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理想の騎士とはなれずとも何時の日か俺は俺らしい騎士となりたい(2)

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 私の名はテルリーミアス。
 恐れ多くも陛下より近衛の任を賜っている。
 近衛隊とは陛下直属の騎士であり、国と陛下に絶対の忠誠を誓い日々陛下を護り、有事の際は民を護るために訓練を積む、騎士とって最高の栄誉職だ。
 私は未だ若輩者なため、此れと言った戦果を立てる事無く、日々敬愛する陛下と護るべき民のために腕を磨いている身だった。
 そんな私が此度、御忍びにも近い形で遊学に行かれる殿下達を帝国との国境まで送る任に選ばれたのは、もう一つの任を隊長よりも命ぜられたためだった。
 
 キースダーリエ=ディック=ラーズシュタイン嬢を観察し、報告する。
 それが私が任ぜられた命であった。

 キースダーリエ嬢は宰相であられるオーヴェシュタイン様の御息女であり、殿下達と齢を近くする公爵家の令嬢である。
 ただとても情報の少ない令嬢でもあった。
 本来の貴族令嬢とは年頃になると王都にやってきて、周囲と好を結び交流を広げる。
 同世代に王族の方がいらっしゃれば、それはもはや慣習にも近い形で成されるモノである。
 だがキースダーリエ嬢だけではなく、兄であるアールホルン殿も何故か年頃になっても王都に来る事は無く、領地に留まり続けた。
 父君が宰相であるために人脈を構築する重要性は説かれているだろうに、一体何を考えているのだろうか? と思わなかったわけではない。
 だが、私などでは思いもつかない考えがあるのだろうと思っていたのだ。
 私が知るキースダーリエ嬢の情報などその程度だった。





 そんな私が一度キースダーリエ嬢に対して不敬にも軽蔑にも似た感情を抱いた時期が存在する。
 彼女の婚約者と名乗る男がキースダーリエ嬢の事を「困った我が儘娘」だと吹聴していたのを真に受けてしまったのが理由だった。
 よくよく考えればそのような婚約者の外聞を考えない発言は控えるものだ。
 それを逆に嬉々として語る事に不審感を抱かなければいけなかったというのに、信じてしまった自分の不甲斐なさに怒りを抱いたのも覚えに新しい。
 結局婚約者と名乗っていたのは男の家だけであり、キースダーリエ嬢はおろかラーズシュタイン家の誰もがそれを認めてなかったというのだから、男側の家は一体何を考えていたというのか。
 考えても分からないが、貴族として逸脱した言動である事だけは確かだった。

 キースダーリエ嬢はご自身の行為により噂を是正した。
 とはいえ、不敬にもロアベーツィア様の筆頭婚約者候補を自認する少女と対峙するだけでキースダーリエ嬢が噂とは違うと分かるには充分だったようなのでキースダーリエ嬢自身が大きく何かをしたという事ではないのかもしれないが。
 私自身はその場に居合わせた訳では無いが信頼している同僚にその時の言葉をつぶさに教えてもらい、噂とはあてにならないものなのだと判断するにいたった。
 自身の不明を恥じ、噂に踊らされる怖さをこの時身に染みて知る事になった。
 その後どんな経緯かは分からないが、両殿下と自身の兄と共に交流を持つようになり王城に召喚されるようになったのは驚くしかなかったが。

 キースダーリエ嬢は可愛らしい? というよりも美しい方だった。
 未だ幼い故に可愛らしいと言った感じだが、成長すれば誰もが振り返る容貌となるだろうと思った。
 同僚にそう言ったら何故か「オマエでも人の美醜とか分かんだな!」と何とも失礼な事を言われ爆笑されたが。
 勿論、その同僚はその後の訓練に存分に付き合ってもらった。
 私とて人の美醜ぐらい分かるというのに全く以て失礼な男だ。
 コイツは誰からも堅物と言われる私を疎ましく思う事無く付き合ってくれる気の良い奴なのだが……時折口が滑るのが玉に瑕だ。

