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死線

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「なあ、ヴィータこの石さ、なんか光ってない?」

「魔力と言われている、その波長を出している、光にも似ているが、磁石に近い」

「解る… サーマルにすると良く解る」

「それを被ると、わたしと同じ色が見えるんですかねぇ?」

「へぇ… これがイーノイが見ている世界か… イーノイってさ、亜人の中で一番人間に近いよね、いや、エルフェンもそうか…」

「エルフェンは、色ではなく、音、で感じるみたいですね」

「へえ、それもすごい、それに比べ人間は何も無いんだな」

「道具を使うじゃないですか」

「私を作ったのが人間だ」

「そこでお前かよ… なんかさ、前からも後ろからもここに入ってきているみたいだから、僕らは出ることにしよう、出来るだけ誰にも会わない様にね」



・・・ぉぉぉぉぉぉおぉぉおお…ぉぉぉ・・・


 ナオヤが言うが早いか、少し離れた先で咆哮が上がった。
 牛を絞め殺した様な野太い咆哮だ。
 大きな袋を、出鱈目な力で絞るかのような、そんな量の空気が流れる肺活量だ。
 ヴィータはローブを翻す様にシールドを構え直し、ナオヤとイーノイはその後ろに隠れる、その咆哮の更に向こうで、数人が走る足音が壁に木霊して聞こえる。

・・・ヒュン…  カチン    ヒュン    コロン・・・

 矢だ。
 矢が飛び、それが岩に当たり、音を立てている。
 それに驚き岩壁と一体化していたゴブリン数匹がビクリと避ける、

 のっそりのっそりと、大質量の肉の塊がぐるぐると回り、ごうごうと息を唸らせ動きを見せる巨人級の怪物。
 一つ目巨人サイクロプスだ。
 その肩には数本の矢が刺さり、一つ目巨人サイクロプスは警戒して周りを1つしか無い目玉でぎょろりぎょろりと、時には瞳孔を搾ったり拡大したりと周囲を検索している。
 一つ目巨人サイクロプスの足元には数匹のゴブリンが、その手足の邪魔にならない場所を縫うように這い擦っている。
 そのゴブリンが岩の突端から顔を出すと、すぐに飛んでくる矢が一撃で息の根を止める。
 放つ者の熟練度が窺える一撃だ。
 
「回り込むぞ…」
    小声で誰かが囁くと、数名の足音がする。

・・・シュヴァオンッ・・・

 空気が震える。
 一瞬、空気が魔力独特の光で満ち、衝撃波が超高速で移動する。
 天井から下がる鍾乳石と、それに絡む木の根にぶら下がって居るゴブリンが真っ二つに吹き飛び、そのままその先の数匹諸共肉片にする。
 
「クソぅ! 引き付けちまったッ…」
 女の囁く様な、だが鋭く言い放つ声がする。
    今の魔法で巨人の注意を引き付けたのだ。

・・・オグァアア!!・・・

 大きな巨体に似つかわしくない動きで肉の塊が素早く動く、身体に当たる岩が弾け皮膚を傷付けるが其れでも構わず跳びかかる様に掴む。

「ウグゥッ ッガハァ」
 女の呻く声がする。

 暫くの無音の後、一度何かを叩き付ける鈍い音がする、すぐに巨体は腕を勢いに任せ奮うと一人の女が宙を舞う。
    人形を棄てるような素っ気ない仕種で放られ、ブンブンと高速で回転する遠心力で身体は棒の様にまっすぐに伸び切っている。
 数回転した後、手足から岩に当たり、バキバキと骨と岩の砕ける音と共に岩壁を伝う様に、いくつかの岩柱を弾き壊し、木の根で勢いを殺し、ナオヤの元に迄跳んできた。

・・・シュッ… ピュンッ・・・

 すぐに鋭い風切り音を連続で立てながら、矢が飛んでいく、全て肉に刺さっているようで肉を突き破る音が聞こえ岩に当たる音はしない。

「アンリィッ!!」
 男の悲痛な声が岩壁に木霊する。

「ダン!!  あれは… もう駄目だ」

「だけどッ!!」

 言いながらマヘスの戦士は岩伝いに跳ねながらに一つ目巨人サイクロプス上段から叩き込む様に上腕部を切り付ける。
 ボクリと鈍い骨の軋む音がする、足元では叫び声を上げた剣士が巨人のアキレス腱を内側から裂く様に切り付け、返す刀で膝の裏の腱を断ち右足の動きを奪う。

・・・あガぁぁオオあっ  ぁっ ぁぁっ!・・・

 よろりと一つ目巨人サイクロプスが側面の岩に巨体を預けるが、空いた方の腕を乱暴に振るい、岩を弾きながら力任せに暴れ出す。
 バックステップで近接攻撃担当の二人が避けると、その後方で弓を背負ったエルフェンが遠目で何かを確認しようと首を伸ばしている。

