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1.冷遇された身代わり花嫁は、継子の不幸を許さない。
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ステラはアーヴィングの実の娘である。それにもかかわらず彼女は誰からも無視されていた。もちろん、生きるために必要な世話はされている。けれどそれは、死なれては困るから世話をしているのであって、そこに愛情も何も存在していなかった。何かあれば癇癪を起こし、手が付けられない。家庭教師どころか、専属の世話係さえ逃げ出す始末。そのためステラは、彼女の望むままにお菓子を与えられ、ぶくぶくと肥え太っていた。
行儀悪くお菓子を両手に持ったまま、ステラは新しい母親だと紹介されたダナに激しく敵意を向けてきた。どうせ父親目当て、自分は邪魔者なのだろう。そう認識していることを隠しもしないステラに、ダナは胸を痛める。本当は誰よりも愛されるべきなのは彼女だ。彼女が弱弱しく可愛そうな子どもなら、きっと周囲の同情も引けるだろう。けれど彼女は寂しさのあまり、周囲に向かってわがままを言うことしかできない。そんな方法でしか他人の関心を引く術を持たない子どもがあまりにも哀れだった。
「どうしてここに来たの? お父さま狙いの女は、あなた以外にもたくさん来たわ。みんなわたしが追い返してやったけれど」
「私は、父の命でこちらに嫁いでまいりました。本来、この家に嫁いでくるはずだったのは、私ではなく私の妹だったのです。いろいろな兼ね合いで参りましたが、どうぞ仲良くしていただければと思います」
「ふん、なによ。命令されたから来ただけなのね」
憎々し気に自分を見ていたくせに、この家に来たのは命令されたからだと知り、ステラはあからさまにがっかりした様子を見せる。けれどダナはそこで話を続けた。
「嫁いできたのは命令されたからですが、この屋敷に着いてステラさまに会いに来たのは私が決めたことですよ」
「え?」
「せっかく、家族になるのですもの。ご挨拶したいと思ったのです。ステラさまも、急に知らないおとなが家に入ってきて驚いたかと思いますが、私はステラさまのお父上を奪ったりなどいたしません。こんなことを言ってはいけないのですが、実は既に嫌われてしまっております。だから心配しないでも大丈夫ですよ」
「……同じだ」
「え?」
「わたしも、お父さまに嫌われているもの。いても、いなくても、きっとどうだっていいの」
「ステラさま……」
ステラの言葉に、ダナは考え込む。ダナは既に自分の家族のことを見限っている。新しく夫となったひとにも期待などしていない。けれど目の前のステラは違う。彼女はまだ父親の愛情を求めている。子どもは無条件に親の愛を求めるものだ。自分自身の経験からそれがわかっていたからこそ、ダナはステラに寄り添うことを決めた。家族に存在を無視されてきた自分の子ども時代を見ているようで、いてもたってもいられなかったのだ。
「ステラさま、この屋敷は私にとって何もかもが初めてで何もわかりません。私のことを嫌っているひともたくさんいます。だから、怖がりな私のために一緒に過ごしてはくださいませんか?」
「なんでわたしがそんなことしなくちゃいけないの」
「心の中に大切なものがない状態では、身体がぐにゃぐにゃで立っていられないのです。だからステラさまを支えとして立たせてほしいのです」
「杖がないと立てないなんて、おばあちゃんみたい」
「似たようなものですね」
ダナは困ったように肩をすくめてみせた。
「寂しいの?」
「ええ、寂しいです」
「大人の癖に馬鹿じゃないの」
「大人も子どもも、心の中の根っこの部分はきっとあまりかわらないのですよ」
「あっそ、勝手にすれば」
どこにいてもチェスターのことを忘れることなどできない。それでもこのいたいけな子どものためにがむしゃらになっていれば、その間だけは前だけを向いて生きていける気がした。
やがてふたりは少しずつ心を通わせるようになる。意外にも、ダナがステラのために作った小さなお守り人形を、彼女はとても大切にしていた。いつの間にかステラの素行がよくなり、少しずつ痩せて普通の子どもらしくなってくると、アーヴィングはようやく娘の姿が目に入るようになったようだ。機嫌よく、ステラに王女の御学友になることを勧めてきた。父に期待をかけられて嬉しさのあまり目を輝かせたステラは、そのまま週に何度か登城することになったのである。