 私の意味のない感想はともかくとして、私がキースダーリエ嬢を近くで拝見したのは忌々しくも身分の差によりロアベーツィア殿下に近づく少女を許可も無く庭園に通してしまった時だった。
 私は近衛隊の中でも家格は高くはない。
 近衛隊の中には平民も居るが、基本的には貴族で構成される。
 平民から近衛になった者もその後、何処かの家に養子に入り貴族籍を取得する。
 これは国法により近衛は貴族のみで構成すべしと云う文面があるためだ。
 過去には平民は何があっても近衛隊に所属する事は出来なかったが、今は抜け道的にそういった方法がとられ黙認されている。
 陛下への忠誠心と愛国心、そして実力を兼ね備えている者が身分の差により実力を発揮できない事こそ問題であるから、現状に文句はない。
 抜け道と言うのは少しばかり不穏だとは思うがな。
 そんな中で私は所謂下級貴族に位置するため、ロアベーツィア殿下の婚約者を自認する少女やその取り巻きが身分を盾に押し通るとなると、どうしても立場が弱い。
 せめて中に入り殿下の許可を取ろうと待ってもらうように言ったのだが、私を見下している少女が言う事を聞くはずもなく、押し通ってしまった。
 流石に許可なく入る事は許されないと強引に制止しようとした私を少女達は「不敬だ!」「次期王妃に触れるとは何事だ!」と言われ、最後には何故か私の方が不忠義者に仕立て上げられて近くにいた騎士に止められる始末。
 私を拘束しようとした騎士達には丁重に説明し、慌てて庭園に入ったが、既に遅く、私は命ぜられた任を真っ当出来ず、自身の不甲斐なさに憤慨した。
 キースダーリエ嬢はそんな私の姿が見えたのだろう。
 私の方を見ていたその目に少しだけ私に対する労りが見えたの思うのは私がそう思いたいだけだったのだろうか?

 その後のロアベーツィア殿下の王族としての覚悟とそんな殿下に膝を折り忠誠を誓うラーズシュタイン家のお二人の姿は、噂などあてにならないのだと再度思わさせる素晴らしい光景であった。

 その後、私は任務を遂行出来なかった事に対する罰則はなく、結果としてロアベーツィア殿下の自称婚約者であり次期王妃であると言っていた少女とその家は罰せられる事になった。
 たとえ本当にロアベーツィア殿下の婚約者であったとしても現在の家格としてはキースダーリエ嬢の方が遥かに上だ。
 そんな方に向かって言いたい放題言っていたのだから当然の結果と言えるのかもしれない。
 だがあの家は一体どんな教育をしていたのだろうか?
 まだ儀式も終えていない子供がいるという話だったが、末の子だけはまともに育つ事を願うばかりだ。




 幾ら近衛だとしても公爵家の令嬢を間近で見る事など、それが最初で最後だろうとあの時は思っていた。
 この先ロアベーツィア殿下かヴァイディーウス殿下の婚姻を結ばない限り基本的に陛下の身辺警護や王城内の見回りや警備を任とする近衛では相まみえる事は無いと考えても当たり前の事だった。
 その考えこそが甘く、そして平和な日常につかり切っていたと直ぐに思い知らされる事になったがな。
 そんな事を考えていられた当時の自分の思考がどれだけなまっていたか甘かった事か。
 そう、その考えこそが甘かったのだと思い知らされる出来事が起こってしまったのだ。

