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 その日の朝食で、エリックは信じられないほど饒舌になった。今までのイヴとのやりとりは実務上の確認が主で、エリックへの相談ではなく決定事項の伝達でしかなかった。そんなイヴに対してエリックも会話をするに値しない相手だと認識していたのだが、それは完全な誤りだったらしい。

「誰かにしかできない仕事というのはないんだよ。だから僕の場合は、委任状をいくつか用意していてね。たいていのことは、執事が代わりにできる体制を整えている」
「さすがです」

「先ごろうちとの契約を一方的に打ち切ったとある業者だが、どうも中枢にいたのが若い女性だそうで、一身上の都合で退職を決めたらしい。まったく責任感のないことだ」
「知りませんでしたわ。そのような話になっていたのですね」

「ひとの死を食い物にする葬儀というのは、おかしいだろう。大体、花や棺はそれほど高くないというのに、一体どれだけぼったくれば気が済むんだ」
「まあ、すごいですわ」

「誕生日に話題になった例の布地だが、贈り物としたところあまり喜ばれなくてな。一体どうすればよかったのか」
「誠実さは伝わっているはずですわ。あんなにセンスの良いものを贈られて嬉しくない方はいらっしゃらないでしょう」

「つまり僕が言いたかったのは、医師はもっと患者の容体について責任を取るべきだということだ。父上の病気についても、あの医師は自分の都合を優先していた。一日中泊まり込みの看病を続けていれば、もっと父上は長生きできただろう」
「そうですね、おっしゃる通りだと思います」

 社交界でもここまで話が弾んだことはないと感じてしまうくらい、ふたりの会話は盛り上がった。話すことに熱中してしまって、せっかくの朝食がすっかり冷めてしまったほどである。

 結局ふたりは、この日一日で三年分のおしゃべりをして過ごしたとも言える。エリックは火照った喉をワインで潤しながら、出ていく妻にかける言葉を探していた。

 一年の終わりということもあり、使用人たちの中にも実家へ帰るものがちらほらと出てきている。

 大切なひとへの贈り物を大量に抱えて歩く幸せそうな使用人を見かけるたびに、エリックの心にはさらなる迷いが生じてきた。本当に自分はイヴと離婚してもいいのだろうか。身分違いの家に嫁いできた彼女は、今まで随分と肩肘をはって生活をしてきたようだ。

 今日垣間見えた彼女こそ、本来の彼女ではないのか。そう考えたエリックは、イヴに対して離婚届の提出を思い留まるように提案することを決めたのだった。
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