近衛騎士であるアーヴィングは王妃の護衛を担当している。王城で見かける彼は、屋敷の中で見かける時とは異なり、王妃に対しても王女に対しても、とろけるような甘い笑顔で接していた。その落差にダナは逆に納得していたが、ステラは静かにショックを受けていた。もともとそういう性格であり、誰に対しても厳しいひとだから、娘の自分に対しても甘さを見せることはないのだと信じていたのだろう。けれど、自分などよりもずっと父娘のように、家族のように見える彼らの様子にステラはこらえきれず、ダナに抱き着きほろほろと涙をこぼしたのだった。
一方でダナはアーヴィングと王妃の距離の近さが気になっていた。王妃とダナの妹がどことなく雰囲気が似ていることも。髪の色や、瞳の色、背の高さや丸みを帯びた声にいたるまで。それをすべて承知の上でダナの妹を妻にと望んだのか。妙にひっかかり、疑問を抱かずにはいられなかった。
行儀悪くお菓子を両手に持ったまま、ステラは新しい母親だと紹介されたダナに激しく敵意を向けてきた。どうせ父親目当て、自分は邪魔者なのだろう。そう認識していることを隠しもしないステラに、ダナは胸を痛める。本当は誰よりも愛されるべきなのは彼女だ。彼女が弱弱しく可愛そうな子どもなら、きっと周囲の同情も引けるだろう。けれど彼女は寂しさのあまり、周囲に向かってわがままを言うことしかできない。そんな方法でしか他人の関心を引く術を持たない子どもがあまりにも哀れだった。
「どうしてここに来たの? お父さま狙いの女は、あなた以外にもたくさん来たわ。みんなわたしが追い返してやったけれど」
「私は、父の命でこちらに嫁いでまいりました。本来、この家に嫁いでくるはずだったのは、私ではなく私の妹だったのです。いろいろな兼ね合いで参りましたが、どうぞ仲良くしていただければと思います」
「ふん、なによ。命令されたから来ただけなのね」
憎々し気に自分を見ていたくせに、この家に来たのは命令されたからだと知り、ステラはあからさまにがっかりした様子を見せる。けれどダナはそこで話を続けた。
「嫁いできたのは命令されたからですが、この屋敷に着いてステラさまに会いに来たのは私が決めたことですよ」
「え?」
「せっかく、家族になるのですもの。ご挨拶したいと思ったのです。ステラさまも、急に知らないおとなが家に入ってきて驚いたかと思いますが、私はステラさまのお父上を奪ったりなどいたしません。こんなことを言ってはいけないのですが、実は既に嫌われてしまっております。だから心配しないでも大丈夫ですよ」
「……同じだ」
「え?」
「わたしも、お父さまに嫌われているもの。いても、いなくても、きっとどうだっていいの」
「ステラさま……」
ステラの言葉に、ダナは考え込む。ダナは既に自分の家族のことを見限っている。新しく夫となったひとにも期待などしていない。けれど目の前のステラは違う。彼女はまだ父親の愛情を求めている。子どもは無条件に親の愛を求めるものだ。自分自身の経験からそれがわかっていたからこそ、ダナはステラに寄り添うことを決めた。家族に存在を無視されてきた自分の子ども時代を見ているようで、いてもたってもいられなかったのだ。
「ステラさま、この屋敷は私にとって何もかもが初めてで何もわかりません。私のことを嫌っているひともたくさんいます。だから、怖がりな私のために一緒に過ごしてはくださいませんか?」
「なんでわたしがそんなことしなくちゃいけないの」
「心の中に大切なものがない状態では、身体がぐにゃぐにゃで立っていられないのです。だからステラさまを支えとして立たせてほしいのです」
「杖がないと立てないなんて、おばあちゃんみたい」
「似たようなものですね」
ダナは困ったように肩をすくめてみせた。
「寂しいの?」
「ええ、寂しいです」
「大人の癖に馬鹿じゃないの」
「大人も子どもも、心の中の根っこの部分はきっとあまりかわらないのですよ」
「あっそ、勝手にすれば」
どこにいてもチェスターのことを忘れることなどできない。それでもこのいたいけな子どものためにがむしゃらになっていれば、その間だけは前だけを向いて生きていける気がした。
やがてふたりは少しずつ心を通わせるようになる。意外にも、ダナがステラのために作った小さなお守り人形を、彼女はとても大切にしていた。いつの間にかステラの素行がよくなり、少しずつ痩せて普通の子どもらしくなってくると、アーヴィングはようやく娘の姿が目に入るようになったようだ。機嫌よく、ステラに王女の御学友になることを勧めてきた。父に期待をかけられて嬉しさのあまり目を輝かせたステラは、そのまま週に何度か登城することになったのである。
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