「う …  うぅ  …  う  …  うぅ」


「大丈夫、まだ生きているぞ、まだ大丈夫だぞ…。手足もしっかりとついている、いまはちょっと感覚が無いだけだ。今助けてやるからな」 

 ナオヤは倒れる女により寄り添う様に顔を寄せて話し掛ける、が、女の目は開いたまま動かない。
    充血が激しく血管が一部破れ、血の塊を作っている。
 見えているかすら、怪しい。

・・・ふがああああっ! あおおおああああはははは・・・・

 腕と片足だけを、ただひたすら乱暴に振るい、一つ目巨人サイクロプスが暴れる。

「いいか、息をするのをやめるな。そのまま、楽に、楽に、息を続けるんだ。きこえるか、聞こえても無理をして喋らなくていい、瞬きをするんだ、出来なくても大丈夫だ、言葉を理解し続けろ」

 アンリは2度瞬きをした。

「ようし、楽にしろ、必ず助けてやる」

 ナオヤはヴィータの背負子から折り畳みの担架と一塊の円筒形でナイロンに包まれた筒を取り外し、それを開ける。
 中からコルセットと背骨の形の充てギブスの部品を取り出し、組み立てる。
 組み立てながら一つ目巨人サイクロプスが咆哮を上げた方を見やり、ヴィータに小さく聞く。

「どうだ」

「助けは必要なさそうだ」
 ヴィータがアンリの足元から纏め、毛布でぐるぐるに巻き込んで包んでゆく。

「両手足全部折れてる、肋骨もだめだな、でも背骨は平気っぽい。 乗せよう」

「アンリは見えるか!!」

「ダメッ! 見えないッ!!」

「生きているか!!」

「……」

「何か解るかッ!!」

「わからない! 反響して聴こえない!」

「このやろうぶっ殺してやるッ!」

 剣尖を叩き突ける数発の音と、男の荒い息遣い、それでも巨体は暴れ、関節があるはずのない場所で折れ曲がった腕を叩きつけて攻撃してくる。
 ボグンと重く鈍い音がすると、一つ目巨人サイクロプスの腕は千切れて飛んでいく。

 ナオヤはヴィータと息を合わせ女を担架の上に乗せると、カラビナをいくつか取り出し、三角を作るようヴィータにロープを編ませる。
 ヴィータの背負子の装備の中から赤十字のマークが入った小さなポーチを取り出し、開ける。
 透明の水分で満たされた袋と透明なチューブの束を持ち、三角の突端に括りつけ、チューブを女の腕のちかくに括る、女の腕を持ち袖を巻き上げ細い腕をみるが、形がおかしいと気が付く。
 女の顔の前に、全面をグレーの面体で覆い光学照準器網サーモスリンクを覗く右目だけがレンズに型抜かれたナオヤの顔面が、息の届く距離に近寄ると。

「痛むか? 痛くて耐えられないなら、瞬きをするんだ。僕にうったえろ」

「あぅがッ…」
 いうが早いか女の胸を掴み、力任せに服を引き裂く、形良く実った胸が、ぷるんと波を打ち跳ねる。
 ヴィータがアルコールのナプキンで心臓の真上を拭うと、気化熱で急激に熱を奪われる感覚に女の瞳孔が反応する。
 同時にナオヤがプすりと躊躇なく針を刺す。

「アンリ! 生きて居いるかッ!! 生きていたらなんでも良い! 反応をッ!」

 幅の広いテープを張り、胸の頂点の敏感な処までカバーする様に、チューブを固定する。
 二人の影、それに一人のテスカ耳。
 ぼんやりだが認識できていた、テスカ以外は声で性別が理解できた、男だ、二人とも男。
 両手足は完全に何カ所も折れている、肺も潰れている、息が苦しい。
 だが、男が話しかける。

「駄目かもしれない…」
 クルークェの声がしたが納得していた。
 駄目だろう、この怪我はもう駄目だろう。
 息をするのも億劫だ。
 あの場所で風魔法を使い、引き付けてしまった自分のミスなのだ。
    だからこのままここに亡骸を晒すのも納得済みだし、他の仲間がそうなった時も同じ対応なのだ、だが。
 ダンが悔しがってくれている。
 
「冒険者か? 仲間か…、生きて もう一度、会って驚かせてやろう……、    耐え抜けば成せる。    だ。笑い話に、    してやろう」

 しつこく話しかけては現実に戻す。
 身体が燃える様だ。
 腕が有るのか、足が有るのかすら判らない程、燃える様に熱い。

「寝ても駄目だ、しばらく起きていて貰うよ、痛いか?」

 楽になりたいのに、男が邪魔をするようだ。

 テスカは一度も喋っていない。
 3度の瞬きを確認すると、ナオヤは女の口の中に先の丸い棒を突っ込んだ。

「噛むんじゃないぞ、口の中で溶かすんだ」
 
 そこからは夢見心地だった。
 鼻の孔から何かを突っ込まれる感覚を覚えたが、ふわりと浮く様な、浮いたまま移動して、空を飛ぶ、そんな感覚だ。
 たまに止まり、何かを切り替える作業を経て、また移動する。
 シュルシュルと滑車か何かが縄を擦る音に合わせ、すいすいと無理なく進んでゆく。
 暫く移動すると、止まった。
 地面に落とされる音がする、ふわふわした感触が、がっちり揺ぎ無い物にかわる。
 
