私はヒロインを辞められなかった……。

【閑話】 シュヴァルツ視点 世話がやけるお姫様

　オレは宣言する。

「システィーナ・ラ・ロベルタ二ア。貴様との婚約を破棄する！」

　遂に言ってしまったな。これでシスティーナとの関係も終わりだ。システィーナ、オレは貴様のことを愛することができなかった。貴様はつまらない、人形のような奴だ。貴族令嬢のお手本のような言動。何もかも予想通り過ぎてつまらない。大してオレを愛してもいないクセに、上辺だけ愛の言葉などオレには響かない。貴様は、親にオレを愛するように言われて従っているだけの操り人形にすぎない。オレに人形を愛する趣味はないのだ。

　その時、視界の端に影が過った。反射的にオレに迫る影を掴む。

　影の正体はマリアベルの右手だった。オレを叩こうとした？マリアベルが？何故だ？

　マリアベルは、自分のしでかした事に驚いているように固まっている。意識してのことではない？マリアベルは自分でもよく分かってなさそうな顔をしている。分からんな。だが、面白い。

　マリアベルは面白い女だ。まるで神託を受けた巫女の様に未来を的中させたかと思えば、童女の様に屈託なく笑いかけてくる。

　オレにとって周りの貴族の態度は、酷く分かりやすく、予想の範囲を越えない退屈なものだ。皆己の利益しか考えない醜い動物に過ぎない。幼少期からそんな奴らに囲まれて、オレの見る世界は酷く色褪せたものに成り下がった。

　そんな世界に色を取り戻してくれたのがマリアベルだ。彼女は一般的な貴族令嬢とはかけ離れた存在だ。マリアベルは己の利益など考えず、自分が不幸になってまでオレとヴァイスの仲を取り持ってくれた。その行動は奇想天外で、度々オレの予想を裏切ってきた。そこが良い、次は何をしでかすのかとドキドキさせてくれる。気が付けば、オレはマリアベルの事を考え、目で追うようになっていた。

　だが、今回は少々オイタが過ぎたな。

　これだけたくさんの貴族の前で、王族に手を上げる？控え目に言っても大問題だ。もう目敏い一部の貴族はマリアベルの暴挙に気が付いている。これはマズイな。どうにかして話題を逸らさねば。そうだな、この手を使うか。これならマリアベルへのお仕置きにも丁度良い。

　オレはマリアベルを抱き寄せた。間近で見るマリアベルのライトグリーンの大きな瞳はキラキラと輝き、まるで宝石の様だ。目元が少し赤くなっているのは、きっと涙を流したからだろう。コイツは突拍子も無い行動をするクセに、自分に自信が無いところがあるからな。自分から身を引いたのに、並んで歩くオレとシスティーナを見て泣いていたのだろう。結構可愛いところがある。

「ん…」

　オレはマリアベルに吸い寄せられる様に唇を重ねた。

「まあ！？」

「そんな！？」

「なんという！？」

　貴族達が驚きの悲鳴を上げる。これだけインパクトのあることをしたんだ。先程マリアベルがオレに手を上げた事など忘れているだろう。まったく、世話の焼けるお姫様だ。

　ペロン。

　まぁ、これぐらいの役得があっても良いだろ？