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082 花束
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そんなこんなで翌日の朝。オレは学生服を着て学園の馬車乗り場に来ていた。
服をどうしようか迷ったけど、オレは学生服以上に立派な服を持っていなかったのだ。仕方ないね。
学園では、事前に予約すれば馬車を御者ごと貸してくれるサービスがある。
連休中だから、馬車を予約できるか不安だったが、たいていの貴族は自分の家の馬車を使うので余裕があったのか、すんなり予約することができた。
「どちらまで向かわれますか?」
「ブラシェール伯爵の屋敷まで」
「かしこまりました」
御者は品のよさそうなおじいちゃんだった。なんとなく、オレに神聖魔法を手ほどきしてくれたシリルのことを思い出す。
シリルか。教会に所属しているヴィアラット領唯一の神官だ。そういえば、教会がシリルの代わりに新しい神官を派遣するなんて話があったけど、あれはどうなったんだろうな?
もしかしたら、オレがヴィアラット領に帰る頃には、シリルではなく別の神官が着任しているかもしれない。
そんなことをつらつら考えながら、窓の外に流れる景色を見ている。貴族街を進んでいるからか、どれも立派な屋敷ばかりが並んでいた。
ヴィアラット男爵家も領地に屋敷はあるが、こんなに立派ではないし、洗練されてもいない。というか、ボロボロなんだよなぁ。地震に一度も遭わなかったからまだ建っているという感じだ。隙間風もひどいし、オレの代で建て直す必要があるだろう。もっとお金を稼がないとな。
とはいえ、オレにはいざという時のヴァネッサがある。ヴァネッサは移動手段として確保したのだが、その中は水道や電気完備のハイテク戦艦だ。トイレやシャワー室、調理室はもちろん、部屋の数もかなりあるのでいざとなったらヴァネッサに住むのがいいかもしれない。
「到着いたしました」
考え事をしていたら、いつの間にかブラシェール伯爵の屋敷に着いていたらしい。
「ありがとう。助かったよ」
御者のおじいちゃんが開けてくれたドアから降りると、周りの屋敷よりも立派なブラシェール伯爵邸が見えた。
「いえいえ、とんでもございません。では、失礼いたします」
学園の紋章が付いた馬車を見送り、オレはすぐにブラシェール伯爵邸の門をくぐった。
「アベル様、ようこそいらっしゃいました」
学園の正服を着ているからか、それともシャルリーヌが事前に話を通してくれたのか、オレは門番に呼び止められることもなく、すぐに三十代くらいの渋い男性使用人に出迎えられた。
その時、屋敷の方に若い使用人が走っていったのは、たぶんオレの到着を知らせに行ってくれたのだろう。
「こちらでございます」
「ああ」
男性使用人に案内されて、オレはブラシェール伯爵邸の庭の中へと入っていく。いったいどれくらい広いのかわからなかったが、庭はかなり広かった。
「今はこちらのお花がちょうど見頃を迎えました」
「へー」
男性使用人が庭の花や木を案内してくれる。たしかに、目の前の白い百合のような花は満開を迎えていて一際美しかった。
その時、男性使用人がハサミを取り出し、花を摘んでいく。勝手にこんなことしてもいいんだろうか?
驚いていると、男性使用人が黒い燕尾服のポケットから布と紐を取り出す。そして、あっという間に花束を作ってしまう。
「よろしければ、こちらをどうぞ」
「え?」
貴族の常識に疎いオレだが、相手に花を贈ることの意味は知っている。相手に好意を伝えるためだ。
この白い花の花言葉がわかればもっと深くわかるのだが、あいにくとオレはこの花の名前すら知らない。
だが、わかることもある。
この三十代の男性使用人は、オレに好意を持っているということだ。
「えー……」
たしかに、かっこいいおじ様だと思うよ? 花束を用意する手際なんて、正直惚れ惚れするほどだった。
だが……。
「すまない。オレにはシャルリーヌがいるから……」
「はい?」
「ッ!?」
オレとしては穏便に断ろうとしたら、おじさまはきょとんとした顔でオレを見てきた。
こいつ、承知の上だということか!? シャルリーヌからオレを略奪しようとしている!?
思えば、このおじ様はブラシェール伯爵家の使用人だ。オレとシャルリーヌが婚約していることなど、とっくに知っているだろう。
つまりこいつは、すべてを知った上でオレに花束を贈っているというわけだ。
こえーよ!
その時、おじ様が柔和な笑顔を浮かべて口を開く。
その柔和な笑顔が怖い!
「よろしければ、シャルリーヌお嬢様にお贈りください。きっと喜ばれますよ」
「ふえ……?」
その時、オレはとんでもない勘違いをしていたことに気が付く。
「そういうことか……」
つまりこのおじ様は、手ぶらで婚約者の家にやって来たオレに花束というアイテムを授けようとしているのだ。
めっちゃいい奴じゃないか!
というか、贈り物という発想がまったく浮かばなかった自分自身の恋愛偏差値の低さに絶望しそうだ。
「あ、ありがとう……」
「もったいないお言葉でございます。では、参りましょう。こちらでございます」
おじ様は笑顔で頷くと、今度はブラシェール伯爵邸の玄関へと歩き出す。
かっけー……!
