99 / 117
099 ガストン・ヴィアラット
しおりを挟む
「もう、そんなに心配しないでください。このくらいなら平気ですわ」
そう言うアポリーヌのお腹は、服の上からでもわかるくらい丸く膨らんでいた。中に子どもがいるのだ。ワシとアポリーヌの子が。
アポリーヌは、アベルを産んだ翌年にも身籠ったのだが、残念なことに死産であった。あれ以来、アポリーヌが妊娠することはなかったからもう半ば以上諦めていたのだが、アポリーヌは身籠ってくれた。よくやったと大声でアポリーヌを称えたい気分だ。
アポリーヌも長い間子ができなかったことを気にしていた。離縁してほしい、それがダメなら愛人を作ってほしいと言われたこともあるくらいだ。
まぁ、ワシは断ったが。
当然だろう? ワシが愛しておるのはアポリーヌただ一人だからな。
だが、長年の夢がようやく叶ったのだ。また死産ということになってはアポリーヌが悲しむ。
「大事にしなくてはいかんぞ? もう一人の体ではないのだからな」
「でも、早くあなたに会いたくて」
嬉しいことを言ってくれる。何年連れ添っても、未だに純な生娘のようなところがあるアポリーヌが愛おしくて堪らない。思えば、アポリーヌがいたからこそ、ワシは辛い時も耐えられたのだろう。そういう意味でもワシはアポリーヌに感謝している。
「では、中に入ろうか」
「はい」
ワシは慣れた手つきでアポリーヌの腰に手を回すと、ゆっくりと歩き出す。
「アポリーヌ、もう少し待ってていてくれ。エタンから収支報告を聞かねばならん」
「はい……。では、居間でお待ちしております」
「そうしてくれ。温かくするのだぞ?」
「はい。あ! そういえばあなたにお手紙が来ていましたよ。ダルセー辺境伯様からです」
「辺境伯からか……」
思わず苦い顔になったのが自分でもわかる。
「また借金返済の催促でしょうか? 飛空艇の譲渡要求でしょうか?」
「わからん。アポリーヌは気にしなくていいぞ。借金は返しているし、飛空艇も譲るつもりはない。なにも心配することはない」
「はい……」
アポリーヌから手紙を受け取ると、ワシはアポリーヌと別れるとエタンを待たせている応接間へと急いだ。
応接間のドアを開くと、すぐに壁に飾られた鹿の剥製と目が合う。他にも熊などの毛皮などで飾られたそこそこの広さの部屋。ここが精いっぱい飾り付けたヴィアラット自慢の応接間だ。
「すまん、待たせたな」
「いえいえ。とんでもございません」
「すまんついでにもうちょっと待ってくれ。辺境伯からの手紙を読まねばならん」
ワシはエタンの向かいの席にどっかり座ると、ワシはさっそく封筒の封蝋を割り、手紙を取り出す。
「ふむ……」
手紙の中身は、とにかくダルセー辺境伯の屋敷に顔を出せの一点張りだった。いつものような過剰に装飾された挨拶文などはなく、伯爵本人が書いたと思しき走り書きだけだった。
今までこんなことはなかったのだが……。何が狙いだ? やはり、飛空艇か?
「行くしかないか……。待たせたな、エタン」
「もうよろしいのですか?」
「ああ」
もう夕方だ。ダルセー辺境伯に会うのは明日でもいいだろう。
わからないことをあれこれ考えても仕方がない。それよりも、エタンの報告の方が気になる。
「報告してくれ」
「かしこまりました。今回の収支はトントンくらいです。いつものように物々交換が主でして、仕入れた物を売れば多少の儲けは出るかと」
「どのくらいだ?」
「金貨にして七枚ほどの予定です」
「素晴らしい」
さすがエタンだな。たった一日で金貨七枚も稼ぐとは。
まぁ、ここからエタンや今回航空戦闘団に参加した者たちの給料が出るので、ワシにはあまり残らんがな。
人によっては、飛空艇を一日使って金貨七枚しか稼げないワシの商才を嗤うだろう。
だが、ワシが嗤われるだけで辺境が助かるのならば、いくらでも嗤えばいい。
ワシだって、もっと大々的に貿易すれば大きな儲けが出ることなどわかっている。
だが、ワシが、ヴィアラットだけが儲けても意味がない。ワシは辺境全体で豊かになりたいのだ。
しかし、金貨七枚分も稼いだとなると、ビュルル男爵領は大丈夫なのか?
