっきりしていて体も軽い。
(ここは……)
都の屋敷でも東国の屋敷でもない。旅の途中の寺社でもなかった。見たことがない天井にハッと目を見開いた。「そうだ、ここは鬼の王の屋敷だ」と思い出すとともに昨夜の出来事がまざまざと蘇る。
昨夜、鬼の王と敦皇様が交わっている姿を目にしてしまった。覗くつもりはなかったが、あまりの痴態に興奮を抑えられなかった。廊下にうずくまる俺を見つけたのは金花で、「親王様に興奮でもしましたか?」とからかわれ体がカッと熱くなった。気がつけば部屋に戻り金花を押し倒していた。そのまま何度も交わった。何度果てても熱が冷めることはなく、まるで俺自身が鬼の王になったかのように錯覚した。そうして気がつけば朝陽が昇り始めていた。
それなのに体はすっかり元気で、あれほどくたりとしていた金花も何事もなかったかのように身支度を整えている。てきぱきと動く金花を見てから自分の体を見下ろした。
(体を拭った記憶はないんだが……)
金花は途中で意識を失い、最後は俺自身も気を失うように眠った。それなのに体はさっぱりしていて着た覚えのない単衣を身につけている。そのことを金花は不思議に思っていないのか、さっさと着物を整え伸びた黒髪をきゅっと背中で一つ結びにしていた。
「どうかしましたか?」
起きているのに動かないことを不思議に思ったのか、振り返った金花が問いかけてきた。
「あー……、いや、昨夜はその、随分と無茶をしたなと」
「たしかに、いつも以上に逞しく強いものでしたねぇ。やはり親王様に当てられたのでしょうか」
「な、何を馬鹿なことを! そんなことあるわけないだろう!」
「ふふっ、そんなに顔を真っ赤にして、いつまでもかわいい方」
「うるさい!」
ニィと笑う金花をひと睨みしながらも、どうやって身を清めたのだろうかと首を傾げながら単衣を撫でる。
「あぁ、もしかしてその単衣が気になりますか?」
「たしか、俺もそのまま眠ってしまった気がするんだが」
「烏たちが片付けてくれたのでしょう」
「……なんだと?」
「鬼王のことで慣れているでしょうから、精の匂いを嗅ぎつけて片付けてくれたのだと思いますよ」
片付けたというのは、身を清めたり着物を着せたりした、ということだろうか。それをあの烏と呼ばれる面を付けた男が……?
「ふふっ、顔を赤らめたり青ざめたり忙しいこと」
「金花っ」
「烏と言っても鬼王の使いをする面の者たちのことではありません。そうですねぇ、女房たちのような役割のものといったところでしょうか」
「だから気にしなくてもよいのですよ」と言われても無理な話だ。さすがの俺でも、屋敷で女房たちにそんなことまでさせたりはしない。金花と肌を重ねたときは誰も部屋に近づけさせず俺自身で身を清め、着物を駄目にしたときには自ら処分もした。それが、知らぬ間にあれこれされていたのかと思うと……。
「なんということだ」
額を右手で覆いながら唸るような声を出してしまった。
「まぁまぁ、終わったことではありませんか。さぁ、朝餉を頂戴しにいきましょう」
そうだ、ここは鬼の王の屋敷だ。何があってもおかしくはない。無理やりそう思い込んだ俺は、手荒に着物を整えながらもう一度だけ大きなため息をついた。
金花に促されて向かった場所は、昨夜敦皇様たちが交わっていたあの部屋だった。思わず御簾の手前で足を止めてしまったものの、このまま入らないというわけにはいかない。顔をしかめながら部屋に入ったが敦皇様の姿はどこにもなかった。
そのことに心底安堵した。顔を見ればおかしな表情をしてしまったかもしれない。そんな顔を見せればあの敦皇様のこと、どうしたのかと問い詰めてきただろう。「兄に遠慮はいりません」と言われては誤魔化しきれなかったかもしれないと胸を撫で下ろす。そんな俺を見た鬼の王がにやりと笑った。
「彼奴もおまえらに会いたがっていたが、どうにも眠くて起き上がれないらしい」
不意に覗き見た二人の姿を思い出し視線を逸らした。
「おまえらと同じで朝まで交わっていたからなぁ」
「……!」
やはり鬼の王は俺が覗き見ていたことに気づいていたのだ。顔を赤くしながら顔を背け、白湯を一気に飲み干す。それでも忙しなくなった鼓動はなかなか収まることがなく、結局なんともいえない気持ちのまま朝餉を食べることになった。
鬼の王の屋敷をあとにするときも敦皇様は姿を見せなかった。もうお会いすることはないかもしれないと思うと最後に挨拶くらいはと考えたが、姿を見れば昨夜のことを思い出してしまうだろう。それならこのまま顔を合わせないままがよいと思い直す。
「敦皇様にくれぐれもご自愛をと」
俺の言葉に鬼の王が「俺がそばにいるんだ、彼奴は常に元気だ」と答えた。「それはそうでしょうが……」と言ってしまったのは昨夜のことを思い出したからだ。あれだけの行為に耐えられるということは相当頑丈な体だと想像できる。いまさら俺が心配することは何もない。
「いまも別に疲労のせいで寝ているわけじゃない。腹の子のせいでたまにこうなるのだ」
鬼の王の言葉に、思わず鬼の王を凝視してしまった。
(……腹の子、だと?)
いや、昨夜も子がどうと聞いた気がする。あれは聞き間違いではなく俺の勘違いでもなかったということだ。戸惑いながら鬼の王を見つめる俺とは違い、金花は予想していたのか静かに口を開いた。
「やはりそうでしたか。それも棘希の血肉のせいですか」
「だろうよ。俺ほどではないにしろ、それなりに強い鬼ではあったからな。それに棘希も長年俺の精を受けていた。毒の部分も多かったのだろう」
「鬼王の子を生むのが人から転じた鬼とは、これはまた……。いえ、わたしには関係のないことですが」
「おまえは精を受け取る身だ、そういうことはないだろうよ」
そう告げた鬼の王がニィィと笑み深くしながら俺を見る。
「そいつは半鬼だが、鬼より妖魔の力が強く出ているな。おまえ、もはや人と交わることはできぬだろうよ。その精の強さでは人の女などすぐに死んでしまう。あぁ、そういう意味では鬼となったも同然か。ふはは、これはおもしろい!」
「な……っ」
「それでよいのです。カラギはこれからもわたしだけの旦那様なのですから」
「ふはは、ははははは! 何もかもを互いで貪り合うか。いや、これは愉快! 気に入った、おまえらのことは気に留めておいてやろう」
「いいえ、結構です」
心底うんざりしたような顔を鬼の王に向けた金花は、くるりと振り返るとにこりと俺に笑いかけた。そのまま困惑している俺の手を引き、さっさと屋敷の門へと引っ張って行く。そうして門あたりに立っていた烏の「いずれまた……」という言葉を最後まで聞くことなく山道を下り始めた。
帰りは下り坂だからかずんずんと足が進む。いや、足がもつれそうになるほどの速度だからそう感じるだけで、金花がぐぃぐぃと腕を引くからだ。さすがにこれでは麓まで保たないと思い、ぐぃと腕を引っ張り返せばようやく金花の足が止まる。
「おい、何をそんなに急いでいる? それに俺には尋ねたいことが山ほどあるんだ」
ちらりと横目で俺を見た金花が、はぁと小さく息を吐いた。
「ここまで無事に来られたということは、閉じ込めるつもりはなかったということでしょうね」
「閉じ込める? 鬼の王がか?」
「別れ際に気に入ったと言っていたでしょう? 場合によってはと思っただけです。以前、呼ばれて仕方なく都へ行ったときは半年もの間、都から出られませんでしたから」