オレも将来、こんな素敵なおじ様のような大人になりたいものだ。
服をどうしようか迷ったけど、オレは学生服以上に立派な服を持っていなかったのだ。仕方ないね。
学園では、事前に予約すれば馬車を御者ごと貸してくれるサービスがある。
連休中だから、馬車を予約できるか不安だったが、たいていの貴族は自分の家の馬車を使うので余裕があったのか、すんなり予約することができた。
「どちらまで向かわれますか?」
「ブラシェール伯爵の屋敷まで」
「かしこまりました」
御者は品のよさそうなおじいちゃんだった。なんとなく、オレに神聖魔法を手ほどきしてくれたシリルのことを思い出す。
シリルか。教会に所属しているヴィアラット領唯一の神官だ。そういえば、教会がシリルの代わりに新しい神官を派遣するなんて話があったけど、あれはどうなったんだろうな?
もしかしたら、オレがヴィアラット領に帰る頃には、シリルではなく別の神官が着任しているかもしれない。
そんなことをつらつら考えながら、窓の外に流れる景色を見ている。貴族街を進んでいるからか、どれも立派な屋敷ばかりが並んでいた。
ヴィアラット男爵家も領地に屋敷はあるが、こんなに立派ではないし、洗練されてもいない。というか、ボロボロなんだよなぁ。地震に一度も遭わなかったからまだ建っているという感じだ。隙間風もひどいし、オレの代で建て直す必要があるだろう。もっとお金を稼がないとな。
とはいえ、オレにはいざという時のヴァネッサがある。ヴァネッサは移動手段として確保したのだが、その中は水道や電気完備のハイテク戦艦だ。トイレやシャワー室、調理室はもちろん、部屋の数もかなりあるのでいざとなったらヴァネッサに住むのがいいかもしれない。
「到着いたしました」
考え事をしていたら、いつの間にかブラシェール伯爵の屋敷に着いていたらしい。
「ありがとう。助かったよ」
御者のおじいちゃんが開けてくれたドアから降りると、周りの屋敷よりも立派なブラシェール伯爵邸が見えた。
「いえいえ、とんでもございません。では、失礼いたします」
学園の紋章が付いた馬車を見送り、オレはすぐにブラシェール伯爵邸の門をくぐった。
「アベル様、ようこそいらっしゃいました」
学園の正服を着ているからか、それともシャルリーヌが事前に話を通してくれたのか、オレは門番に呼び止められることもなく、すぐに三十代くらいの渋い男性使用人に出迎えられた。
その時、屋敷の方に若い使用人が走っていったのは、たぶんオレの到着を知らせに行ってくれたのだろう。
「こちらでございます」
「ああ」
男性使用人に案内されて、オレはブラシェール伯爵邸の庭の中へと入っていく。いったいどれくらい広いのかわからなかったが、庭はかなり広かった。
「今はこちらのお花がちょうど見頃を迎えました」
「へー」
男性使用人が庭の花や木を案内してくれる。たしかに、目の前の白い百合のような花は満開を迎えていて一際美しかった。
その時、男性使用人がハサミを取り出し、花を摘んでいく。勝手にこんなことしてもいいんだろうか?
驚いていると、男性使用人が黒い燕尾服のポケットから布と紐を取り出す。そして、あっという間に花束を作ってしまう。
「よろしければ、こちらをどうぞ」
「え?」
貴族の常識に疎いオレだが、相手に花を贈ることの意味は知っている。相手に好意を伝えるためだ。
この白い花の花言葉がわかればもっと深くわかるのだが、あいにくとオレはこの花の名前すら知らない。
だが、わかることもある。
この三十代の男性使用人は、オレに好意を持っているということだ。
「えー……」
たしかに、かっこいいおじ様だと思うよ? 花束を用意する手際なんて、正直惚れ惚れするほどだった。
だが……。
「すまない。オレにはシャルリーヌがいるから……」
「はい?」
「ッ!?」
オレとしては穏便に断ろうとしたら、おじさまはきょとんとした顔でオレを見てきた。
こいつ、承知の上だということか!? シャルリーヌからオレを略奪しようとしている!?
思えば、このおじ様はブラシェール伯爵家の使用人だ。オレとシャルリーヌが婚約していることなど、とっくに知っているだろう。
つまりこいつは、すべてを知った上でオレに花束を贈っているというわけだ。
こえーよ!
その時、おじ様が柔和な笑顔を浮かべて口を開く。
その柔和な笑顔が怖い!
「よろしければ、シャルリーヌお嬢様にお贈りください。きっと喜ばれますよ」
「ふえ……?」
その時、オレはとんでもない勘違いをしていたことに気が付く。
「そういうことか……」
つまりこのおじ様は、手ぶらで婚約者の家にやって来たオレに花束というアイテムを授けようとしているのだ。
めっちゃいい奴じゃないか!
というか、贈り物という発想がまったく浮かばなかった自分自身の恋愛偏差値の低さに絶望しそうだ。
「あ、ありがとう……」
「もったいないお言葉でございます。では、参りましょう。こちらでございます」
おじ様は笑顔で頷くと、今度はブラシェール伯爵邸の玄関へと歩き出す。
かっけー……!
オレも将来、こんな素敵なおじ様のような大人になりたいものだ。
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