【異世界恋愛短編集】冷遇された身代わり花嫁は、継子の不幸を許さない。

石河 翠

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6.後生ですから、どうぞ最後に別れの言葉を。

(6)

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 その瞬間、ごうごうと大池が揺れた。普段はきらめく青銅の鏡のような大池が、ぐらぐらと揺れている。そしていきなり、熱湯と蒸気が噴きあがった。

 そこかしこから悲鳴が聞こえる。ただびとであれば、決しては触れてはならない大池の水が噴きあがり、彼らに降りかかっているのだ。どのような惨状になっているかなんて、いちいち確認せずとも容易に想像できた。じゅっと嫌な音がして着物の裾が焼ける。

 それでも、自分の望みの結果から目をそらしてはいけないだろう。ゆっくりと後ろを振り返ろうとした私の瞳を、大きなてのひらが覆った。がっしりとして温かい、恋焦がれたあの手だ。水しぶきがかからないようにするためだろう、気が付けばすっぽりと抱きかかえられてしまっていた。

「わざわざ見る必要はなかろうて」
「ですが、和泉いずみさま」
「お前が心を痛める必要はないのだよ。あの者たちは、己の手でこうなる未来を選んだのだから」

 顔を覆っていた大きなてのひらを外してみれば、そこにいたのは赤髪の美丈夫だ。少し尖った牙の見える口元と、長い髪の間から見える象牙のような角が彼の正体を如実に示している。彼こそが、この大池に封じ込められていた鬼神なのだ。

「なぜだ、なぜ鬼が復活した!」

 腰を抜かして倒れ込んだ父が悲鳴を上げている。こんなに麗しい相手を前になんて失礼なのだろう。

「お前は何か知っているのか! この裏切り者め!」

 ご当主さまが信じられないものを見る目で私を見ていた。その姿があまりにも滑稽で、喉からおかしな音が鳴る。和泉さまは、堪らえきれずに吹き出してしまったようだ。

 確かに私は、「私を必要としてくださる方のためにこの身を捧げることができることを、誇りに思っております」と常々言ってきた。けれどいつ私がご当主さまの本当の妻になりたいだなんて言っただろうか。まさか本気で私がご当主さまの愛をこいねがっているとでも考えていたのだとしたら頭の中がお花畑にもほどがある。

 ご当主さまが私ではない女性を大切に思っていたように、私にだって心に決めた相手がいた。ただそれだけのことだ。あんな扱いを受けて、なぜ心からこの村のためにこの身を捧げると思えたのだろう。よしんば私の行動が裏切りにあたるのだとしても、それはお互いさまなのではないだろうか。

 私はころころと笑い声をあげながら、傍らに立つ美しい鬼神を見上げた。
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