34 / 172
記憶
しおりを挟む
――――
「ヨシノリ! 学校から帰って来たら手洗いをして、すぐに婆ちゃんの家の仕事を手伝わないかっ!」
小さい頃のことは、一緒に住んでいた祖父の怒鳴り声から思い出すことが多い。
楽しかった思い出なんて、ほぼ皆無。
記憶から消せるなら何でもしたい。
美容師として働いてた母さんは、いつも帰りが遅くて、あまり一緒に食事をした記憶もなかったし、
「また約束破って外で遊び呆けてたなっ! 来いっ!ヨシノリ!」
自営業でいつも家に居る祖父に、″セッカン″と呼ぶに相応しい躾を受けていたからだ。
厳しい躾を受けながら、いつも浴びせられる言葉は決まっていた。
「あのろくでなしにそっくりになってきたな」
まるで呪文のように言う祖父。
「おじいちゃん、ごめんなさいっ」
何でこんなに叱られなきゃいけないのか分からなかったけれど、とりあえず暗闇から逃れたくて、声が枯れるまで謝り続けた。
「……ごめんなさい……」
閉じ込められた倉庫の中で、まだ見ぬ父親の顔を想像していた。
自分にそっくりで、そして、お母さんと俺を捨てた人……。
当然、お母さんもそんな ″ろくでなし ″ のことを恨んでると思っていた。
母さんが休みの日や車の中で、良く聴いていた曲があった。
無名のバンドのアルバムらしかったが、インディーズで一度だけCDを発売したことがあるらしい。
子供ながらに、その勢いのあるボーカルの声に、何となく惹かれていた。
「ヨシノリのお父さんが歌ってるのよ」
衝撃的な母さんの言葉。
″ろくでなし″と植え付けられていた父親の別の顔。
「……聴いてて平気なの?」
小学生の俺は混乱する。
母さんは、俺達を捨てた男の歌を聴いていられるものなのか、と。
「平気よ、とても大切な想い出だから」
母さんは、恨んでなんかないんだ。
おまけに、″ろくでなし″の父親が母さんに送ったと思われる手紙を、祖母が片付けている時に見つけた俺は、ぶつけ先のない、複雑な感情を持ち始めてしまう。
―――Dear のりこ
めっきり寒くなってきけど、風邪ひいてませんか?
元気にしてますか?
美容師の見習いはキツくて体調壊しやすいと聞いてるから少し心配です。
俺は都内の広告代理店に就職が決まり、社会人として気持ちを切り替えていかなきゃいけない時がやってきました。
バンドの活動も、完全に休止します。
いや、もう解散という話も出てます。
のりが好きだった曲も、世に出ることなく埋もれてしまいそうです。
それでも、
のりの生活を応援できるためなら、と
難しい営業の仕事も乗りきれるような気がします。
また返されてしまうかもしれないけれど、
のりが元気でいられるように、それだけのために頑張って稼ぎます。
だから、返さないでください。
いつか、
また一緒にクリスマスを過ごせますように。
「ヨシノリ! 学校から帰って来たら手洗いをして、すぐに婆ちゃんの家の仕事を手伝わないかっ!」
小さい頃のことは、一緒に住んでいた祖父の怒鳴り声から思い出すことが多い。
楽しかった思い出なんて、ほぼ皆無。
記憶から消せるなら何でもしたい。
美容師として働いてた母さんは、いつも帰りが遅くて、あまり一緒に食事をした記憶もなかったし、
「また約束破って外で遊び呆けてたなっ! 来いっ!ヨシノリ!」
自営業でいつも家に居る祖父に、″セッカン″と呼ぶに相応しい躾を受けていたからだ。
厳しい躾を受けながら、いつも浴びせられる言葉は決まっていた。
「あのろくでなしにそっくりになってきたな」
まるで呪文のように言う祖父。
「おじいちゃん、ごめんなさいっ」
何でこんなに叱られなきゃいけないのか分からなかったけれど、とりあえず暗闇から逃れたくて、声が枯れるまで謝り続けた。
「……ごめんなさい……」
閉じ込められた倉庫の中で、まだ見ぬ父親の顔を想像していた。
自分にそっくりで、そして、お母さんと俺を捨てた人……。
当然、お母さんもそんな ″ろくでなし ″ のことを恨んでると思っていた。
母さんが休みの日や車の中で、良く聴いていた曲があった。
無名のバンドのアルバムらしかったが、インディーズで一度だけCDを発売したことがあるらしい。
子供ながらに、その勢いのあるボーカルの声に、何となく惹かれていた。
「ヨシノリのお父さんが歌ってるのよ」
衝撃的な母さんの言葉。
″ろくでなし″と植え付けられていた父親の別の顔。
「……聴いてて平気なの?」
小学生の俺は混乱する。
母さんは、俺達を捨てた男の歌を聴いていられるものなのか、と。
「平気よ、とても大切な想い出だから」
母さんは、恨んでなんかないんだ。
おまけに、″ろくでなし″の父親が母さんに送ったと思われる手紙を、祖母が片付けている時に見つけた俺は、ぶつけ先のない、複雑な感情を持ち始めてしまう。
―――Dear のりこ
めっきり寒くなってきけど、風邪ひいてませんか?
元気にしてますか?
美容師の見習いはキツくて体調壊しやすいと聞いてるから少し心配です。
俺は都内の広告代理店に就職が決まり、社会人として気持ちを切り替えていかなきゃいけない時がやってきました。
バンドの活動も、完全に休止します。
いや、もう解散という話も出てます。
のりが好きだった曲も、世に出ることなく埋もれてしまいそうです。
それでも、
のりの生活を応援できるためなら、と
難しい営業の仕事も乗りきれるような気がします。
また返されてしまうかもしれないけれど、
のりが元気でいられるように、それだけのために頑張って稼ぎます。
だから、返さないでください。
いつか、
また一緒にクリスマスを過ごせますように。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる