公達は淫らな美鬼を腕に抱く

朏猫(ミカヅキネコ)

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二章 鬼の王に会いて

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 時折りごとりと音を立てる牛車の中は、まるで夜更けのように静かだった。やましい気持ちがなくても気まずさはあるため、金花に言葉をかけることができない。
 いま俺は六条殿の屋敷へと向かっている。宴の席の用意を始めていると兄上に聞き、その前に直接断りを入れに行くほうがいいだろうと思ってのことだ。そうしなければ宴席で断ることになり、場を大いに凍りつかせてしまう。六条殿や姫君に恥をかかせることは俺の本意ではなかった。それなら事前に直接会って説得し、六条殿のほうから断ったことにしてもらうのがよいと考えた。

(そう思って手土産の菓子も用意したわけだが……)

 俺の隣には金花が座っている。さすがに金花を連れて行くのはどうかと思い、屋敷で待っているように何度も話した。しかし「妹に・・そばにいるように言われていますから」とにこりと微笑まれては駄目だと言い続けるのは難しい。
 屋敷での金花は俺の家人けにん、いや乳兄弟かというほどの扱いを受けるようになっている。おかげで常にそばにいても不思議がられないのはありがたいが、婿入りを断りに行くときにまでついてこられるのはさすがに気まずい。

「わたしのことはお気になさらず。牛車の中で待っていますので」
「あぁ、うん」

 何と答えればよいのかわからず、間の抜けた返事しかできなかった。いつもならこんな俺に「かわいい方」とかなんとか言ってからかうのに、金花のほうも今日はやけに静かにしている。
 牛車がごとりと音を立てて止まった。どうやら六条殿の屋敷に到着したらしい。ここからは俺の戦いであり決して負けることは許されない。いざ行かんと前簾まえすだれに手をかけたところで、その手に金花の白い手が重なった。

「がんばってくださいね」
「俺は絶対に断る。そのためにわざわざ来たんだからな」
「ふふっ、信じていますとも」

 ふわりとした金花の笑みにようやく気まずさも収まり、「いざ参らん」と改めて気合いを入れ直した。

(……と、気合い十分だったのだが)

 どうやら気合いは必要なかったようだとため息をつく。

「わたくしも結婚するつもりはないのよ」
「そうでしたか」
「お父様にもそうお伝えしているし、お父様だって結婚は早いと言っているの」
「なるほど」
「それなのにこうして話が進んでいるなんて嫌だわ」

 御簾の向こうからまだ幼さの残る、しかしはっきりとものを言う少女の声が聞こえる。まさか直接姫君に会うことになるとは思わなかったが、なぜか出迎えに現れた六条殿は「姫が会いたいと言ってきかなくてね」と言いながら奥の部屋まで案内してくれた。

(この姫なら六条殿が押し切られても仕方がないか)

 聞いていたとおり六条殿は穏やかな性格の人物だった。部屋に到着するまでの少しの時間しか接していないが、言葉の端々から姫君への愛情も十分伺えた。それなのに御簾越しとはいえ俺が対面するのをなぜ許すのだろうかと訝しんだが、この姫ならと納得する。六条殿が最後に浮かべた苦笑の意味がなんとなくわかった。

(元気な姫君というか、物怖じしないというか)

 おそらく変わった姫君と言われているに違いない。そういう姫君なら、同じ変わり者の俺をあてがうのにちょうどよいと兄上は考えたのだろう。

「それに唐多千からたちの君様の奥方様は、世にも稀な美しい人だって聞いたわ。そんな美人の奥方様と比べられるのなんて、絶対に嫌!」

 幼いゆえなのか生来の気性なのか、言いにくいことさえきっぱりと言う姫君だなとある意味感心する。俺は気持ちの良い姫君だと好感を持つが、六条殿にはかわいくも頭の痛い姫君なのだろうなぁと心中を察した。

「わたくしは好いた方と結婚したいの。この方でなくては駄目というくらいの方と結婚したい。だって結婚したら一生添い遂げるのでしょう? だったら、お相手は死ぬまで一緒にいたいと思うくらい好いた方がいいわ」
「俺もそう思います。心底好いた相手と結ばれることほど嬉しいことはない」
「まぁ、やっぱり!」

 ぱちんと手を叩いて姫君が声を上げた。

「女房たちが、唐多千からたちの君様は旅先で心底好いた方を見つけて、どうしても奥方にしたいと願って都まで連れ帰ったと言っていたのだけれど本当だったのね! あぁ、なんて素敵なお話かしら」

 そういうつもりで金花を連れ帰ったわけではなかったが、結果的にはそうなったのだから間違いではない。だが、そんな話が六条殿の屋敷でも噂されていることに驚いた。さすがは都の女房たち、噂話が好きで瞬く間に話が広まるというのは本当らしい。

「やっぱり唐多千からたちの君様と結婚するのは嫌だわ。心底好いた方との間に入り込むなんて、お邪魔虫じゃないの。お父様には断っていただくわ」
「そうしていただけると俺としてもありがたいです」

 これなら何とかなりそうだと安堵したとき、御簾の奥でひそひそと誰かの声が聞こえてきた。姫君付きの女房だろうが、もしかして六条殿に何か言いつけられているのかもしれない。
 姫君の話では六条殿自身もこの結婚に乗り気ではないとのことだが、大納言を務めるほどの人物だ。内心では関白家との縁をほしがっていたとしてもおかしくない。引き止められたらどうしようか、そんなことを考えていると「あら、そうなの」という姫君の声がした。

「それは面倒だこと」
「姫君?」
唐多千からたちの君様、本当はすぐにでも関白様にお断りしたいのだけれど、それでは少し具合が悪いそうなの」
「どういうことですか?」
「関白様はこのお話にとても乗り気で、お父様が何度お断りしても諦めてくださらなかったの。だからいまお断りしても、一度会っただけではお互いのことはわからないだろう、そうおっしゃるに違いないって女房が」

 兄上ならそんなことを言いそうな気がする。一度会ったくらいで諦めるな、何度も会ってこそだろう。そんなことを言って俺をこちらに通わせ、気がついたら婿入りが成立していたなんてことになりかねない。

「それは困りましたね」
「大丈夫よ!」

 やけに明るい姫君の声は自信に満ちていた。

「何度か通っていただいた結果、やっぱり駄目でしたとお断りすればいいのよ。それなら関白様も無理はおっしゃらないわ」
「あー、しかしそれでも、おそらく兄は納得しないかと……」

 納得しないどころか、通っているのだから婚姻成立だと手を叩いて喜ぶだろう。しかし姫君は「大丈夫よ!」と、またもや力強く言い切った。

「もう少ししたら、お父様が帝にお会いになるの。年明けからの宮中行事や舞楽のお話をされるのでしょうけれど、きっとわたくしのことも話題に出るに違いないわ。そこでお父様に婚姻は無理だとお話していただくのよ」

 舞楽の師である六条殿であれば、直接帝に娘の婚姻について話す機会もあるだろう。そこで手を打てば、たしかに俺との婚姻を止めることができるかもしれない。
 なるほどと思うと同時に、幼さの残る姫君だと思ったがなんとも強かなことを考えるものだと感心した。女房の入れ知恵もあるのかもしれないが、どういうことか理解したうえで話しているのは声でわかる。

「六条殿はこのことをご存知なのですか?」
「わたくしの好きなようにすればいいとおっしゃってくださったわ。だから、わたくしがお願いすれば否とはおっしゃらないの」

 なるほど、六条殿もご存知であれば問題ない。もしかすると六条殿が考え、それを女房に囁き姫君に伝わった案なのかもしれない。
 しかし、六条殿からすれば関白家との繋がりは本来ほしいもののはず。それをいくら娘が嫌がっているからといって「はい、そうですか」と納得するものだろうか。そんな疑問が浮かんだ俺の耳に、先ほどよりも小さな囁くような声が聞こえてきた。

「……本当はね、わたくし、思っている方がいるの」
「はい?」
「最初は許嫁だからと仕方なく会っていたのだけれど、いつの間にかお慕いするようになっていたの。……でも、その方とは結婚できなくなってしまったわ」

 これまでと違い、あまりに寂しそうな声に深く尋ねることは憚られた。
 こうして姫君との初対面は終わり、六条殿に再び先導されて帰ることになった。最後の姫君の言葉が気になり、失礼かとは思いつつも姫君の許嫁について訊ねてみる。

「あぁ、姫がそんなことを……」
「立ち入ったことを聞いてしまい、申し訳ありません」
「いや、よいのです。姫はよほど好いていたのでしょうね。あんな姫ではありますが、あちらも随分とよくしてくれていたのですよ。これはよい縁談だとわたしも喜んでいたのですがね」
「何かあったのですか?」

 六条殿が足を止め、ふぅとため息をつきながら庭先に視線を移した。

「姫の許嫁は、二条殿のご子息だったのですよ」

 二条殿の……それですべてを察することができた。二条殿と呼ばれるのは先の関白で、亡き父上の弟にあたる方だ。父上亡きあと関白となったが、兄上が右大臣になっても職を辞することなく関白としての地位に就き続けた。
 亡き父上との約束では、兄上が右大臣をしばらく務めたのちに関白職を譲るという話だったようだが、実際にその地位に就いたら退くのが惜しくなったのだろう。何年経っても兄上は関白に就くことができず、叔父が関白の座に居座り続けることになった。
 なかなか関白を譲らない叔父に焦れた兄上や心配する母上の様子を見ていた俺は、これ以上時間が経っては厄介だと考えた。数代前の先祖はこうした諍いが続いた結果、一族内で互いを蹴落とし合うことになってしまった。それが巡り巡って敦皇あつおう様のことにも繋がっている。
 俺は鬼退治の褒美として兄上に関白職をと帝に願い、その願いは見事叶えられた。結果兄上は関白になったが二条殿は朝廷から退くことになり、いまは別邸で静かに暮らしていると聞いている。
 その二条殿のご子息が許嫁だったとしたら、俺は二条殿を都から追いやった関白の弟、姫君と許嫁の結婚を壊した男の弟ということになる。

(なるほど、それでは結婚したくない気持ちにもなるだろうな)

 関白家との繋がりよりも心情が上回ってしまっても仕方がない。こうして穏やかに接してくれるのは俺が朝廷や御所のことに興味がなく、この婿入りの話にも関わっていないとわかっているからかもしれない。

「俺は姫君の気持ちを尊重します。なんとしても兄上には諦めてもらいます」

 そう告げると、六条殿は安堵したような笑みを浮かべた。
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