「取り過ぎていないだろうな?」
「大丈夫でございます。輸送代がかからない分、ビュルル男爵領の皆様も普段よりも安く取引ができたと自負しております」
「なるほどな」
「男爵様、私は考えを改めたのです」
「そうなのか?」
「はい。今までの私は、自分が儲けることだけを考えていました。おぞましいことですが、そのためならば他人など踏みつけていいと本気で思っていたのです。ですが、男爵様にお会いして、私は自分が恥ずかしくなりました。私も辺境の生まれです。この地が豊かになるのは、私の望みでもあります。私も男爵様の夢に協力させてください」
そう言うエタンの顔には、透明な澄み切った笑顔が浮かんでいた。
エタンとは最初の頃こそよく意見の衝突していたが……。最近は衝突もない。そのことを不思議に思っていたが、そういうことだったのか。
そう言うアポリーヌのお腹は、服の上からでもわかるくらい丸く膨らんでいた。中に子どもがいるのだ。ワシとアポリーヌの子が。
アポリーヌは、アベルを産んだ翌年にも身籠ったのだが、残念なことに死産であった。あれ以来、アポリーヌが妊娠することはなかったからもう半ば以上諦めていたのだが、アポリーヌは身籠ってくれた。よくやったと大声でアポリーヌを称えたい気分だ。
アポリーヌも長い間子ができなかったことを気にしていた。離縁してほしい、それがダメなら愛人を作ってほしいと言われたこともあるくらいだ。
まぁ、ワシは断ったが。
当然だろう? ワシが愛しておるのはアポリーヌただ一人だからな。
だが、長年の夢がようやく叶ったのだ。また死産ということになってはアポリーヌが悲しむ。
「大事にしなくてはいかんぞ? もう一人の体ではないのだからな」
「でも、早くあなたに会いたくて」
嬉しいことを言ってくれる。何年連れ添っても、未だに純な生娘のようなところがあるアポリーヌが愛おしくて堪らない。思えば、アポリーヌがいたからこそ、ワシは辛い時も耐えられたのだろう。そういう意味でもワシはアポリーヌに感謝している。
「では、中に入ろうか」
「はい」
ワシは慣れた手つきでアポリーヌの腰に手を回すと、ゆっくりと歩き出す。
「アポリーヌ、もう少し待ってていてくれ。エタンから収支報告を聞かねばならん」
「はい……。では、居間でお待ちしております」
「そうしてくれ。温かくするのだぞ?」
「はい。あ! そういえばあなたにお手紙が来ていましたよ。ダルセー辺境伯様からです」
「辺境伯からか……」
思わず苦い顔になったのが自分でもわかる。
「また借金返済の催促でしょうか? 飛空艇の譲渡要求でしょうか?」
「わからん。アポリーヌは気にしなくていいぞ。借金は返しているし、飛空艇も譲るつもりはない。なにも心配することはない」
「はい……」
アポリーヌから手紙を受け取ると、ワシはアポリーヌと別れるとエタンを待たせている応接間へと急いだ。
応接間のドアを開くと、すぐに壁に飾られた鹿の剥製と目が合う。他にも熊などの毛皮などで飾られたそこそこの広さの部屋。ここが精いっぱい飾り付けたヴィアラット自慢の応接間だ。
「すまん、待たせたな」
「いえいえ。とんでもございません」
「すまんついでにもうちょっと待ってくれ。辺境伯からの手紙を読まねばならん」
ワシはエタンの向かいの席にどっかり座ると、ワシはさっそく封筒の封蝋を割り、手紙を取り出す。
「ふむ……」
手紙の中身は、とにかくダルセー辺境伯の屋敷に顔を出せの一点張りだった。いつものような過剰に装飾された挨拶文などはなく、伯爵本人が書いたと思しき走り書きだけだった。
今までこんなことはなかったのだが……。何が狙いだ? やはり、飛空艇か?