 両殿下とラーズシュタイン家の御子息とご令嬢が王城内で襲撃にあっていると言う一報が入った時、私は訓練場にて鍛錬をしていた。
 最初はあまりに現実味の無い情報に自分の耳を疑った程だ。
 だが、それが事実と理解した時、私達は血の気が引く思いで現場に駆けだしていた。
 殿下達もラーズシュタイン家のお二人もまだ幼いのだ。
 王城内に入り込む力量を持つ襲撃者に対して対処など出来るはずもない。
 もし命にかかわる怪我をしてしまったとすれば?
 ……もしもその御命が失われたとしたら?
 王妃の命とは言え、安全な王城とは言え護衛の騎士を付けるべきだったのだ。
 何故、こんな時私達は暢気に鍛錬などをしていたというのか。
 次代たる存在が失われる可能性の高さに眩暈すら感じた。
 今度こそ首を差し出す事になるかもしれないとすら考えた。
 多分、それは共に鍛錬をしていた同僚も同じ気持ちだったと思う。
 常に陽気な男の顔が青ざめていると他人事のように感じたものだ。……多分自身も似たような顔色だったのだろうが。
 今、冷静になり考えれば、近衛隊に所属するとは言え一騎士の命如きで贖える事ではないと、鼻で笑ってしまうような事を考えていたと分かる。
 だが、その時は本当にそこまで自分を追い込んでいたのは事実だった。

 だが、襲撃現場の光景は先程まで考えていた事が吹っ飛ぶ程の衝撃を私に与えた。

 ロアベーツィア殿下とラーズシュタインの御子息の姿が見えず、ヴァイディーウス殿下とキースダーリエ嬢だけが賊と対峙していた。
 いや、もっと正確に言うならば表立って賊と対峙なさっていたのはヴァイディーウス殿下ではなくキースダーリエ嬢の方だったのだ。
 一歩も引かず殿下を後ろに庇い剣を構える姿に隙は見えず、だが顔色の悪さと息が上がっている事から彼女の限界が近い事は見ていただけ分かった。
 だが、その目だけは決して退く気はなく、ただ只管勝利を見据え、生き残るために足掻く覚悟を秘めた、強い眼差しだった。
 
 場違いながら私はそんなキースダーリエ嬢を「美しい」と思った。

 あの時、私には考えなければいけない疑問もしなければいけない事も多くあったはずだった。
 だが私はあの一瞬だけとはいえ、あの少女の目に魅入られた事もまた見過ごす事の出来ない事実であった。
 
 この時一瞬だが動きが止まった私の行動を見ていた同僚に後日理由を問われた私は素直に自分の心境を語ったが、その返答はよりにもよって「オマエって……幼女趣味?」などと無礼千万なモノだった。
 思わず思うがまま同僚を殴ってしまった事を私は絶対に謝罪しない。
 その後引きずるように訓練場で必要以上に鍛錬に付き合わせた事もだ。
 以降同僚は一切そのような事は言わなくなった。
 全く以てアイツはどうして、こう口が滑るのか。
 そこが残念にならない。

 そんな同僚との後日のやり取りはともかく、不覚にも一瞬動きの止まった私とは違い賊共を拘束する姿を見て、私は殿下とキースダーリエ嬢の居る所へと駆け寄った。
 魔力不足と疲労で既に倒れそうな程衰弱したキースダーリエ嬢はそれでもまだ戦いの中に身を置いているかのように鋭い眼差しで前を見据えていた。
 恐慌状態ではない。
 しいて言うならば集中状態だったのだろう。
 そんなキースダーリエ嬢をヴァイディーウス殿下と御諫めすると現実へと戻って来た彼女はそのままお倒れになった。
 きっと気力だけで立っていたのだろう、不敬とは思いながらも傷だらけの殿下に彼女をだきとめるのは負担が大きいと感じ、私は手を差し伸べ彼女を抱き留めた。
 口元に手を当てると息は確かにあり安堵したのを覚えている。

 改めて周囲を見渡せば王城では決してあり得ないはずの悲惨な光景が広がっていた。
 誰が賊共を始末したのか、一体何が原因でこうなったのか?
 色々思う所はあるが、何より……――

 傷だらけのヴァイディーウス殿下。
 衰弱しきったキースダーリエ嬢。
 そして、悲痛な顔で近寄って来たロアベーツィア殿下とアールホルン殿。
 
 ――……そんな四人の御姿は私共の怠慢により齎されたモノであり、決して許される事ではないという事実が何よりも私達の心を抉った。
 私達はこの時その身に叩きこまれたのだ。
 ――絶対に安全な場所など存在しないのだという事を。


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