なるほど、呼び出された挙げ句、閉じ込められたのか。金花はその半年の間に舞楽や雅楽を身につけたのだろう。
「鬼の王とは、よくわからないことをするんだな」
「気まぐれで厄介な、童子のような鬼ですよ」
「童子ならば、まだ人も太刀打ちできただろうがなぁ」
「いいえ、童子のように己に正直だから厄介なのです。興味がわけば手元に置き、飽きれば捨てる。気に入らなければ殺し、おもしろければ生かす。だから攫った上に鬼を食わせたと聞いたときは驚きました。しかもそのままそばに置き続けるとは、頭でも打ったのかと思ったくらいです」
「……敦皇様は、この先も大丈夫なのだろうな?」
俺の問いかけに金花が山道の奥へと目を向けた。
「鬼を食わせたことだけでも本気だということがわかります。それも棘希などという大鬼、それだけ長い間そばに置きたいのでしょう」
「敦皇様は鬼の王と同じくらい生きるのか?」
「いいえ、それは無理でしょうね。鬼王の半分か、それ以下か……自らの血も食わせているようですし、子が生めるならそれなりに生きるかもしれません」
金花の言葉に「そう、そのことだ!」と声を上げた。
「その、子というのは、敦皇様の腹に、あぁ、その、本当に子がいるということなのか? いや、敦皇様は男、そんなことは……。しかし話が本当なら、鬼に転じるとそういうことが起こり得るということだよな? しかも鬼の王の子だ。あぁ、どういうことだ、俺にはさっぱりわからん!」
「そんなに興奮しては疲れますよ?」
「しかし!」
「あなたの問いには答えましょう。だから落ち着いてください。ね?」
「金花、」
「カラギはわたしの大事な旦那様、あなたが知りたいことには答えましょう。鬼のこともですが、わたしの体のことももっとじっくり教えてあげたいと思っていたところですし」
ニィと笑う美しい顔にカッとなった。
「金花! 俺は真面目に話しているのだぞ! それをおまえは……!」
「わたしも真面目に話していますよ? それともカラギはわたしの体のことになど興味はないと、そうおっしゃるのですか?」
眉尻を下げながら悲しそうに言われると「おかしなことを言うな!」と叱ることはできない。それに俺も金花のことは大事に思っているのだ。逆にもしや体に障りがあるのかと心配になってくる。
「俺だっておまえのことは大事に思っている。……やはり体がつらいのか?」
鬼の王の屋敷へ行く前も、そして昨夜も散々っぱら金花の体を貪ってしまった。本人は大丈夫だと言っているが本当はつらいのかもしれない。そうだとすれば今後は自重する必要があるだろう。あれこれ考えながらじっと金花を見る。
「そうですね……近ごろは胸が着物に擦れてじくじくと疼いてしまいます。せっかく頂戴したのにこぼれてしまいそうで不安ですし、なによりカラギのそばにいるだけで体の奥が熱くなくなるのは困ります」
真剣な声に耳を傾けていたが、とんでもない内容にカッと頭に血が上った。
「金花! おまえというやつは、真剣に聞けば淫らなことを……!」
「ふふっ、そんなに怒って、かわいい方」
「~~……っ!」
ニィと笑う金花をいくら睨んだところでまったく効果はない。真面目に話しているというのにどういうことだと憤慨していると優しく抱き寄せられた。そのまま何度も背中を撫でられ、ほんのり漂う伽羅の香りにカッとなっていた頭が段々と落ち着いていく。
「あなたが知りたいことにはきちんと答えます。まずは山を下り、別邸へ戻りましょう。ここでは鬼王の目も耳も近すぎます。これ以上鬼王があなたに興味を持つのは嫌なのです」
俺はおとなしく頷き、二人並んで黙々と山道を下った。ひたすら歩き続けたからか、陽が傾き始める前には荘園にある別邸にたどり着くことができた。