「行くしかないか……。待たせたな、エタン」
「もうよろしいのですか?」
「ああ」
もう夕方だ。ダルセー辺境伯に会うのは明日でもいいだろう。
わからないことをあれこれ考えても仕方がない。それよりも、エタンの報告の方が気になる。
「報告してくれ」
「かしこまりました。今回の収支はトントンくらいです。いつものように物々交換が主でして、仕入れた物を売れば多少の儲けは出るかと」
「どのくらいだ?」
「金貨にして七枚ほどの予定です」
「素晴らしい」
さすがエタンだな。たった一日で金貨七枚も稼ぐとは。
まぁ、ここからエタンや今回航空戦闘団に参加した者たちの給料が出るので、ワシにはあまり残らんがな。
人によっては、飛空艇を一日使って金貨七枚しか稼げないワシの商才を嗤うだろう。
だが、ワシが嗤われるだけで辺境が助かるのならば、いくらでも嗤えばいい。
ワシだって、もっと大々的に貿易すれば大きな儲けが出ることなどわかっている。
だが、ワシが、ヴィアラットだけが儲けても意味がない。ワシは辺境全体で豊かになりたいのだ。
しかし、金貨七枚分も稼いだとなると、ビュルル男爵領は大丈夫なのか?
「取り過ぎていないだろうな?」
「大丈夫でございます。輸送代がかからない分、ビュルル男爵領の皆様も普段よりも安く取引ができたと自負しております」
「なるほどな」
「男爵様、私は考えを改めたのです」
「そうなのか?」
「はい。今までの私は、自分が儲けることだけを考えていました。おぞましいことですが、そのためならば他人など踏みつけていいと本気で思っていたのです。ですが、男爵様にお会いして、私は自分が恥ずかしくなりました。私も辺境の生まれです。この地が豊かになるのは、私の望みでもあります。私も男爵様の夢に協力させてください」
そう言うエタンの顔には、透明な澄み切った笑顔が浮かんでいた。
エタンとは最初の頃こそよく意見の衝突していたが……。最近は衝突もない。そのことを不思議に思っていたが、そういうことだったのか。
106
あなたにおすすめの小説
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
異世界召喚に巻き込まれたのでダンジョンマスターにしてもらいました
まったりー
ファンタジー
何処にでもいるような平凡な社会人の主人公がある日、宝くじを当てた。
ウキウキしながら銀行に手続きをして家に帰る為、いつもは乗らないバスに乗ってしばらくしたら変な空間にいました。
変な空間にいたのは主人公だけ、そこに現れた青年に説明され異世界召喚に巻き込まれ、もう戻れないことを告げられます。
その青年の計らいで恩恵を貰うことになりましたが、主人公のやりたいことと言うのがゲームで良くやっていたダンジョン物と牧場経営くらいでした。
恩恵はダンジョンマスターにしてもらうことにし、ダンジョンを作りますが普通の物でなくゲームの中にあった、中に入ると構造を変えるダンジョンを作れないかと模索し作る事に成功します。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
人の才能が見えるようになりました。~いい才能は幸運な俺が育てる~
犬型大
ファンタジー
突如として変わった世界。
塔やゲートが現れて強いものが偉くてお金も稼げる世の中になった。
弱いことは才能がないことであるとみなされて、弱いことは役立たずであるとののしられる。
けれども違ったのだ。
この世の中、強い奴ほど才能がなかった。
これからの時代は本当に才能があるやつが強くなる。
見抜いて、育てる。
育てて、恩を売って、いい暮らしをする。
誰もが知らない才能を見抜け。
そしてこの世界を生き残れ。
なろう、カクヨムその他サイトでも掲載。
更新不定期
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる