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誰もいない図書室で、本の整理をするのは気持ちがいい。利用者が奏でる本のページをめくる音も心地よいけれど、誰もいない図書室を一人占めする快感には敵わない。もちろん本日の当番はわたしひとりではなくて、本来の意味で「一人占め」ではない。それでも、一緒に作業をしてくれる相手は静かで真面目なひとだから、ほとんど「一人占め」に等しかった。
わたしの視線の先にいる斎藤くんは、難しい顔をしてずり落ちてきた眼鏡を押し上げている。委員会に入っていても、割り当てられた当番、しかも休み中のものに来るひとなんてほとんどいないのに、当たり前のように毎回参加してくれる律儀なひとだ。
ちなみにわたしが、『そうじゃないほうのワタナベさん』と呼ばれているように、斎藤くんには『地味なほうのサイトウくん』というあだ名があるらしい。なんでも、最近人気急上昇中のイケメンモデルに、斎藤くんと同姓同名の男の子がいるのだとか。お互い苦労するよねなんて、声に出したことはない。それでも、勝手に心の友として慕っている。
本日の作業内容は蔵書整理と簡単な本の補修。司書の先生は複数の学校を掛け持ちしていらっしゃるそうで、今日はご不在だ。とはいえこの二年間でわたしたちもいろいろ教わってきたのだから、少しは戦力になっているのではないかしら。積み重ねられた本を手にとり、思わず眉を寄せる。
「いやだ、この本、誰かが鉛筆でしるしをつけている。そういうのは、自宅の本だけにしてほしいのよね。まあ蛍光ペンでラインを引かれたり、ボールペンで書き込みをされるよりもマシか……あっ」
わたしは朝の手紙のことを思い出して、斎藤くんに声をかけた。
「斎藤くんって、もしかして万年筆とか使っていたりする?」
「どうしたの、急に?」
チェックリストをつけていた斎藤くんが、顔をあげる。眼鏡の奥の目が、困惑したように細められた。手持ち無沙汰だったのだろうか、右手のボールペンがくるりくるりと鮮やかにひっくり返る。
彼は、結構文房具にこだわりがあったはずだ。一度貸してもらったシャープペンシルの書き心地の良さには感動してしまった。まあそのすぐ後に、お値段を聞いて目を回してしまったのだけれど。うっかり壊す前にと、慌ててシャープペンシルを返したことも懐かしい。
「実は朝から下駄箱に手紙が入ってて」
「えっ。そ、それってラブレター」
「ああ、わたし宛じゃないよ。『可愛いほうのワタナベさん』宛のものが、わたしの下駄箱に入っていたみたいで。しょっちゅうあるの」
「しょ、しょっちゅう?」
「そう、だからもいつも通り渡邊さんの下駄箱に入れておいたんだけれど。その手紙の宛名が万年筆で書いてあったみたいだから、ちょっと万年筆のことが気になって」
「わ、え? ああ、あの、万年筆ね。うん、そうだね、オレもひとつ持ってる。学校で使う場面はほとんどないから、家に置きっぱなしだけれど。お礼状とか、大事なひとへの手紙なんかに使ってるよ」
そっかあ。やっぱり、気合い入ってたんだねえ、あの手紙。考えてみれば、封筒の手触りも他のものとはちょっと違うものだった気がする。それならなおのこと、名前やら下駄箱やら基本的な部分を間違えるなよって感じてしまうけれど。ひとりうなずくわたしの横で、斎藤くんが椅子を引いて立ち上がった。
「ごめん、渡辺さん。オレ、さっき鞄をひっくり返した時に、落とし物をしたみたいなんだ。ちょっと図書室を離れて探しにいくけれど、いいかな?」
「いつも完璧って感じなのに、めずらしいね。どうせなら一緒に探しにいこうか?」
「いや、大丈夫だよ。大体、オレなんて完璧からはほど遠いよ。本当に、肝心な時に限って全然うまくいかない」
図書室を出た斎藤くんが、小走りに廊下を駆けていく音がした。いつも落ち着いている斎藤くんが走ってるなんて、相当大事なものだったんだろうなあ。几帳面なはずなのに、開けっ放しにされた扉がおかしくて、わたしは小さく笑ってしまった。
わたしの視線の先にいる斎藤くんは、難しい顔をしてずり落ちてきた眼鏡を押し上げている。委員会に入っていても、割り当てられた当番、しかも休み中のものに来るひとなんてほとんどいないのに、当たり前のように毎回参加してくれる律儀なひとだ。
ちなみにわたしが、『そうじゃないほうのワタナベさん』と呼ばれているように、斎藤くんには『地味なほうのサイトウくん』というあだ名があるらしい。なんでも、最近人気急上昇中のイケメンモデルに、斎藤くんと同姓同名の男の子がいるのだとか。お互い苦労するよねなんて、声に出したことはない。それでも、勝手に心の友として慕っている。
本日の作業内容は蔵書整理と簡単な本の補修。司書の先生は複数の学校を掛け持ちしていらっしゃるそうで、今日はご不在だ。とはいえこの二年間でわたしたちもいろいろ教わってきたのだから、少しは戦力になっているのではないかしら。積み重ねられた本を手にとり、思わず眉を寄せる。
「いやだ、この本、誰かが鉛筆でしるしをつけている。そういうのは、自宅の本だけにしてほしいのよね。まあ蛍光ペンでラインを引かれたり、ボールペンで書き込みをされるよりもマシか……あっ」
わたしは朝の手紙のことを思い出して、斎藤くんに声をかけた。
「斎藤くんって、もしかして万年筆とか使っていたりする?」
「どうしたの、急に?」
チェックリストをつけていた斎藤くんが、顔をあげる。眼鏡の奥の目が、困惑したように細められた。手持ち無沙汰だったのだろうか、右手のボールペンがくるりくるりと鮮やかにひっくり返る。
彼は、結構文房具にこだわりがあったはずだ。一度貸してもらったシャープペンシルの書き心地の良さには感動してしまった。まあそのすぐ後に、お値段を聞いて目を回してしまったのだけれど。うっかり壊す前にと、慌ててシャープペンシルを返したことも懐かしい。
「実は朝から下駄箱に手紙が入ってて」
「えっ。そ、それってラブレター」
「ああ、わたし宛じゃないよ。『可愛いほうのワタナベさん』宛のものが、わたしの下駄箱に入っていたみたいで。しょっちゅうあるの」
「しょ、しょっちゅう?」
「そう、だからもいつも通り渡邊さんの下駄箱に入れておいたんだけれど。その手紙の宛名が万年筆で書いてあったみたいだから、ちょっと万年筆のことが気になって」
「わ、え? ああ、あの、万年筆ね。うん、そうだね、オレもひとつ持ってる。学校で使う場面はほとんどないから、家に置きっぱなしだけれど。お礼状とか、大事なひとへの手紙なんかに使ってるよ」
そっかあ。やっぱり、気合い入ってたんだねえ、あの手紙。考えてみれば、封筒の手触りも他のものとはちょっと違うものだった気がする。それならなおのこと、名前やら下駄箱やら基本的な部分を間違えるなよって感じてしまうけれど。ひとりうなずくわたしの横で、斎藤くんが椅子を引いて立ち上がった。
「ごめん、渡辺さん。オレ、さっき鞄をひっくり返した時に、落とし物をしたみたいなんだ。ちょっと図書室を離れて探しにいくけれど、いいかな?」
「いつも完璧って感じなのに、めずらしいね。どうせなら一緒に探しにいこうか?」
「いや、大丈夫だよ。大体、オレなんて完璧からはほど遠いよ。本当に、肝心な時に限って全然うまくいかない」
図書室を出た斎藤くんが、小走りに廊下を駆けていく音がした。いつも落ち着いている斎藤くんが走ってるなんて、相当大事なものだったんだろうなあ。几帳面なはずなのに、開けっ放しにされた扉がおかしくて、わたしは小さく笑ってしまった。
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