男の声にぱちりと目が覚めた。目覚めはいいほうだが、声をかけられた一瞬で目が覚めたのは初めてだ。それに寝起きだというのに頭はすっきりしていて体も軽い。
(ここは……)
都の屋敷でも東国の屋敷でもない。旅の途中の寺社でもなかった。見たことがない天井にハッと目を見開いた。「そうだ、ここは鬼の王の屋敷だ」と思い出すとともに昨夜の出来事がまざまざと蘇る。
昨夜、鬼の王と敦皇様が交わっている姿を目にしてしまった。覗くつもりはなかったが、あまりの痴態に興奮を抑えられなかった。廊下にうずくまる俺を見つけたのは金花で、「親王様に興奮でもしましたか?」とからかわれ体がカッと熱くなった。気がつけば部屋に戻り金花を押し倒していた。そのまま何度も交わった。何度果てても熱が冷めることはなく、まるで俺自身が鬼の王になったかのように錯覚した。そうして気がつけば朝陽が昇り始めていた。
それなのに体はすっかり元気で、あれほどくたりとしていた金花も何事もなかったかのように身支度を整えている。てきぱきと動く金花を見てから自分の体を見下ろした。
(体を拭った記憶はないんだが……)
金花は途中で意識を失い、最後は俺自身も気を失うように眠った。それなのに体はさっぱりしていて着た覚えのない単衣を身につけている。そのことを金花は不思議に思っていないのか、さっさと着物を整え伸びた黒髪をきゅっと背中で一つ結びにしていた。
「どうかしましたか?」
起きているのに動かないことを不思議に思ったのか、振り返った金花が問いかけてきた。
「あー……、いや、昨夜はその、随分と無茶をしたなと」
「たしかに、いつも以上に逞しく強いものでしたねぇ。やはり親王様に当てられたのでしょうか」
「な、何を馬鹿なことを! そんなことあるわけないだろう!」
「ふふっ、そんなに顔を真っ赤にして、いつまでもかわいい方」
「うるさい!」
ニィと笑う金花をひと睨みしながらも、どうやって身を清めたのだろうかと首を傾げながら単衣を撫でる。
「あぁ、もしかしてその単衣が気になりますか?」
「たしか、俺もそのまま眠ってしまった気がするんだが」
「烏たちが片付けてくれたのでしょう」
「……なんだと?」
「鬼王のことで慣れているでしょうから、精の匂いを嗅ぎつけて片付けてくれたのだと思いますよ」
片付けたというのは、身を清めたり着物を着せたりした、ということだろうか。それをあの烏と呼ばれる面を付けた男が……?
「ふふっ、顔を赤らめたり青ざめたり忙しいこと」
「金花っ」
「烏と言っても鬼王の使いをする面の者たちのことではありません。そうですねぇ、女房たちのような役割のものといったところでしょうか」
「だから気にしなくてもよいのですよ」と言われても無理な話だ。さすがの俺でも、屋敷で女房たちにそんなことまでさせたりはしない。金花と肌を重ねたときは誰も部屋に近づけさせず俺自身で身を清め、着物を駄目にしたときには自ら処分もした。それが、知らぬ間にあれこれされていたのかと思うと……。
「なんということだ」
額を右手で覆いながら唸るような声を出してしまった。
「まぁまぁ、終わったことではありませんか。さぁ、朝餉を頂戴しにいきましょう」
そうだ、ここは鬼の王の屋敷だ。何があってもおかしくはない。無理やりそう思い込んだ俺は、手荒に着物を整えながらもう一度だけ大きなため息をついた。
金花に促されて向かった場所は、昨夜敦皇様たちが交わっていたあの部屋だった。思わず御簾の手前で足を止めてしまったものの、このまま入らないというわけにはいかない。顔をしかめながら部屋に入ったが敦皇様の姿はどこにもなかった。
そのことに心底安堵した。顔を見ればおかしな表情をしてしまったかもしれない。そんな顔を見せればあの敦皇様のこと、どうしたのかと問い詰めてきただろう。「兄に遠慮はいりません」と言われては誤魔化しきれなかったかもしれないと胸を撫で下ろす。そんな俺を見た鬼の王がにやりと笑った。
「彼奴もおまえらに会いたがっていたが、どうにも眠くて起き上がれないらしい」
不意に覗き見た二人の姿を思い出し視線を逸らした。
「おまえらと同じで朝まで交わっていたからなぁ」
「……!」
やはり鬼の王は俺が覗き見ていたことに気づいていたのだ。顔を赤くしながら顔を背け、白湯を一気に飲み干す。それでも忙しなくなった鼓動はなかなか収まることがなく、結局なんともいえない気持ちのまま朝餉を食べることになった。
鬼の王の屋敷をあとにするときも敦皇様は姿を見せなかった。もうお会いすることはないかもしれないと思うと最後に挨拶くらいはと考えたが、姿を見れば昨夜のことを思い出してしまうだろう。それならこのまま顔を合わせないままがよいと思い直す。
「敦皇様にくれぐれもご自愛をと」
俺の言葉に鬼の王が「俺がそばにいるんだ、彼奴は常に元気だ」と答えた。「それはそうでしょうが……」と言ってしまったのは昨夜のことを思い出したからだ。あれだけの行為に耐えられるということは相当頑丈な体だと想像できる。いまさら俺が心配することは何もない。
「いまも別に疲労のせいで寝ているわけじゃない。腹の子のせいでたまにこうなるのだ」
鬼の王の言葉に、思わず鬼の王を凝視してしまった。
(……腹の子、だと?)
いや、昨夜も子がどうと聞いた気がする。あれは聞き間違いではなく俺の勘違いでもなかったということだ。戸惑いながら鬼の王を見つめる俺とは違い、金花は予想していたのか静かに口を開いた。
「やはりそうでしたか。それも棘希の血肉のせいですか」
「だろうよ。俺ほどではないにしろ、それなりに強い鬼ではあったからな。それに棘希も長年俺の精を受けていた。毒の部分も多かったのだろう」
「鬼王の子を生むのが人から転じた鬼とは、これはまた……。いえ、わたしには関係のないことですが」
「おまえは精を受け取る身だ、そういうことはないだろうよ」
そう告げた鬼の王がニィィと笑み深くしながら俺を見る。
「そいつは半鬼だが、鬼より妖魔の力が強く出ているな。おまえ、もはや人と交わることはできぬだろうよ。その精の強さでは人の女などすぐに死んでしまう。あぁ、そういう意味では鬼となったも同然か。ふはは、これはおもしろい!」
「な……っ」
「それでよいのです。カラギはこれからもわたしだけの旦那様なのですから」
「ふはは、ははははは! 何もかもを互いで貪り合うか。いや、これは愉快! 気に入った、おまえらのことは気に留めておいてやろう」
「いいえ、結構です」
心底うんざりしたような顔を鬼の王に向けた金花は、くるりと振り返るとにこりと俺に笑いかけた。そのまま困惑している俺の手を引き、さっさと屋敷の門へと引っ張って行く。そうして門あたりに立っていた烏の「いずれまた……」という言葉を最後まで聞くことなく山道を下り始めた。
帰りは下り坂だからかずんずんと足が進む。いや、足がもつれそうになるほどの速度だからそう感じるだけで、金花がぐぃぐぃと腕を引くからだ。さすがにこれでは麓まで保たないと思い、ぐぃと腕を引っ張り返せばようやく金花の足が止まる。
「おい、何をそんなに急いでいる? それに俺には尋ねたいことが山ほどあるんだ」
ちらりと横目で俺を見た金花が、はぁと小さく息を吐いた。
「ここまで無事に来られたということは、閉じ込めるつもりはなかったということでしょうね」
「閉じ込める? 鬼の王がか?」
「別れ際に気に入ったと言っていたでしょう? 場合によってはと思っただけです。以前、呼ばれて仕方なく都へ行ったときは半年もの間、都から出られませんでしたから」
