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エルフの寵児(2)
しおりを挟む彼方に生い茂る木々があれば「あれだけの繁殖の理由はなんだろうか?」と右へとそれていき。
此方に美しく囀る小鳥がいれば「あの美しい調べを間近で聴こうではないか!」と左へとそれていき。
右へと左へと逸れては戻り逸れては戻り。
もしや大樹の元へ私達では行けないように業とかと疑えど、実際自身の好奇心のままに動いていると分かり、脱力し。
ザフィーアが舌打ちしルビーンが剣呑な眼差しになり、クロイツが「<後ろから蹴り倒してやろうか>」と物騒な事を言いだし。
いよいよ三人を止めるのも面倒になった頃、私達はようやく目的地の大樹を目視するに至ったのである。
「(うん。危なかった。もう少しで私もGOサインだす所だった)」
よくまぁ、あれだけの不穏な空気を物ともせず、彼方此方道を逸れる事ができるもんだ、といっそ感心すらしてしまう。
獣人に対して警戒するだけの知識と経験があるのに大胆なエルフである。
……決して誉め言葉ではない。
「彼はあの大樹の下にある小屋に住んでいるんだ」
「小屋? 風の神殿へと至る大切な場所ですし、神殿のような物でもあるのかと思いましたが」
「あはは。祠はあるけど、それだけだね! あの場所は僕達エルフにとっては数ある道の一つでしかないのさ。ただ信頼できない者には任せられないという意味では特別だけれどね」
特別扱いなのかそうではないのかはっきりして欲しい。
こういった物言いは警戒心の薄さからなのか、それとも罠なのか判別がつかなくて苛々するのだ。
このエルフ以外が言えば前者だと分かるんだけどねぇ。
「さぁ行こう!」
「散々道を逸れていたのは貴方なのですが」
「あはは、すまない。けれどこの好奇心は抑えきれなくてね」
多分、抑えるような環境になかったんだろうなぁ。
諦められたのか、大らかすぎる懐のせいか。
このエルフは多分人族と会うまで、下手すれば人族に会った後も溢れるばかりの好奇心のままに動いていたのだろう。
柵があると思っていない所、彼もまた善意に囲まれた善人だ。
他より多少マシなだけで気に障る所、典型的な“エルフ族”である。
「なんでも構いませんから、早く目的地にいきましょう」
突っ込む気もおきないし、そもそもそうする義理もない。
私は呆れるのも隠さず手を振る。
それに対してさえエルフは「勿論さ!」と嬉しそうに笑い歩き出す。
決して正の感情ではないと気づいているくせに。
つくづく相手するのが面倒になってくる相手だ。
もはや一々彼の内心を考えるのさえ億劫だ。
「(あ、このままいけば染みにならずに無関心まで落とし込めるかも)」
それはそれでありだな。
なんて思ってしまう所、心底相性は良くない。
「(それもこの森を出てから考える事か)」
さっさと用件を終わらせて森を出たい、と私は心の底から嘆くのであった。
ああいったにもかかわらず、数度道を逸れた上、道草を食ったエルフに殺気立つ皆を今度こそ止めないと密かに決意した私を他所に目的地についてしまった。
運のよいエルフである。
とうのエルフは私達をここに留めて家の中に入って行ってしまったので鬱憤を晴らす機会もないせいで鬱屈だけが溜まる一方である。
いや、別にいいんだけどね?
この期に及んで置いて行かれるとは、なんて思ってないよ?
うん、大丈夫。
すこーしだけ釈然としないものがあるだけだから。
と、聊かならぬ、大分モヤモヤを抱えて待っているのだが、何故かは分からないがエルフ達は中々出てこなかった。
「出てこねーな」
「出てきませんわね」
暫し待ってはみたけれど、ついぞ待ち人は家から出てこない。
流石にこの状況は想定外だ。
「え? 忘れてるのか?」
「まさか……ありませんよね?」
あの好奇心旺盛なエルフが用件を忘れて話し込んでいる?
ありそうな所がなんとも、である。
だとしたら私も暴れたくなるのですがよろしいでしょうか?
目が座った私に気づいたのか、ただタイミングだったのか、ルビーンが喉で笑った。
「揉めてるみてぇだゾ?」
「揉めている? お相手が私達とお逢いしたくないという事なのかしら?」
「サァ? たダ、片方が一方的に言い募っているみたいダ」
獣人族は身体能力が人族よりも高い。
その聴覚で家の中の様子がある程度分かるらしい。
「内容まではわかんねぇけどナ」
「そうですか。……一度引き返して改めて出直した方が良いとは思うのですけれど」
「そのためにはあの野郎がでてこねーとなー」
「そうですわね」
私達が勝手に決めて良い事ではない。
と、何とも言えないままに待っていると、私の耳にも喧騒が聞こえてくる。
どうやら言い争ったままドアの近くまで来たらしい。
「分かったわ! 会ってやろうじゃない!」
「それは有難い。大丈夫だとも。彼女は君の憂いを払ってくれるさ!」
あれ?
確か、会いに行く相手って“彼”じゃなかったっけ?
なんて疑問が頭をよぎった瞬間、小屋の扉が勢いよく開き、中から二人のエルフが出て来たのだった。
「「……エルフ?」」
クロイツと共に疑問形になったのは仕方ないと主張させてもらいます。
髪は金色で絹糸のように細く光りを通して輝いている。
耳も長く、スタイルはほっそりとしていて、優美な美を表している。
うん。
そこまでは凄いエルフっぽい。
っぽいんだけど……。
「「化粧濃すぎ!?」」
再びクロイツと共に叫ぶ。
淑女? 貴族? そんな猫吹っ飛ぶよね!
だって、御目目ぱっちりで目を囲うように真っ黒。
あれ? あれって山姥メイクとやらでは?
いや、違うのかな?
ちょっと混乱していて考えが纏まらないし記憶の引き出しを上手く引き出せない。
ので、そこはちょっとおいておいて、他は……。
チークの付けすぎで頬は真っ赤だし、唇なんてグロスの付けすぎて真っ赤な上にテカテカ。
小さな子供が親の化粧品を使ってメイクしてみました! みたいな微笑ましさを……うん、大人がやってるとなると感じないね!
「<あれがエルフの最新メイクなの?! 後、化粧品ってどうやって調達したんだろうね! グロスとかこの世界にあるの!?>」
「<落ち着け! 言っていることが支離滅裂になってんぞ! 混乱魔法かけられたみてーになってんからな!?>」
「<いや、混乱したくもなるわ!>」
まさか、こんな所で素材台無しって言葉を噛みしめる事になるとは。
さっきまでの緊張とか、少々の不安とか全部吹っ飛びましたが?!
「(最近、こういう事多くない?)」
脱力と共に出た溜息が虚しく空に消えていった。
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