「そこで腰を、押えて、エックス線の周波数、僕の合図で出して」

 誰かに腰をつかまれる、がっちりと、骨盤を固定されたようだ、顔面に布を掛けられ脇の下に男の腕がするりと忍び込む、すると男の声で。

「エックスレイ… レイ… レイ…」
 言いながら、女の体が遠慮なくグイグイと引っ張られ、力が抜ける。

「ぁぁあぅうふッ…」
 苦しくて、やめたかった息が勝手に、外圧で強制的に整えられると楽になり、声が勝手に出た。
 
「縛るぞ、動くなよ」

「あぁ… やめろ…。 捨て置け…、私はじき死ぬ……」

 力なく息を吐く時に序に言葉を吐き捨てる。

「人間のくせに、もう諦めるのか…?」

「生きて、生き残っても… 手足の動かぬ達磨ダルマだ…。このまま殺せ…」

 ものすごく楽になった。
 ナオヤは女をシールドに縛り、固定していると、イーノイがワンドを手に近寄ってきた。

「今までそういう奴、どれ位居た?」

「二人だ… 皆死んだ… 私を捨て置け…」
 指の先にワンドを握らされた感覚が、しっかりと感じる。
 ナオヤは余りのテープでワンドを女の指で握らせ、グルグル巻きに固定する。

「あんた、逢いたい人がいるだろ、名前、なんて言う?」
 火薬の臭いがした。 

「ダン、だ… ああ… バステト神よ… 」

「そうか、僕は最期にイーノイっていう女の子に看取られて死にたいな、けどな… 可愛いんだぜ、最高にキュートで、こう、守りたくなるんだよな。 ダンは、大事な…、最後に絶対逢いたい、大切な人だよな?」

「そうだ… 期待を持たせるな…」 
 
「ちゃんと最後にあわせてやるからな、僕ならそうしてもらいたい、バステト神は、猫の神様だったな、猫神様はなんて言うだろうな」

 ぽかりと何かかぶつかる、軽い音が聞こえた。

「我が神は気まぐれだ…」

「じゃあ、たまには助かる方向で」

「そうか… それも良いかもな」 

 またふわりと浮くと、するする軽い感じに動きだす。



 深く刻まれた皴の奥の垢を掻き出すような力一杯眉間の真ん中を虐めるギムリア。

「では、ネストの中に居られるのは確実なのじゃな?」

「はい、ウル湖北岸近衛詰め所が、あのヘリコが飛び、南へ物資を送るのを確認しました」

「シャマーラ殿、小さな装置だと言うし、おがった背の高い子供に括るなら可能なんじゃな?」

「可能です」
 覇気の良いよく通るシャマーラが断言する。

「王家から行政発行の広域指定発布依頼で対応するとして、あと、南へは今何組冒険者が?」

「5組20名が向かい、1組4名がネストの報告を持って帰った、4組16名が残っている筈だが」
 太くたくましい声でオルゲルトが答える。

「相分かった。これの建設に当たり使者殿からは高速通信網というインフラ設備の提供を約束されておる。王家及び、設置に協力的な地域諸侯の血筋は、これを受け入れ、通信網。という情報網を形成する」

「その器具の生産をわたくし達魔学研で?」

「然様」






「近いぞッ」
 フィオレは小さく短く言う、そしてロープにそっと触る様に添えた手で後ろを振り返り大きく頷いた。
 後ろには、約30対60の双眸が瞬いている。

「おい、誰か、誰かそこに居るよね? 僕に敵意はない、怪我人がいるんだ、助けてほしい」

「私はフィオレ・ウル・アルギオッ! 南部獅子鷲騎兵軍! ナイトウォッチ隊隊長」

「おーけいおけい、ちょと怪我人がさ」

 ナオヤはロープを引きながら余った手を上げて掌を見せる。
 3人に囲まれるようロープでバランスよく吊るした担架に、人間の女を乗せ、引っ張る様に運んでくる。

「貴方はアラマズドの使者殿ですね?」

「はいはいその通りなんだけど、ちょっと今は怪我人を最優先する感じにしましょうかね」

 シールドを担架替わりに運ばれていた女が、一度ゆっくりと目を閉じて、息を吐いた。
 目を開けてナオヤを目の動きだけで見るが、顔は見えない。
 白い口元の赤く光る目の男の方を見るが顔と言うものが無く、やはり此方も仮面に覆われている様だ。
 二人ともそうだ、顔を出してない。
 そうこうしてると降ろされた。
 顔の周りにダークエルフェン数名と、正体不明の男二人、奥にローブを目深に被ったテスカ族の女が覗き込んでいる。
 助かるはずもない大怪我の筈なのに、身体がとても楽だ、精神的にも落ち着いてきた。
   私が死ぬ前にダンに逢わせる、そんな愉快な約束をまたしたもんだと、どこか他人事のように思えた。
  













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