なるほど、呼び出された挙げ句、閉じ込められたのか。金花はその半年の間に舞楽や雅楽を身につけたのだろう。
「鬼の王とは、よくわからないことをするんだな」
「気まぐれで厄介な、童子のような鬼ですよ」
「童子ならば、まだ人も太刀打ちできただろうがなぁ」
「いいえ、童子のように己に正直だから厄介なのです。興味がわけば手元に置き、飽きれば捨てる。気に入らなければ殺し、おもしろければ生かす。だから攫った上に鬼を食わせたと聞いたときは驚きました。しかもそのままそばに置き続けるとは、頭でも打ったのかと思ったくらいです」
「……敦皇様は、この先も大丈夫なのだろうな?」
俺の問いかけに金花が山道の奥へと目を向けた。
「鬼を食わせたことだけでも本気だということがわかります。それも棘希などという大鬼、それだけ長い間そばに置きたいのでしょう」
「敦皇様は鬼の王と同じくらい生きるのか?」
「いいえ、それは無理でしょうね。鬼王の半分か、それ以下か……自らの血も食わせているようですし、子が生めるならそれなりに生きるかもしれません」
金花の言葉に「そう、そのことだ!」と声を上げた。
「その、子というのは、敦皇様の腹に、あぁ、その、本当に子がいるということなのか? いや、敦皇様は男、そんなことは……。しかし話が本当なら、鬼に転じるとそういうことが起こり得るということだよな? しかも鬼の王の子だ。あぁ、どういうことだ、俺にはさっぱりわからん!」
「そんなに興奮しては疲れますよ?」
「しかし!」
「あなたの問いには答えましょう。だから落ち着いてください。ね?」
「金花、」
「カラギはわたしの大事な旦那様、あなたが知りたいことには答えましょう。鬼のこともですが、わたしの体のことももっとじっくり教えてあげたいと思っていたところですし」
ニィと笑う美しい顔にカッとなった。
「金花! 俺は真面目に話しているのだぞ! それをおまえは……!」
「わたしも真面目に話していますよ? それともカラギはわたしの体のことになど興味はないと、そうおっしゃるのですか?」
眉尻を下げながら悲しそうに言われると「おかしなことを言うな!」と叱ることはできない。それに俺も金花のことは大事に思っているのだ。逆にもしや体に障りがあるのかと心配になってくる。
「俺だっておまえのことは大事に思っている。……やはり体がつらいのか?」
鬼の王の屋敷へ行く前も、そして昨夜も散々っぱら金花の体を貪ってしまった。本人は大丈夫だと言っているが本当はつらいのかもしれない。そうだとすれば今後は自重する必要があるだろう。あれこれ考えながらじっと金花を見る。
「そうですね……近ごろは胸が着物に擦れてじくじくと疼いてしまいます。せっかく頂戴したのにこぼれてしまいそうで不安ですし、なによりカラギのそばにいるだけで体の奥が熱くなくなるのは困ります」
真剣な声に耳を傾けていたが、とんでもない内容にカッと頭に血が上った。
「金花! おまえというやつは、真剣に聞けば淫らなことを……!」
「ふふっ、そんなに怒って、かわいい方」
「~~……っ!」
ニィと笑う金花をいくら睨んだところでまったく効果はない。真面目に話しているというのにどういうことだと憤慨していると優しく抱き寄せられた。そのまま何度も背中を撫でられ、ほんのり漂う伽羅の香りにカッとなっていた頭が段々と落ち着いていく。
「あなたが知りたいことにはきちんと答えます。まずは山を下り、別邸へ戻りましょう。ここでは鬼王の目も耳も近すぎます。これ以上鬼王があなたに興味を持つのは嫌なのです」
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